***
卒業式は、校長の話を聞いたり、歌を歌ったり、証書を授与して、滞りなく終わった。うちの学校には大きい立派な桜の木があり、毎年卒業生は、式の後その桜の木の下でクラス毎に写真を撮る習慣がある。そしていろんな表情がそこに集まる。みんなそれぞれの形で別れを惜しんでいて、オレも友だちにあいさつをしたり、校舎を眺めて、心の中でさよならを言った。陽太は涙が止まらず、卒業しても遊ぼうな、絶対だからなと何度も念を押して、部活の輪の中に連れ戻されていた。
「友哉のクラス撮り終わった?」
やまとがやってきた。この二年間、色んなことがあった。やまとの顔を見ると、それらが一気に蘇ってきて、いっぱいいっぱいになって泣いてしまいそうだったので、うまく顔を見ることができず、それを誤魔化すために桜の木を見上げた。
「撮り終わったよ。なんか、あっという間だったなー。桜、きれいだな」
やまとが、オレの手の甲にやまとの手の甲をそっとくっつけた。
「本当にあっという間だったな。オレ、この高校来てよかった。ってか、桜見上げすぎじゃない?」
やまとが笑う。そうかなと言って、もう少しだけ視線はこのままでと思っていたら、2人とも〜さみし〜と目を真っ赤に腫らしたウッチーがやってきた。そこからは、オレも感傷に浸る隙が無くなったので、いつも通りに過ごすことができた。春休み遊ぼうと約束をして、真っ赤な目のウッチーを真ん中に、三人並んで桜の木の下で写真を撮った。
卒業式の2日後は合格発表だった。リビングのテーブルに座り、時間前にスマホの画面を開け準備をした。時間が来て、入力フォームに自分の番号を入れて、検索をかける。『合格』。そう表示されたのをみて思わず立ち上がった。一緒に見ていた両親も喜び、今日は友哉の好きなの作る!と言ってくれた。やまとがバイトだと知っていたので、合格したと電話ではなくメッセージを送った。夕方やまとから返信がきた。
『友哉、合格おめでとう!明日はオレにめちゃくちゃ祝わせてくれ!』
合格発表の翌日はやまとと一緒に遊ぶ約束をしていた。もし落ちてたら慰め会で、受かってたらお祝い会をしようと決めていたのだ。待ち合わせ場所に行くと、珍しくやまとがいない。いつもはオレがどんなに早くても先にいるのに、今日であってるよな?何かあった?とスマホを確認するも、連絡は入っていない。まあ、たまにはこんなこともあるかと、初めてやまとを待つ時間を過ごそうと思ったら、お待たせーっとやまとはすぐにやってきた。声のする方へ顔を向けてオレは思わず大声を出した。
「やまと、どうしたんだよ、その頭!」
やまとの髪の毛がピンクに染まっていた。専門デビューしようと思って!似合ってる?とオレに頭を近づけてくる。
「びっくりしたけど、うん。似合ってるよ。ピンクの頭、いいな!」
素直に感想を言ったら、やまとは髪をくしゃくしゃと触った。
「っていうのは嘘で、卒業式の日、友哉がずっと桜の木を見てたから、多分、嫉妬しちゃったんだなーオレの方もみて〜って。そいで、ピンクにしたのはいいものの、この頭で友哉を待つの恥ずかしくなって、そこの柱んとこで友哉来るの待ってたんだよ」
そんなことを照れたやまとが下を向いたまま、早口で話すもんだから、思わず顔を見たくなって、覗き込んでしまった。やめろ!と腕で赤くなった顔を隠すやまとを見て、オレも赤くなってしまった。少しばかり、甘酸っぱい空気が2人の間に流れる。しかし、桜を見ていた本当の理由を伝えなくてはと口を開いた。
「なんだ、やっぱりやまとのが先に来てたのか。って、まさかの理由でびっくりした。実はあの卒業式の日さ、やまとの顔見たら、なんか今までのことが一気に蘇ってきて、もういっぱいいっぱいになっちゃってさ。今やまとの顔見たら大変なことになりそうだなって感じで、うまく顔見れなくて桜見て誤魔化してたんだよ。なんならあの時、桜のキレイさもちゃんと見えてなくて、家帰って集合写真見て気づいたくらいで。こっちこそ、なんかごめんな」
驚いた顔のまま数秒やまとの動きが止まった。
「まぢ?友哉そんな気持ちになってたのか。そうかそうか」
「なんだよ〜からかってんのか〜」
笑いながらやまとが言うので、恥ずかしくなってしまった。
「違う違う。ここに来て、また初めての友哉が知れて、すっごく嬉しいなって思ってさ。でも次からはさ、そんな気持ちの時でも、オレの方も見てよ。一緒に色んな気持ち知りたいからさ」
やまとが優しい笑顔を向けた。オレは思わぬことを言われ、顔が熱くなって、下を向いた。そこにすかさずやまとが、さっきのお返しと言って覗き込む。2人で目が合い、笑い合った。
「頭、ピンクにさせちゃってごめんな」
「いいのいいの。初めて記念ってことで。それにオレこの髪型気に入ってるし。って、友哉合格おめでとう!!!」
「それならよかった。さっきも言ったけど、ほんとすげー似合ってる!うん、ありがとう。とてもホッとしたよ。勉強がんばってよかった。今日はたくさん遊ぼう!じゃあ、行きますか」
これからやまとのピンクの頭を見る度に、オレは今日のことを思い出して、少し恥ずかしくなるかもしれない。そんなこと言うと、また初めて記念日とか言いそうだから、黙っておいた。
今日は、一日中遊び倒そうと、カラオケに行ったり、ゲーセンに行ったり、商店街で食べ歩きをした。そして16時頃、休憩しようとファミレスに入った。4月から一人暮らしを始めるやまとの引越しスケジュールの話や、オレの課題の話なんかをしていたら、やまとがソワソワし始めた。そういや、ファミレスに入ったときくらいから、なんか落ち着きないなという感じはしていた。そうか、分かった。
「やまとトイレか?早く行ってきたほうがいいぞ」
ば!やまとが思わず大きな声が出たと、口を押さえ、ボリュームを戻す。
「違うって。これ、はい。合格祝いのプレゼント」
やまとが差し出した紙袋を受け取った。
「開けていいの?」
オレが聞くと、うんと頷く。袋を開けてみた。そこには一冊のノートが入っていて、『くーもんの冒険』という文字と雲のイラストが表紙に書かれていた。思わずやまとに顔を向ける。やまとは少し横を向いたまま口を開いた。
「なんか、合格祝いあげたいなーってずっと考えててさ。何がいいかなあってすごく悩んでたんだ。そしたら、オレと友哉を繋いだものって、オレの小話じゃね?って思って。友哉が去年くれた小話集もすげー嬉しかったし。そいで、じゃあ今回は、小話じゃなくて物語作ってみようって思って、そんなに長くないけど書いてみた。友哉の虹の写真でできた話があっただろ?あれを元に作ってみたんだ。読まれるのちょっと恥ずかしいけど」
やまとが頭をくしゃくしゃと触る。オレはそんなやまとから目が離せなくなる。今、読んでいいの?と聞くと、いいよ。でも絶対褒めろよなと、はにかんだ笑顔を向けてきた。丁寧にページを捲り、一文字一文字しっかり目を通した。読み終わったオレの目からは自然と涙がこぼれた。ノートに涙を落としてはいけないと、テーブルにあった紙ナプキンを急いで探すと、やまとがはいと渡してくれた。オレはやまとの手をそのまま掴んで、顔を見て、こんな素敵なプレゼント、ありがとうと言った。どういたしまして、とやまとが優しく微笑んだ。それから、すっかり緩くなったオレンジジュースを一気に飲み干した。その甘さが喉をギュッと締め付ける。今日はこの痛みも全部全部覚えていたいと思った。
「今日、オレんちさ、誰もいないんだよ。来れる?」
ファミレスから帰ろうとなったとき、やまとが言った。空は夕方に向かう準備をしていた。2人でやまとの家に向かう。やまとの家に行くのは、小話のできたきっかけの話を聞いた日以来だ。でもきっと今日は話をしに行くのではないはず。心臓がドキドキし始めた。
「ここオレの部屋。この前はじいちゃんの部屋しか行ってないもんな。今、お茶持ってくるからちょっと待ってて」
「やまと、お茶、いいから」
立ちあがろうとしたやまとの服の裾を掴んだ。
「今オレ、そういうつもりで来た。やまとも一緒であってる?」
やまとが座り直し、オレの手に手を重ねた。
「あってる」
そう言って、やまとが屈んで軽いキスをした。明るいと恥ずかしいからとオレが言ったので、少し薄暗がりの中、2人で向かい合ってベッドに座った。
「オレ、初めてだから、まぢ分かんないんだけど、大丈夫かな」
嬉しいよりも不安の方が大きくなっていることに気づいた。心臓が口から出てきそうだ。
「オレもだよ。一緒に初めてやろうぜ」
そう言って笑うやまとを見て、そうか、いつもこの笑顔に助けられてきたんだと胸があたたかくなる。
「まーずーはー、服の上からでもいいから、身体、触ってみていいか?」
そうだなと言うと、まずは友哉からどうぞとやまとが近づいてきたので、固まったままの手のひらで、やまとの身体に触れる。やまとの体温や硬さなんかを感じる余裕もなく、ただ手をくっつけてるって感じだ。極度の緊張で頭が真っ白になって来てしまい、思わず身体を背けた。
「ちょっと、オレできる気しないな、ごめん」
俯くオレの目の前にやまとがしゃがんで顔を覗き込んだ。重なった手が温かい。
「友哉、オレも一緒だよ。めっちゃ緊張して、心臓ドキドキしてる」
オレの手をやまとが胸にくっつけた。やまとの心臓は服の上からでも分かるくらい強くて速い鼓動を打っていた。
「だからさ、大丈夫。オレたち、ずっと一緒にいただろ?友哉がオレにしてくれること、全部大丈夫だって分かってるから」
そのままやまとはオレにキスをした。今までで一番長いキスだった。
そこからはもう大丈夫だった。ぎこちない手つきでお互い身体に触れる。やまとに触れると、そこからやまとの温かさがオレの身体の中にまで入ってくるようだった。それからキスをして、服を着たまま抱きしめ合った。友哉あったけーとやまとが言う。やまとだって言って、腕に優しく力を込める。目の前のやまとが愛おしくてたまらなかった。こんなに人を好きになれるんだと胸が苦しくなった。ギュッとしただけで、それでもオレたちはすごく満たされた気持ちになった。しかしそんなときに、オレのお腹が鳴ってしまった。それを聞いたやまとが笑って、今日はここまでにしようと言って立ち上がり、部屋の電気をつけた。明るくなった部屋で、オレは情けない気持ちでいっぱいになった。そうだなと呟き俯く。そんなオレの隣にやまとが座って手を握った。
「オレたちさ、これからもずっと一緒にいるから。こういうことも全部オレらのペースでやっていこうな。オレ、友哉のこと好きになって、本当に嬉しいんだ。ありがとうな、オレのこと好きになってくれて」
そう言ってこちらを向いたやまとに、思わずオレからキスをした。
「オレもそう思ってた。いつもありがとう。これからもよろしくな!」
今日は素直に笑ってそう言えた。気づいたら外は真っ暗だった。夕飯作って食べようぜと一緒に台所へ向かう。今日は何を食べてもきっとおいしいと、食べる前から分かっていた。
***
それから春休みは、ウッチーや陽太とも遊んだ。2人とも無事に合格し、みんなで合格祝いをした。もちろん、やまととウッチーと3人でも遊び、受験勉強で遊べなかった時間をこれでもかと春休みで楽しんだ。遊ぶ度に、大学に行っても一緒に遊ぼうとみんなで約束をしていて、こんなステキな友だちができたんだなと毎回嬉しくなった。
春休みの最終日は、4月から一人暮らしを始めるやまとの引っ越しの手伝いだ。そのためにバイトもがんばってお金を貯めていたのが分かるから、新しい部屋に入ったときはオレも感慨深かった。これはここに、それはそこにとやまとの指示でモノを片付ける。これは?とオレが手にしたものを見て、これは決まってるんだと言って、日当たりの良い目につく場所へ置いた。それは海に行ったときに拾った貝殻だった。その場所にはすでに、おじいさんの本棚にあったお気に入りの本とオレがあげた小話集、スノードームが置かれていて、大事なものを置いている場所というのが一目見て分かった。ここ、もっと増えていく予定だからといって、ニッと笑うので、もちろんだなと同意した。
途中休憩を挟みながら、おおかた片付けたところで、もう夕方だし今日は終わろうと夕飯を食べに行くことになった。ここ気になっててさーとやまとが連れてきたのは、近所のラーメン屋さんだった。オレが味噌ラーメン、やまとが醤油ラーメンを頼み、ラーメンはすぐ目の前に到着した。味は普通だが、学生には優しい値段と量で、これは通っちゃいそうだなと2人で話す。明日から学校が始まるため、食べ終わったオレはそのまま帰ることにした。駅までやまとと並んで歩く。
「この部屋決めるときにさ、実はもう一ヶ所候補があって。母さんが、あんたがいいほうにしなさいって言ってくれたから、自分で決めることになったんだ。それでどっちにしようかって、学校からの道とか周りの様子とか見て回ってたらさ、あのラーメン屋さんを見つけて。そしたら、友哉と一緒にラーメン食べにくる絵がバッて頭に浮かんで、それでここに決めたんだよね。だから今日、一緒に来れて良かった。しかも、近くに公園もあるんだよ。オレら公園好きじゃん」
そう笑って話すやまとの横顔を見つめた。それからやまとの手を引いて歩みを止め、やまとの正面に立った。
「オレさ、今ももちろんだけど、やまとの未来にオレがいるのも、オレの未来にやまとがいるのも、どうしようもなく嬉しいんだ。高校1年までのやまとにはどうやったって会えないから、そこの寂しさはしょうがないんだけど。でもこれからは、ずっと一緒にいたいなって、思うんだ。……一緒にいてくれる、かな?」
目を見開いたやまとが、オレを抱きしめて、もちろんと言った。
「友哉ってたまに大胆なこと言うよなー」
歩き始めてやまとが言うので、鼻をこすりながら、そうか?と言った。
「だってアレってプロポーズだよな?オレ、嬉しくて今日眠れないかも」
「え?!プロ、プロポーズ?!そんなつもりじゃないけど、でもそうか、もしれないな。でもプロポーズならもうちょっとちゃんとやりたい気もするけど」
自分がそんなとんでもないことを言ったのかと恥ずかしくなってゴニョゴニョとしてしまう。やまとがオレの顔を覗く。
「じゃあそのときが来たら、次はオレからするね」
トンとぶつかった肩から出た思いが、そのまま未来へ飛んでいった気がした。
「うん、楽しみにしてる。ありがとう」
街灯が照らす夜道を並んで歩く。やまとと出会って3度目の春だ。あんなに苦手だった4月が今では大切な月になっている。繋いだ手が温かくって、この温もりを信じていたら、きっとどこまでだっていけると思った。
「そういやさ、夜の始まりの物語知ってる?」
「聞きたい!」
おしまい
卒業式は、校長の話を聞いたり、歌を歌ったり、証書を授与して、滞りなく終わった。うちの学校には大きい立派な桜の木があり、毎年卒業生は、式の後その桜の木の下でクラス毎に写真を撮る習慣がある。そしていろんな表情がそこに集まる。みんなそれぞれの形で別れを惜しんでいて、オレも友だちにあいさつをしたり、校舎を眺めて、心の中でさよならを言った。陽太は涙が止まらず、卒業しても遊ぼうな、絶対だからなと何度も念を押して、部活の輪の中に連れ戻されていた。
「友哉のクラス撮り終わった?」
やまとがやってきた。この二年間、色んなことがあった。やまとの顔を見ると、それらが一気に蘇ってきて、いっぱいいっぱいになって泣いてしまいそうだったので、うまく顔を見ることができず、それを誤魔化すために桜の木を見上げた。
「撮り終わったよ。なんか、あっという間だったなー。桜、きれいだな」
やまとが、オレの手の甲にやまとの手の甲をそっとくっつけた。
「本当にあっという間だったな。オレ、この高校来てよかった。ってか、桜見上げすぎじゃない?」
やまとが笑う。そうかなと言って、もう少しだけ視線はこのままでと思っていたら、2人とも〜さみし〜と目を真っ赤に腫らしたウッチーがやってきた。そこからは、オレも感傷に浸る隙が無くなったので、いつも通りに過ごすことができた。春休み遊ぼうと約束をして、真っ赤な目のウッチーを真ん中に、三人並んで桜の木の下で写真を撮った。
卒業式の2日後は合格発表だった。リビングのテーブルに座り、時間前にスマホの画面を開け準備をした。時間が来て、入力フォームに自分の番号を入れて、検索をかける。『合格』。そう表示されたのをみて思わず立ち上がった。一緒に見ていた両親も喜び、今日は友哉の好きなの作る!と言ってくれた。やまとがバイトだと知っていたので、合格したと電話ではなくメッセージを送った。夕方やまとから返信がきた。
『友哉、合格おめでとう!明日はオレにめちゃくちゃ祝わせてくれ!』
合格発表の翌日はやまとと一緒に遊ぶ約束をしていた。もし落ちてたら慰め会で、受かってたらお祝い会をしようと決めていたのだ。待ち合わせ場所に行くと、珍しくやまとがいない。いつもはオレがどんなに早くても先にいるのに、今日であってるよな?何かあった?とスマホを確認するも、連絡は入っていない。まあ、たまにはこんなこともあるかと、初めてやまとを待つ時間を過ごそうと思ったら、お待たせーっとやまとはすぐにやってきた。声のする方へ顔を向けてオレは思わず大声を出した。
「やまと、どうしたんだよ、その頭!」
やまとの髪の毛がピンクに染まっていた。専門デビューしようと思って!似合ってる?とオレに頭を近づけてくる。
「びっくりしたけど、うん。似合ってるよ。ピンクの頭、いいな!」
素直に感想を言ったら、やまとは髪をくしゃくしゃと触った。
「っていうのは嘘で、卒業式の日、友哉がずっと桜の木を見てたから、多分、嫉妬しちゃったんだなーオレの方もみて〜って。そいで、ピンクにしたのはいいものの、この頭で友哉を待つの恥ずかしくなって、そこの柱んとこで友哉来るの待ってたんだよ」
そんなことを照れたやまとが下を向いたまま、早口で話すもんだから、思わず顔を見たくなって、覗き込んでしまった。やめろ!と腕で赤くなった顔を隠すやまとを見て、オレも赤くなってしまった。少しばかり、甘酸っぱい空気が2人の間に流れる。しかし、桜を見ていた本当の理由を伝えなくてはと口を開いた。
「なんだ、やっぱりやまとのが先に来てたのか。って、まさかの理由でびっくりした。実はあの卒業式の日さ、やまとの顔見たら、なんか今までのことが一気に蘇ってきて、もういっぱいいっぱいになっちゃってさ。今やまとの顔見たら大変なことになりそうだなって感じで、うまく顔見れなくて桜見て誤魔化してたんだよ。なんならあの時、桜のキレイさもちゃんと見えてなくて、家帰って集合写真見て気づいたくらいで。こっちこそ、なんかごめんな」
驚いた顔のまま数秒やまとの動きが止まった。
「まぢ?友哉そんな気持ちになってたのか。そうかそうか」
「なんだよ〜からかってんのか〜」
笑いながらやまとが言うので、恥ずかしくなってしまった。
「違う違う。ここに来て、また初めての友哉が知れて、すっごく嬉しいなって思ってさ。でも次からはさ、そんな気持ちの時でも、オレの方も見てよ。一緒に色んな気持ち知りたいからさ」
やまとが優しい笑顔を向けた。オレは思わぬことを言われ、顔が熱くなって、下を向いた。そこにすかさずやまとが、さっきのお返しと言って覗き込む。2人で目が合い、笑い合った。
「頭、ピンクにさせちゃってごめんな」
「いいのいいの。初めて記念ってことで。それにオレこの髪型気に入ってるし。って、友哉合格おめでとう!!!」
「それならよかった。さっきも言ったけど、ほんとすげー似合ってる!うん、ありがとう。とてもホッとしたよ。勉強がんばってよかった。今日はたくさん遊ぼう!じゃあ、行きますか」
これからやまとのピンクの頭を見る度に、オレは今日のことを思い出して、少し恥ずかしくなるかもしれない。そんなこと言うと、また初めて記念日とか言いそうだから、黙っておいた。
今日は、一日中遊び倒そうと、カラオケに行ったり、ゲーセンに行ったり、商店街で食べ歩きをした。そして16時頃、休憩しようとファミレスに入った。4月から一人暮らしを始めるやまとの引越しスケジュールの話や、オレの課題の話なんかをしていたら、やまとがソワソワし始めた。そういや、ファミレスに入ったときくらいから、なんか落ち着きないなという感じはしていた。そうか、分かった。
「やまとトイレか?早く行ってきたほうがいいぞ」
ば!やまとが思わず大きな声が出たと、口を押さえ、ボリュームを戻す。
「違うって。これ、はい。合格祝いのプレゼント」
やまとが差し出した紙袋を受け取った。
「開けていいの?」
オレが聞くと、うんと頷く。袋を開けてみた。そこには一冊のノートが入っていて、『くーもんの冒険』という文字と雲のイラストが表紙に書かれていた。思わずやまとに顔を向ける。やまとは少し横を向いたまま口を開いた。
「なんか、合格祝いあげたいなーってずっと考えててさ。何がいいかなあってすごく悩んでたんだ。そしたら、オレと友哉を繋いだものって、オレの小話じゃね?って思って。友哉が去年くれた小話集もすげー嬉しかったし。そいで、じゃあ今回は、小話じゃなくて物語作ってみようって思って、そんなに長くないけど書いてみた。友哉の虹の写真でできた話があっただろ?あれを元に作ってみたんだ。読まれるのちょっと恥ずかしいけど」
やまとが頭をくしゃくしゃと触る。オレはそんなやまとから目が離せなくなる。今、読んでいいの?と聞くと、いいよ。でも絶対褒めろよなと、はにかんだ笑顔を向けてきた。丁寧にページを捲り、一文字一文字しっかり目を通した。読み終わったオレの目からは自然と涙がこぼれた。ノートに涙を落としてはいけないと、テーブルにあった紙ナプキンを急いで探すと、やまとがはいと渡してくれた。オレはやまとの手をそのまま掴んで、顔を見て、こんな素敵なプレゼント、ありがとうと言った。どういたしまして、とやまとが優しく微笑んだ。それから、すっかり緩くなったオレンジジュースを一気に飲み干した。その甘さが喉をギュッと締め付ける。今日はこの痛みも全部全部覚えていたいと思った。
「今日、オレんちさ、誰もいないんだよ。来れる?」
ファミレスから帰ろうとなったとき、やまとが言った。空は夕方に向かう準備をしていた。2人でやまとの家に向かう。やまとの家に行くのは、小話のできたきっかけの話を聞いた日以来だ。でもきっと今日は話をしに行くのではないはず。心臓がドキドキし始めた。
「ここオレの部屋。この前はじいちゃんの部屋しか行ってないもんな。今、お茶持ってくるからちょっと待ってて」
「やまと、お茶、いいから」
立ちあがろうとしたやまとの服の裾を掴んだ。
「今オレ、そういうつもりで来た。やまとも一緒であってる?」
やまとが座り直し、オレの手に手を重ねた。
「あってる」
そう言って、やまとが屈んで軽いキスをした。明るいと恥ずかしいからとオレが言ったので、少し薄暗がりの中、2人で向かい合ってベッドに座った。
「オレ、初めてだから、まぢ分かんないんだけど、大丈夫かな」
嬉しいよりも不安の方が大きくなっていることに気づいた。心臓が口から出てきそうだ。
「オレもだよ。一緒に初めてやろうぜ」
そう言って笑うやまとを見て、そうか、いつもこの笑顔に助けられてきたんだと胸があたたかくなる。
「まーずーはー、服の上からでもいいから、身体、触ってみていいか?」
そうだなと言うと、まずは友哉からどうぞとやまとが近づいてきたので、固まったままの手のひらで、やまとの身体に触れる。やまとの体温や硬さなんかを感じる余裕もなく、ただ手をくっつけてるって感じだ。極度の緊張で頭が真っ白になって来てしまい、思わず身体を背けた。
「ちょっと、オレできる気しないな、ごめん」
俯くオレの目の前にやまとがしゃがんで顔を覗き込んだ。重なった手が温かい。
「友哉、オレも一緒だよ。めっちゃ緊張して、心臓ドキドキしてる」
オレの手をやまとが胸にくっつけた。やまとの心臓は服の上からでも分かるくらい強くて速い鼓動を打っていた。
「だからさ、大丈夫。オレたち、ずっと一緒にいただろ?友哉がオレにしてくれること、全部大丈夫だって分かってるから」
そのままやまとはオレにキスをした。今までで一番長いキスだった。
そこからはもう大丈夫だった。ぎこちない手つきでお互い身体に触れる。やまとに触れると、そこからやまとの温かさがオレの身体の中にまで入ってくるようだった。それからキスをして、服を着たまま抱きしめ合った。友哉あったけーとやまとが言う。やまとだって言って、腕に優しく力を込める。目の前のやまとが愛おしくてたまらなかった。こんなに人を好きになれるんだと胸が苦しくなった。ギュッとしただけで、それでもオレたちはすごく満たされた気持ちになった。しかしそんなときに、オレのお腹が鳴ってしまった。それを聞いたやまとが笑って、今日はここまでにしようと言って立ち上がり、部屋の電気をつけた。明るくなった部屋で、オレは情けない気持ちでいっぱいになった。そうだなと呟き俯く。そんなオレの隣にやまとが座って手を握った。
「オレたちさ、これからもずっと一緒にいるから。こういうことも全部オレらのペースでやっていこうな。オレ、友哉のこと好きになって、本当に嬉しいんだ。ありがとうな、オレのこと好きになってくれて」
そう言ってこちらを向いたやまとに、思わずオレからキスをした。
「オレもそう思ってた。いつもありがとう。これからもよろしくな!」
今日は素直に笑ってそう言えた。気づいたら外は真っ暗だった。夕飯作って食べようぜと一緒に台所へ向かう。今日は何を食べてもきっとおいしいと、食べる前から分かっていた。
***
それから春休みは、ウッチーや陽太とも遊んだ。2人とも無事に合格し、みんなで合格祝いをした。もちろん、やまととウッチーと3人でも遊び、受験勉強で遊べなかった時間をこれでもかと春休みで楽しんだ。遊ぶ度に、大学に行っても一緒に遊ぼうとみんなで約束をしていて、こんなステキな友だちができたんだなと毎回嬉しくなった。
春休みの最終日は、4月から一人暮らしを始めるやまとの引っ越しの手伝いだ。そのためにバイトもがんばってお金を貯めていたのが分かるから、新しい部屋に入ったときはオレも感慨深かった。これはここに、それはそこにとやまとの指示でモノを片付ける。これは?とオレが手にしたものを見て、これは決まってるんだと言って、日当たりの良い目につく場所へ置いた。それは海に行ったときに拾った貝殻だった。その場所にはすでに、おじいさんの本棚にあったお気に入りの本とオレがあげた小話集、スノードームが置かれていて、大事なものを置いている場所というのが一目見て分かった。ここ、もっと増えていく予定だからといって、ニッと笑うので、もちろんだなと同意した。
途中休憩を挟みながら、おおかた片付けたところで、もう夕方だし今日は終わろうと夕飯を食べに行くことになった。ここ気になっててさーとやまとが連れてきたのは、近所のラーメン屋さんだった。オレが味噌ラーメン、やまとが醤油ラーメンを頼み、ラーメンはすぐ目の前に到着した。味は普通だが、学生には優しい値段と量で、これは通っちゃいそうだなと2人で話す。明日から学校が始まるため、食べ終わったオレはそのまま帰ることにした。駅までやまとと並んで歩く。
「この部屋決めるときにさ、実はもう一ヶ所候補があって。母さんが、あんたがいいほうにしなさいって言ってくれたから、自分で決めることになったんだ。それでどっちにしようかって、学校からの道とか周りの様子とか見て回ってたらさ、あのラーメン屋さんを見つけて。そしたら、友哉と一緒にラーメン食べにくる絵がバッて頭に浮かんで、それでここに決めたんだよね。だから今日、一緒に来れて良かった。しかも、近くに公園もあるんだよ。オレら公園好きじゃん」
そう笑って話すやまとの横顔を見つめた。それからやまとの手を引いて歩みを止め、やまとの正面に立った。
「オレさ、今ももちろんだけど、やまとの未来にオレがいるのも、オレの未来にやまとがいるのも、どうしようもなく嬉しいんだ。高校1年までのやまとにはどうやったって会えないから、そこの寂しさはしょうがないんだけど。でもこれからは、ずっと一緒にいたいなって、思うんだ。……一緒にいてくれる、かな?」
目を見開いたやまとが、オレを抱きしめて、もちろんと言った。
「友哉ってたまに大胆なこと言うよなー」
歩き始めてやまとが言うので、鼻をこすりながら、そうか?と言った。
「だってアレってプロポーズだよな?オレ、嬉しくて今日眠れないかも」
「え?!プロ、プロポーズ?!そんなつもりじゃないけど、でもそうか、もしれないな。でもプロポーズならもうちょっとちゃんとやりたい気もするけど」
自分がそんなとんでもないことを言ったのかと恥ずかしくなってゴニョゴニョとしてしまう。やまとがオレの顔を覗く。
「じゃあそのときが来たら、次はオレからするね」
トンとぶつかった肩から出た思いが、そのまま未来へ飛んでいった気がした。
「うん、楽しみにしてる。ありがとう」
街灯が照らす夜道を並んで歩く。やまとと出会って3度目の春だ。あんなに苦手だった4月が今では大切な月になっている。繋いだ手が温かくって、この温もりを信じていたら、きっとどこまでだっていけると思った。
「そういやさ、夜の始まりの物語知ってる?」
「聞きたい!」
おしまい

