*** 

 今日はクリスマスだ。今年は24日が日曜日になっていて、その前の金曜日から学校が冬休みに入ったため、クリスマスも休みだった。受験を控えているため、イベントごとなど関係なく一日中勉強に励んでいた。一息つくと、去年のクリスマスを思い出す。壁にかかっている水色のマフラーをみて、やまとに会いたいなあと思う。やまとと付き合って初めてのクリスマスではあるが、お互い勉強もバイトも忙しいから今年は諦めようと話していた。しょうがないよなと沈んだ気持ちにどうにか火をつけ、机に向き直った。
 ピロリロリン
気づいたら夕方で、やまとからメッセージが届いた。
『今家?もし家だったら、少し出て来れる?近くに行く用事があるんだけど』
そのメッセージを読んで嬉しくなり、すぐに会えると返信をした。あと30分くらいしたら行くなーと書かれたやまとの言葉を読んで、受験生にクリスマスなんてないと不貞腐れていた気持ちがすぐに明るく晴れていったのが分かった。そしてすぐ、財布を持って近所の雑貨屋へ向かった。
友哉(ゆうや)ンチのとこに着いた!』
そろそろかなとソワソワしながら部屋にいると、やまとからメッセージが届き、今いく!と返信をしながら、家を出た。玄関を開けると、すぐそこにはやまとが立っていた。
「すげー!メッセージと友哉同じタイミングで来た!早すぎだろ」
そう言ってやまとが嬉しそうに笑う。
「だって、、、ま、待たせちゃ悪いだろ?って、やまとに会いたかったからさ、急いで出てきたんだよ。用事終わってきたの?今から?」
急いで来たのがバレちゃ恥ずかしいと思って取り繕ってしまったけど、やまとには素直になりたいなと思って、すぐ言い直した。そして、クリスマスだし、こんな気分にもなるよなと思ったりもした。
「オレも会いたくてさ。用事ってのも牛乳買いに行くくらいのやつだし。勉強大変なの分かるし、さすがに遊ぶのはできないから、家まで行ったら少しくらい会えるかな〜と思って、ダメ元でメッセージ送ってみたんだよ。だから、会えてよかった。忙しいのにごめんな」
「そうだったのか。そんなこと考えてくれたの嬉しいな。少しなら大丈夫だからさ、近所の公園とか行く?」
「いやいい!寒いし風邪引いても大変だ。今日は顔見れただけで良かったし。あと、これ渡したくって」
やまとが持っていた紙袋を手渡してきた。中を見ると、ケーキが入っていて、その上には『がんばれ!』と書かれたクッキーが乗っていた。
「え?もしかしてこれ手作り?」
驚いて思わず落としそうになったのを必死で掴む。
「実はそうなんだ。オレんちって、クリスマスだけは家族で張り切っててさ。毎年役割分担があって、オレは今年ケーキ担当だったわけ。うまくできたから、友哉にもあげたいな〜と思って持ってきた」
やまとが髪をクシャクシャと触る。
「すごい!嬉しい!本当にありがとう!今年はウチなんて、友哉受験だしクリスマスいいよね、受かったあとでケーキも食べようねなんて母さん言ってたから、余計に沁みる。とっても嬉しいよ。実はオレも、めっちゃささやかだけど、これ」
小さいスノードームの置物を渡した。
「やまとが来るって分かって、急いで近所のお店に買いに行ったやつなんだけど。去年一緒に行った商店街で、いいな〜って見てた置き物に似てるやつがあってさ。包装も何もできてないんだけど」
え?!これオレに?!本当に?!やまとは、スノードームとオレを交互に見ては、その言葉を繰り返した。
「そう。やまとにだから、よければ貰ってくれよ」
やまとは満面の笑みで、スノードームを上下に振り、中に入ったクリスマスツリーに雪が降る様子を何度も見つめていた。
「とってもキレイだな〜。まさかこんなプレゼントがあったなんて、めちゃくちゃ嬉しいよ。勉強で忙しいのに、本当にありがとう!あ〜ありがとう!」
すごく感激した様子で言ってくれるものだから、買いに行ってよかったと思った。
「やまとって本当に感激屋だよな〜」
その様子を見て、軽い感じで思ったことを口にすると、やまとが不思議そうにオレを見つめ、オレって感激屋か?と尋ねてきた。
「え?ずっと感激屋だと思ってたけど、違う?」
失礼なことを言ったのかと、様子を伺う形で聞き返す。そのオレの様子を察したやまとが慌てて話し出した。
「別にそういうんじゃなくって!いつもみんなには飄々としてるよねとか、何考えてるか分かりにくいとか言われがちだから、感激屋って初めて言われて、オレってそうなのか?って思っただけ!オレって、感激屋なのかな?」
小首を傾げ、やまとが考え込むもんだからおかしくなってしまった。
「オレ的にはだけど、感激屋なところもあるかな〜と思う。結構感情出してくれるような気がするし、それが嬉しい。まあ、緊張感は出てないけど」
「そうか、友哉が言うなら信頼できるな。オレの新しい一面に気づけてなんか変な感じだけど、嬉しい気もする。確かに緊張は伝わってない気するけど」
そう言って微笑んだやまとが時計を見て慌てた様子で言った。
「思ったより長居してしまった。ごめん勉強中に!そろそろ行くな!また学校で会おうぜ〜!メリークリスマス!」
「こっちもありがとう。会えて良かった!うん、また学校でな!」
やまとの背中が見えなくなるまで見送り、ケーキを大事に冷蔵庫に入れた。

 『友哉、今日は急に行っちゃって、勉強の邪魔してごめんな。でも会えて良かった〜!プレゼントもありがとう早速家に飾ってます。勉強大変だと思うけど、身体に気をつけて頑張って!じゃあ、学校でー』
飾られたスノードームの写真とメッセージがやまとから届く。
『オレもケーキ食べた!とっても美味しかった!ありがとう。そして、やまとが邪魔なんてことは絶対にないから。今日は会えて本当に嬉しかった。会いにきてくれてありがとう。勉強もがんばるよ。学校で会えるの楽しみにしてる!よい冬休みを過ごしてな〜』
送信ボタンを押し、さっき撮ったやまとにもらったケーキの写真と去年のクリスマスツリーの前で写した写真を見返す。今年のクリスマスも、やまとのおかげで大切な日になった。そっとスマホを机の端に置き、参考書を開く。夜も更けてきたがあと少し、がんばろう。

 今日も机に向かう。もう街はクリスマスが終わったかと思ったら、翌日にはすぐお正月モードになっているんだろうと想像する。オレの部屋の中で季節を感じるのは、試験日に丸のついたカレンダーと、机に広がる参考書からだった。あと数時間で新しい年を迎えるという今も、相変わらず勉強に励む。むしろ、年を越す瞬間も勉強をしているということが、何かしら願掛けというか、縁起がいいと言うか、そういうのを感じて敢えてやっているところもある。そういっても、実は勉強は昔から嫌いではない。むしろ分からないことが分かる様になったときなんかは、やっぱり嬉しいし。ここまで詰めた勉強を数ヶ月単位で続けるのは初めてで結構堪えるものがあるけど、試験日はもうそこだからと、頭と手を動かす。
ピロリロリン
スマホが鳴った。みると、やまとからのメッセージだった。
『あけおめー!正月だけど、勉強がんばってるんだろうなー!学校で会えるの楽しみにしてる。今年もよろしくー!』
メッセージと共に、やまとがバイトしているスーパーの正月飾りの写真が添付されていた。やまとのメッセージを読んで、時計をみる。そして、いつの間にか0時を回っていたことに気づく。願掛けはいつの間にか達成していたようだ。
『あけおめ!やまともバイトお疲れさま。もし今大丈夫だったら、電話してもいい?』
すぐにやまとに返事をして、グーッとひと伸びした。その後すぐ電話が鳴った。
「もしもし、友哉あけおめー!」
クリスマス振りのやまとの声に、なんだか耳がこそばゆくなった。
「あけおめ!電話すぐかけてくれてありがとう。やまと元気にしてる?」
「めっちゃ元気だよ!なあ、知ってた?年末年始って、スーパーすごく忙しいんだって。パートの人が、気合い入れて乗り越えようねって言ってたんだよ。明日こえーなー。友哉は?って、勉強だよな」
「もちろん勉強してるぜー!こんなに長い時間やることないから、なかなかキツイけど、あと少しだしがんばるわ。ってか、スーパーって正月忙しいんだな。あんまり気にしたことなかったや。来年は見に行きたいな」
やまとがてんやわんやしながらバイトをしている様子を頭に浮かべる。
「どのくらい混んだか教えるよな!あ、3学期初日さ、オレバイト休みだから、放課後一緒に図書室行ってもいい?」
やまとの言葉で、そろそろ新学期が始まることに気づく。そうか、もう少しでやまとに会えるんだと思ったら、一気に気持ちが上がってきた。
「もちろんだよ!初日は講座もなかったはずだから、一緒に図書室行こう。勉強しに行くんだけど、とっても楽しみ!」
「よかった。もちろん勉強のジャマしないから。来週には会えるな」
通話中だが、少しの沈黙が流れる。電話の向こうのやまとを思い浮かべると、それだけで心が温かくなる。
「早く友哉に会いたいよー!」
少しおちゃらけたやまとの声が優しく響いた。
「オレもだよー。でも、来週会えるんだな。あしたもバイトなのに、こんな時間から電話ありがとうな」
「ううん、全然!声聞けて嬉しかったし!じゃあ、また来週な」
おやすみと言って、通話を切った。早く会いたいと思うけど、時間は思うようには進んでくれない。あしたはどうしたってあしたで、学校が始まるのはどうしたって来週だ。それならやることはやっぱりひとつなんだよなーと、しょうがないとわかっていても少しくらいあがきたい気持ちを抑えて、再び参考書を開ける。さっきまでやまとと電話をしていたことが嘘みたいで、実はずっと勉強しててアレは妄想?なんて思うくらいだけど、耳に残るやまとの声が嘘じゃないことを教えてくれる。温かくなった心と共に、やれることをやるしかないと思ったのだった。

***

 待ちに待った新学期初日。ウッチーや陽太と新年のあいさつと共に、年末年始の地獄の勉強をがんばった自分たちをとりあえず褒め称えた。そして、あと少しがんばろうと話す。同じ方向に向かってがんばる仲間がいることは心強いなと改めて思う。クラスメイトたちも、みんな追い込みで勉強に励んでいる。2学期とは全然違う空気感に益々身の引き締まる思いになった。
 
 放課後、やまとと図書室で待ち合わせだ。
「10日くらい会わなかっただけだけど、なんかすごく久しぶりな感じがするな!心持ち友哉、頭良さそうにみえるぞ!」
朝もやまとにあいさつしたけど一瞬だったから、こうやって目の前でしっかりやまとを見つめると、思った以上に気持ちが喜んでいるのが分かる。図書室じゃなかったら、思わず抱きついてるななんて思うほどだ。そして、そう思った自分に心底驚いた。
「頭よさそうってなんだよ。でも本当に久しぶりな感じするよ!何年振りとかそのくらい」
「何年振りは大げさだろー!まあ、そう言われて悪い気はしないけどさ。じゃあ、オレは借りてた本を読んでるな」
2人座って、オレは勉強を始めた。隣りにやまとがいて嬉しくて、集中するまでいつもより少し時間がかかってしまったが、今日くらいはそれでもいいだろうと、ゆっくり机に向かった。フと隣をみると、本を読んでいるやまとが目に入る。それだけで、勉強がんばろうという気持ちになるから不思議だ。
 集中していたら、いつの間にかいつもの帰宅を促す放送が流れて、そんな時間になっていたことを知る。やまともジッと本を読んでいたようで、放送を聞いて2人で驚いて顔を合わせた。
「ゆっくり本読んだの久しぶりだったから、すごく心地よかったなー!」
そういやさ、正月小話聞く?とやまとが言うので、食いつき気味に聞く!と返事をした。
「正月ってさ、一年のうちで一番願い事が宙に舞う日なんだよ。みんなそれぞれの場所で手を合わせて、色々願ってるだろ?そのお願い事が、宙に浮かんでて、見えるモノがみたら、すごくキラキラしたシャボン玉みたいなのがフワフワ浮いているらしい。それで、それをいわゆる天使みたいなやつが大きい袋を持って、回収して、空のずっと高いところに届けにいくらしいんだけど、ある日、ひとりの天使の袋に穴が空いてたんだって。天使はそれに気づかなくて、そのまま願い事を集めてたんだけど、同時に穴から願い事が落ちていったらしい。落ちた願い事が、そこらへんをフワフワ浮かんでると、こどもが凧揚げをしてるところに流れ着いたんだ。そして願い事はその凧に引っかかって、そのまま高く高く空を登っていったんだな。そこにさっきの天使が、袋の穴に気づいて慌てて探しに戻ってきたところに出会って、無事回収されたっていう話」
相変わらず、やまとの小話は優しくて暖かい。新学期早々聞くことができて、とても嬉しくなる。
「願い事が宙に舞ってるの見てみたいなー!今年オレは、初詣は行かなくて初日の出に手を合わせておいたよ」
「大丈夫!オレが神社で友哉の合格願っといたからさ」
そう言って、やまとがオレの手をトントンと打った。オレはやまとにありがとうと伝えた。話したいことはたくさんあるような気がするけど、久しぶりだからかうまく言葉が出てこなくて、静かな時間が流れる。この道がそのまままっすぐ伸びて、いつまでも着かなければいいのになんて思いながら、少し速度を落として歩く。
「なあ、友哉ちょっとこっち!」と言って、やまとがオレの手を引いて、路地に入った。そして、
「別れ道の前に、ハグしていい?」
なんて真っ直ぐな目で聞くもんだから、返事をする前にオレから抱きついた。
「オレもしたかった」
ギュっとし、小さい声で呟く。おんなじじゃんと弾んだ声と共に、やまともギュっとしてくれた。それから身体を離して、元の道に戻ると、すぐに別れ道になった。明日も会えるのに、2人とも寂しそうなもんだから、顔を合わせて少し笑った。離れるのが名残惜しくて、なかなかまたねが言えず、ダラダラと話してしまう。そんなオレたちの横を自転車に乗った子どもたちが、またねー!と言って友だちと別れて帰るのを見て目を合わせ、オレらもまた明日なとそれぞれの家に帰った。

***

 明日は共通一次試験だ。クラスのほとんどがこの試験に臨むので、帰りのホームルームは緊張感の漂う雰囲気があった。先生が、いつも通りにがんばってこいとみんなに声をかけ、その場を締めた。今日の放課後は、図書室にも行かず帰宅すると決めていたから、ホームルームが終わり帰り支度を始める。すると、友哉ーとやまとがオレを呼ぶ声が廊下の方から聞こえた。そこに目をやるとやまとがちょっとと手招きしているので、急いで向かう。
「よかった。友哉いた。あ、ウッチーもまだいる?」
教室を見るとウッチーも帰る準備をしていてまだいたので、久しぶりに3人で顔を合わせた。
「友哉とウッチー明日とうとう本番だろ?だから2人にこれ!」
オレから!と言って袋を手渡してきた。ウッチーと一緒に中を覗くと、キャップのついたキレイに削ってある鉛筆1本とお菓子が入っていた。
「その鉛筆は、ちゃんと近所の神社で願掛けしてきたやつだから!使わなくていいけど、よければ筆箱に忍ばせておいてよ。お菓子は、試験ってめっちゃ長いじゃん!絶対お腹空くと思って、消化にも脳にも良さそうなやつ選んできた。バイト先のパートのおばちゃんのおすすめも入れてある。2人とも試験、がんばってな!応援してるからさ。慌てて申し訳ないんだけど、オレ今日バイトだから、もう行くねー!また来週〜」
そう言って、やまとはあっという間にオレたちの目の前からいなくなった。残されたウッチーともう一度袋の中を覗いて、2人で笑った。
「急に来てなにかなーと思ったら、もういなくなっちゃったな。これもやまとっぽくてまぢウケる!そしてめっちゃ嬉しいわ。友哉、あしたからがんばろうな。はー緊張するー」
「な。確かにやまとっぽくていいな。ほんとめっちゃ緊張する。今日眠れるかな。でもうん、がんばろう!」
ウッチーと2人で不安げな表情を浮かばせながら、学校をあとにした。

 試験の朝、起きるとやまとからがんばれ〜とメッセージが届いていた。いってくると返信をして、リビングへ降りる。母が朝ごはんの支度をしていた。
「友哉おはよう。こんな試験の朝ごはんなんて、何出せばいいのか分かんなくなったから、いつも通りのご飯と卵焼きとウインナーと味噌汁だけどいいよね?」
心配そうに母が聞くので、いつも通りが一番いいよと言うと、そうよね〜とテーブルに運んでくれた。
「弁当もね、どうしたらいいか分かんなくて、定番のカツ!と思ったら、みんな消化に悪いからやめなさいって止められたのよ。だから、友哉が好きって言ってた肉巻きとかきんぴらとか入れてるから。あと、間食用でおにぎりも一つ作っといたわ」
ありがとうと伝え、食事を済ませると、着替えたり持ち物を確認したり準備をした。それから、両親に見送られながら試験会場へ向かう。
 名前のせいか、住んでいる場所のせいか、ウッチーや陽太とは別の会場だった。無事に辿り着き、そこから席を探す。受験票の番号を確認すると、オレの席は窓際の1番後ろだった。やったと小さくガッツポーズをして座った。室内は暖房が効いているため、比較的暖かく、重ね着していた上着なんかを外す。やまとにもらったマフラーを外して畳み、仕舞う前に1度顔を埋めた。机の上に筆記具や受験票を出して、準備を整える。やまとからもらった鉛筆で書こうかと思ったがやめて、目の前に置くことにした。分からない問題や慌てたときなんかに、それを見て、気持ちを落ち着かせるためにそうしようと思ったのだ。手に持ってずっと見えているよりも、前に置いて目を一旦逸らす方がオレには良さそうだと判断した。これで準備万端だ。あとは試験が始まるのを待つだけだと一旦空を眺め、単語帳を取り出し眺めた。

 二日間の試験は無事に終わった。もちろん分からない問題もあったし、実際どのくらい正解しているかは明日の自己採点でしか分からないからなんとも言えないのだが、とりあえず準備してきた分はできたと思いたい。試験が全て終わったわけではないけど、今日くらいは参考書を開かずに眠ろうと思いながら、試験会場を背に歩く。
 やまとには、帰りの電車を待っている間に、試験が無事に終わったとメッセージを送った。返事が来ていなかったので、今日もバイトなのだろうと思う。やまとに会いたいなと思って気づいたら、やまとのバイト先の最寄駅で降りていた。試験で頭を使いすぎて、本能で身体が動いたのか分からないけど、そのままやまとのバイト先のキョーエーへ向かった。店内に入り、やまとがいないか探して回る。すると、お菓子コーナーで品出しをしているやまとを見つけた。やまとお疲れと声をかけると、やまとが、え!と大きい声を出し、しまったとすぐに口を手で押さえていた。それから、友哉どうしたんだよ、試験は大丈夫だった?と、抑えた声量で話すやまとを見て、やっぱりここまで来て良かったなと思った。
「うん、とりあえず無事に終わった。やまとにメッセージ送ったら、会いたくなって来てしまった。バイト中なのにごめんな」
「無事に終わったんなら良かった。本当にお疲れさま。いやいや来てくれて嬉しいよ。ありがとう」
「やまとの顔見れたからもう帰るな!また明日学校で会おう!バイトお疲れさま」
「うん、また明日話そうぜ。今日はゆっくり休んでな」
そう言って、今度はちゃんと家へ帰った。家に着くと、一気に疲れが出たようで、ご飯を食べてお風呂に入ったあと、ソファでそのまま眠ってしまっていた。友哉ベッドに行きな〜と言う母の声で目を明け、ウトウトしたままベッドに横になって、自然とやまとに会いに行ったときのことを思い出していた。やまとと会ったときのオレの気持ちは、満たされたとか安心したとかそういうのに近い気がするけど、ピッタリと当てはまる言葉が出てこない。ただもう顔を合わせただけで、これで帰ってもいいなと思ったのだ。言葉にできない気持ちだけど、それが心地よかった。そんなことを思っていたら、そのまま朝までぐっすり眠っていた。

 自己採点の結果は、予想していたくらいはあって、とりあえず第一志望を受けられるくらいは点数が取れていたので、胸を撫で下ろす。2月の2次試験向けて、休んでいる暇はなく、勉強に励む毎日だ。1月いっぱいは、今まで通り放課後は講座を受け、講座のない日は図書室で勉強。バイトが休みの日はやまとも付き合ってくれて、帰り道のおしゃべりが息抜きになっていた。2月に入ると、3年生は就職受験勉強休みに入り、講座など用事のある生徒しか登校しない。オレとウッチーは講座組なので、2月に入っても学校で講座を受け、終わると図書室で勉強という日々を過ごしていた。やまととはなかなか会えず、寂しいなあと思ってはいたが、やまともバイト頑張ってるしとオレもやろうと日々を過ごした。

 二次試験の前日、この日は学校に行かず、朝から自宅で勉強をしていた。夕飯を食べ、お風呂に入った夜の8時頃、やまとからメッセージが届いた。
『とうとう明日だよな!応援してるぞー!友哉がんばれー!!!』
それを読んですぐに電話をかけた。
「もしもし?やまと今大丈夫?」
「うん!バイト終わってさっき家に着いたとこだから、大丈夫。友哉は、大丈夫か?」
心配そうなやまとの声が、オレの心に温かく届く。
「試験が大丈夫かは分かんないけど、この電話は大丈夫。メッセージありがとうな。読んだら、声が聞きたくなって電話したんだ」
「そっか。オレも声が聞けて嬉しい。それと試験も大丈夫だよ。友哉たくさんがんばってたからさ。オレが保証する!」
やまとがどんな表情で言っているのか、すぐに思い浮かべられる自分がいる。そんな自分がとても嬉しい。
「うん、ありがとう。なあ、やまと、なにか小話聞かせてくれないか?」
「……」
「あ、無理ならいいよ!話せただけで嬉しいからさ!」
やまとの沈黙に慌てて言葉を付け足す。
「黙っちゃってごめん。いや、友哉さ、オレの小話好きなのは分かるんだけど、話してって言われたの初めてな気がして驚いて。もちろん話しちゃる!小話史上1番短いやつな」
まさか初めてのお願いだったとは自分でも気づかなかった。そしてそんなことに気づいてくれたやまとのことを、やっぱり好きだなと思う。
「じゃあ、1番短い話、よろしくお願いします」
「蝶々ってさ、青虫からサナギになって蝶々になるだろ?サナギの中でドロドロに溶けて、あの蝶の姿が作られるって言われてるけど、実はそうじゃなくてさ。あのサナギって青虫の家なんだよ。そんで、蝶々がそこにおいしいご飯の場所の地図持って訪ねてきて、それと引き換えに家を明け渡してるんだよね。蝶々はサナギの中にある壁が好きな味らしくって、それを食べたら外に出るんだけど、その姿をみて、青虫がサナギになって蝶になるって話がうまれたんだってさ」
「おー!!!それ、明日の試験に出たら書くわ」
オレが言うと、絶対書くなよ!とやまとが言って2人で笑った。
「やまとありがとうな。明日がんばってくる」
「うん、応援してるからさ!がんばってきて!終わったら遊ぼう!」
通話を切ったあと、数秒スマホを見つめ、明日の荷物の準備をして、ベッドに入り目を閉じた。あんな風に笑ったのは久しぶりだなと思い返し、上がった口角のまま眠りについた。
 翌日、無事に試験の全日程が終了した。あそこが分からなかったとか、あの答え間違えたかもとかそういう振り返りもあることはあるが、あとはもう合格発表を待つのみで、結果に緊張していないと言ったら嘘になるが、気は少し楽だった。両親も、本当にお疲れさまと労ってくれた。やまとにも無事に試験が終わったことをメッセージで送り、お疲れさまの返信と共に、そのまま遊ぶ計画を立てた。

 試験の2日後、今日はやまとと遊ぶ日だ。昨日の夜から楽しみで胸がワクワクしていた。今回の目的地は、夏に行ったあの海だ。あの日の暑い夏とは違う、春先の穏やかな天気の中、オレたちを乗せた電車は海に到着した。
「おー!海だー!夏来たときとは全然違う気がするな。でも海っていつでもテンションあがる」
そう言ってやまとが砂浜へ歩き出す。
「今日が晴れてて良かった。太陽のおかげであったかいな。海もキラキラしてる。入れないのは残念だけど!」
そう話すやまとの横に並んで2人で海を見つめる。チラッと横を見ると、やまとと目が合った。それから、貝殻拾い競争しない?と言ったやまとの言葉を合図に、2人しゃがんで貝殻を探し始めた。どのくらい探していただろうか、しゃがんでいた足が痛みを訴えてきたので立ち上がると、自分が最初にいた場所から案外遠くまで来ていたことに気づく。視線の先のもっと先の方で、しゃがんだやまとが貝殻を探しているのを見つけた。その遠くに見えるやまとの背中をしばらく見つめた。それからやまとに近づいていき、お互い見つけた貝殻を披露することになった。2人が見つけた貝殻を、防波堤の上に並べ、鑑賞する。
「うん。こうやって並べるとなんか作品って感じがするな。貝殻ってキレイだよな」
「確かに。小さいのも大きいのも、色とか模様も違ったりして、キレイだな。こんなに貝殻と向き合ったことなかったかも」
オレも!とやまとが言って、貝殻の写真を撮った。

 「じゃあ、ちょっと街の探索してこようか」
やまとがそう言ったので立ち上がり、夏には暑くてできなかった街歩きを敢行することにした。防波堤の上をオレが先に進むと、少し遅れてやまとが行こう行こうとやってきた。街を歩くと、あのときには気づかなかった定食屋さんを発見した。お腹がすいていたので早速中に入り、やまとは煮魚定食、オレは海鮮丼を注文して食べた。おいしいおいしいと2人であっという間に平げ周りをみると、昼時間だからかお店はやや賑わっていたので、すぐにお店を出て、再び歩き始める。昔からの住宅や小さい商店なんかもあって、自分たちの住んでいる街とは全然違うその様子に、もしやまとと2人で違う街に暮らしたらこんな感じで歩き回りたいなと思った。
「いつかどこかで一緒に住むことになったらさ、こんな感じで散策したいな」
思っていたことをやまとが言ったので、心を読まれたのではないかと驚いた。
「オレも全くおんなじこと思ってた!」
嬉しくなって勢いよく口から出た。まぢかよ、すげー!とやまとが言って、絶対実現させようと2人で話した。
 帰りの電車を待つ間、夏に来たときみたいに、太陽の光を反射してキラキラ輝く海を眺めた。遠くに見える防波堤に、並べた貝殻が見えないかと目を凝らしたが、見えるはずもなく、記憶に新しいその様子を頭に浮かべ、海の街を後にした。

 あ!電車に乗って少ししてから、思わず大きな声を出した。しまったと思ったが、オレたちの乗った車両には他の人が乗っていなかったので、誰にも迷惑にはならず、ホッとした。どうしたんだよとやまとが驚いた様子で聞いてくる。
「次やまとと出かけたら、何か記念になるやつを買おうと思ってたのに忘れたのを思い出して、思わず大きな声が出た」
朝は覚えていたのにと忘れた自分に落ち込んでしまう。今日は絶対に買おうと思っていたのに。やまとは意外にも、落ち込んだオレをニマニマした顔で見ていた。と思ったら、ポケットからじゃーんと言って握った両手を見せてきた。その手を不思議そうに見つめるオレに、じゃじゃじゃーんと手を広げてみせる。そこには2人で探した貝殻が一つずつ載っていた。
「今日の記念に!オレの独断と偏見だけど、友哉が見つけたやつで一番好きだったのはオレがもらって、オレが見つけたやつで友哉にあげたいやつを友哉にあげる」
はいと言って、一つの貝殻を手渡してくれた。オレの手に乗ったやまとの貝殻を見つめる。それは少し大きめの巻貝で、耳を当てると海の音が聞こえてくるようだった。
「やまと、ありがとう。ほんと、やまとってすごいな。すごい!」
そう言うとやまとは、そんなことないってと髪をクシャクシャっと触った。
「いや、すごいよ。オレとっても嬉しいよ。ありがとう。やまと、天才!」
喜んでくれてよかったとやまとが言って、座ったまま2人で手を繋いだ。
 今日は泳いでないからか、帰りの電車もずっと起きていられた。今まで会ってなかった分、色んな話をした。フと視線を窓の外へ移す。すごい速さで流れていく景色が、もう戻れないことを伝えているようで寂しくなる。そんな気持ちで変わる風景に目を遣っていると、やまとが
「なあ、今度はさ、ウッチーも連れてこようよ」
といつも通りに言った。そうだ、やまとはいつだってこうやってオレの気持ちをフッと上昇させる。やまとと懐かしむ場所を作れたことをとても嬉しく思った。さっきまでは街にさよならを言おうとしていたけど、またねと言い直す。やまとはやっぱすごいやと小さい声で呟くと、なんか言った?とやまとが聞くので、次はウッチーも一緒に来ようなと伝えた。
 3日後はもう卒業式だ。