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 「みんな久しぶり〜」
陽太が元気に教室へ入ってきた。
「おー!久しぶり。元気だったか?」
ウッチーが尋ねる。
「オレは塾三昧だったよ。これで落ちたら、オレの夏休みを返せって言いたくなる。ってか、友哉(ゆうや)なんか日焼けしてない?」
「実は昨日、海行ってきたんだよ。それで焼けたな。日焼けとっても痛い」
「え〜いいなー!オレも誘ってくれよ〜。夏休み楽しみやがって。呪ってやる」
「おい陽太!お前も実は遠出してたんだろ?同じ陸上部ネットワークを舐めんなよ。ちゃんと聞いてるぞ」
ウッチーの言葉に陽太がバツの悪そうな表情をしている。
「なんだ陽太もしっかり楽しんだのか。いや、夏休み楽しんでいいじゃん。その分塾でも頑張ったから、あんなことも言ってたんだろ?えらいよ陽太」
「友哉〜そう、オレちょっと遊んだけど、勉強もがんばったんだよ。いいよな、それでな」
と言ってガバッと抱きついてきた。はいはいそこまでと言って、ウッチーがオレから陽太を引き離し、
「友哉に甘えんなよ。まあ、もう本格的に受験モードだもんな〜。みんなでがんばろう!」
 去年までは、夏休み明けといえば日焼けした同級生や旅行の話なんかがちらほら聞こえてきたきがするが、今年はどこからも受験の話ばっかりだった。高校もそろそろ卒業なんだなーと感慨に耽る間もなく、机に向かう毎日が始まる。窓際の席になったオレは、時々空を見上げて、いっぱいになりすぎる頭に風を通しながら、勉強に励んだ。

 「まだ二学期初日なのにな!友哉んとこはさすが全員受験生なだけあるなー。オレんとこは、夏休み楽しかったって話で持ちきりだったぜ。同じ学校にいるとは思えねーや」
今日は二学期初日ということで、これからのスケジュールの確認だけで講座はなかった。やまとも夏休み以降もバイトを続けることになったが、今日はシフトが入ってないと言っていたので、一緒に帰れることになり、昨日ぶりに2人で歩く。
「本当にな。なんかもう新しい思い出とかじゃなく、みんなでそれぞれの志望校に向かって頑張ろうって感じだからさ、オレも流れに乗って頑張るよ。やまとっもバイト頑張ってな」
「うん。バイトも慣れてきたし、みんないい人だし頑張るよ。そういや新しい小話作ったから、話してもいい?」
帰り道やまとが言うので、オレは聞く姿勢に入った。
「打ち上げ花火って、周りが何にもない場所であげたり、海の上であげたりするだろ。それでさ、海の上で打ち上げ花火が上がるときはさ、空にドーンと舞ったあと、そのかけらの火の粉が海に落ちていくんだけど、その火の粉が海の底まで届くことがあってさ。海の底に届いた火の粉は、そこでもう一度花を咲かせるんだよ。真っ暗で何も見えない海底で、花火がもう一度開くと、透明な海底の生き物たちが花火の色に染まって、それはめっちゃキレイらしい。そのときばかりは、みんなで底を見つめたり、花火色に染まったお互いの身体を見て喜んでいるんだってさ」
やまとはここで一呼吸して、ウッチーとやった花火と友哉と行った海の思い出を元に作ってみたと嬉しそうに話した。
「海底の花火か〜。めっちゃキレイなんだろうなって思ったよ。色とりどりでさ、透明の海底の生き物に反射する感じとかまぢで見てみたいな。そしてやっぱりやまとの頭の中の小話誕生ボックス、覗いてみたいよオレは」
「小話誕生ボックス〜?!そんなのあるのかな?でもまあ友哉が見たいなら、見せてあげたいよ、オレも」
やまとが素直にこういうことを言ってくれると、嬉しい反面、自分はそれがうまくできていない気がして申し訳なくなる。いつか自然と言えるようになる日が来るのだろうか。黙り込んだオレに、トントンやまとの手の甲が当たる。勉強疲れか?と聞かれたので、そうかもしんないなとごまかしてしまった。
「あんまり根詰めすぎないようにしろよー息抜きはオレが責任持って付き合うから」
ニカっと笑うやまとにどう答えていいか分からなくなって、ありがとうと言って手を握る。
 繋いだ手をやまとがグッと前に出した。
「オレらすげー日焼けしてるよね。今日、綿貫にツッコまれたんだよ」
「オレも!陽太に言われた!夏休み楽しみやがって呪うとか言われたな」
そう言って笑うオレを見て、やまとがうんうんと頷く。
「日焼けに対して、とくに何も思ったことなかったけど、この日焼けはなんか嬉しい日焼けだなー」
手を下ろしたやまとがそう言って、握っていた手をサッと恋人繋ぎに変えた。この繋ぎ方は初めてだったので、少しドキドキしてやまとを見ると、やまとも同じ気持ちだというのが見て分かった。握り返すとやまともギュッとしてくれて、温かさを感じた。さっきまで少し不安になっていた心にもその温度が届く。
「オレもそう思う。この日焼け、残っててほしいな」
な、とやまとが微笑む。その顔を見て、少しずつでもいいから、やっぱり言葉にして伝えていこうと思った。

 二学期は始まったかと思うと、スピードをあげ日々をどんどん送っていく。気づいたら肌寒くなり、空はうんと高くなっていた。青々していた植物たちも、色を変えながらいつの間にか落ち着き、冬を迎える準備を始めているようだった。夏服とはさようならをし、冬服がすっかり馴染んでいた。
 机に向かうとき目に入っていた日焼けした腕も今はもうない。その腕を見る度に、やまとと行った海を思い出していたのにと思う。とっくに白くなった腕をみて、やっぱりあのとき何か記念になるようなもの買っとけばよかったなーと少しの後悔が胸に現れた。
 クラスも受験モードで、あの陽太でさえ、長時間静かに勉強しているくらいだ。オレの放課後は相変わらず講座三昧だった。週に2日の講座がない日は、図書室で勉強をして帰るのだが、やまともバイトがない日は付き合ってくれて、今日がその日だ。オレは勉強をして、その隣でやまとは本を読んだり、課題をしたり、仮眠をしたり好きに過ごしている。勉強の合間にやまとを盗み見る。やまとが本を読む姿を見ると、やっぱり胸がキュウとなる。前に無意識で見すぎて、やまとに、穴が開くだろと言われたことがあった。気づくといつまでも見てしまいそうになるので、意識して、勉強に頭を戻す。それから、帰宅を促す放送が流れたら、勉強を終えるサインだ。『みなさん気をつけて帰りましょう』録音してあるその声は毎日同じで、もう一字一句間違えることなく真似ができるくらいになった。鞄に参考書や筆記用具をしまい、もう帰ろうと席を立つ。この帰り道が、今のオレにとってすごく大切な時間だ。
 
「今日は久しぶりに芝池公園に行こうぜ」
帰り道やまとが言ったので、公園へ向かった。いつものベンチに座る。少しずつ暗くなり始めた公園には、少しの街灯と優しくなった夕焼け、東の空にすでに昇り始めていた三日月と一番星以外、もう誰もいなかった。
「少し涼しくなってきたし、久々公園で遊ぶのもいいかなーって。受験勉強大変だろうけどさ」
やまとが笑って言う。
「そういえば、公園の遊具って何が最初にできたか知ってる?」
知らない、何だったのと尋ねる。やまとが話し始める前の、この問いかけがとても好きだ。空気が一気に優しくなる。
「昔、人間には羽が生えていてさ。空と地上を行き来してたんだって。でも、食べ物作るとか仕事するとかで地上での生活が忙しくなってきて、空に行くことを忘れてきたんだ。そしたら、自然と羽も消えていって、今までみたいに空に行くことができなくなった。ほとんどの人は空に行っていたことを忘れていたんだけど、ほんの少し覚えてた人たちが作ったのが公園の遊具。ブランコとシーソーとジャングルジムと滑り台だったんだ」
なんでかわかる?と顔を向けてきたので、首を横に振った。
「ブランコとシーソーとジャングルジムは、空へ近づくためのものだったんだ。ブランコは目一杯漕いで空へ、シーソーは思いっきり跳ねて空へ、ジャングルジムは高く高く上って空へ。今あるのの比にならないくらいどれも高くいける作りだった。そして、滑り台は空からの帰り道、滑って降りてくる用だったんだ。覚えてた人たちが静かに空へ行くための道具だったんだけど、やっぱりそれもどんどん忘れていってしまって、ブランコとかどんどん小さくなってきたんだよね。そのままなくなっちゃうかなと思ったんだけど、ほら、子どもってそういう記憶あったりするだろ?空の記憶をなくした大人に代わって、子どもたちが朧げな記憶の中で遊びの道具として使い始めたんだ。そしたら、元から子どものタメのものだったってことになって、今もそのまま遊具として残ってるってわけ」
だから今日は〜とやまとが立ち上がり、オレに手を差し出した。
「久しぶりに遊具で遊ばない?」
目の前に立つやまとの後ろでは、順番待ちをしていた最後の夕焼けが地平線に帰ろうとしている。うん、遊ぼうと言ってやまとの手をとり、立ち上がる。そこからジャングルジムを登ったり、滑り台を滑ったりして、ブランコへ向かった。どっちが高くいけるか競争しようとなり、思いっきりブランコを漕ぐ。子どものころは大きく感じたブランコが、こんなに小さかったのかと驚く。足を揃えて前後に揺らしながら感じる風は少し冷たくなってきたが、そんなこと気にならないくらい必死になっていた。よっしゃ飛ぶぞーとやまとが言ったかと思うと、やまとがピョンとブランコから弧を描いて降りた。うまく着地したかと思ったら、痛てててと膝を抱えて横になり、なかなか起き上がらない。
「やまと大丈夫か?そんなに痛いのか?」
心配してやまとの側に駆け寄る。
「なんちゃって!大丈夫だよん」
と言ってやまとが顔をあげると、オレの顔とものすごい近さになってしまった。一瞬変な空気になった気がして、なんだか小っ恥ずかしくなり、すぐに顔を離した。
「そ、そんな冗談びっくりするだろ。まあ大丈夫なら良かったけど」
「ごめんごめん。ちょっと驚かせたくなってさ。でも小さい頃はあんなことしても転ばなかったのにってちょっとショックだなー」
やまとは立ち上がり、服についた砂埃を叩いて落としている。何事もなかったようなリアクションに、ドキドキしたのはオレだけだよなと、先ほどの動揺をなかったことにする努力をした。
「久しぶりだからじゃない?あの頃は毎日遊んでただろうし。今日楽しかったしさ、また来ようよ。リベンジ!」
「そうだな!また来よう!なあ、疲れたし少しベンチで休憩しようか」

 もう空はすっかり暗くなっていて、街灯の灯りが頼りなく辺りを照らしてくれている。相変わらず、公園にはオレとやまとしかいない。
「そういえばさ、今更だけど、海行ったときになんか記念品買えばよかったなーって今日思ったんだよ」
「え?今日?友哉ってほんとおもしろいな。あのときは暑くてそれどころじゃなかったから、頭にも浮かばなかったなー。でも急になんで?」
オレは今日、教室で思ったことをやまとに話した。
「前まではさ、日焼けした腕見たら思い出してたんだけど、今日フとそういえばそうだったのにって思い出したんだよね。あの海すごく楽しかったしさ、なんか持ってたかったなー、それ見るとすぐ思い出せたのになーって思ったんだよね」
そう言ったあと、思いの外やまとから返事がなかったので向いてみると、今まで見たことのないやまとの真っ赤な顔があった。そして、それを見て釣られてオレも赤くなってしまった。
「友哉が急にそんなこと言うから、ものすごく照れた!次どこかに行ったときは、なんか買おう!でもまあとりあえず、受験終わってからだな!」
やまとが髪をクシャクシャと触る。照れ隠しだろうか、語尾を強めにいうやまとを見て、オレってやまとのこと大好きなんだなと思った。
「うん、次行くときはなんか買おう」
そう約束をして手を繋いだ。

 少しの優しい沈黙が流れる。するとやまとがオレのほうへ顔を向けた。
「なあ友哉、キス、してもいい?」
え!思わず大きい声が出て、繋いだ手を勢いよく離してしまった。思いもよらないやまとの言葉に激しく動揺したのだ。
「もちろんイヤならいいよ!」
胸の前で手を振り、やまとが慌てて付け足した。それからオレも急いで否定した。
「イヤ、なわけ、ないだろ?急に言われて驚いただけだよ」
「じゃあ、いいの?」
「もちろん、いいけど、ちょっと、緊張してるから、少し待ってほしい」
心臓のバクバクがうるさすぎて気を取られる。なんでやまとはこんなに落ち着いているのか、いつも不思議になる。
「オレは大丈夫だから、友哉が準備できたら、友哉からしてくれよ」
そう言うやまとに、分かったと言って、オレは落ち着こうと深呼吸を繰り返す。しかし心臓の音が静かになる気配はない。頭の中は色んなことが飛び交っているようで、でもそれらはひとつも思考にはならず、言葉にならない記号みたいなものがただ雑然と騒いでいるようだった。あんまり待たせるのも悪いし、だからと言って顔を突き合わせてやることを考えると、これ以上ないくらい心臓がドンドン叩いてくる。それならと、今のオレにもできそうなことを口にしてみた。
「なあ、やまと、ほっぺにしてもいいか?」
やまとは眉をあげ、少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで、もちろんと言ってくれた。それから、どうぞとオレに頬を差し出してくれた。深めに息を吸って、吐く。よし!とやまとの頬にキスをした。やったぞと顔を離すと、いつものやまとの横顔がそこにはあった。それを見て、そうだオレはこの横顔が大好きなんだよなと思ったら、気持ちが一気に落ち着いてきた。それから、そうか、オレはキスをする緊張で、やまとの頬しか見えてなかったんだなと気づき、とてもやるせなくなってしまった。やまとがこちらに顔を向ける。
「すげー一瞬だったけど。ありがとう」
そう言って笑うやまとがとても愛しくて、胸がいっぱいになった。そしてやまとの手を握り、下を向いて言った。
「次はさ、やまとからしてくれよ」
「いいの?」
少し驚いた顔のやまとが聞き返してくる。握った手にギュッと力を入れ、いいよと言って顔を上げると、すぐ目の前にやまとの顔が近づいてきて、やまとの唇がオレの唇に触れた。それは一瞬で、でも時間が止まったようにも感じた。1回目のときのような緊張のドキドキとは違う、心があたたかくなるドキドキがあることをオレは知った。顔を離したあとは、このまま身体がふわふわと浮いてしまうのではないかというくらい、嬉しい気持ちになった。

「そういやさ、いつもドキドキしてるのオレだけだよな。やまとはいつも大丈夫そうでなんか、恥ずかしいよ」
公園からの帰り道、普段から思っていたことをやまとに言ってみた。それを聞いたやまとは驚いた顔をして、そんなことないよと言った。
「オレだってドキドキしてるよ。さっきだって、足痛いふりしてるときに友哉が来て、顔近くなったときも一気に緊張したしさ。そう思われてるってことは、あんまり緊張が表に出ないのかな?友哉はすげー出てるよな」
そう言ってニヤッと笑った。
「そうなんだよ。すぐ顔にでてしまうから、オレだけなんだと恥ずかしかったけど、やまとも緊張してたんだな。ならいいや」
「いいじゃん。なんなら緊張してる友哉も好きだしさ。どんな友哉でも大好きだから、オレの前ではそのまんまでいてくれよ」
小さい声でありがとうと言うと、やまとがへへへと笑った。重なった手が温かくて、その温度がいつもオレの心を柔らかくする。
「オレも大好きだからさ」
どうにか絞り出した声をやまとはちゃんと聞いてくれただろうか。繋いだ手がさらに温かくなった気がした。

***

 「なーなー!みんな進路決めた?オレは、N大の法学部にしようと思ってる!」
もう12月が始まった。そんな放課後、やまととウッチーと図書室で勉強をしていたときにウッチーが尋ねた。
「オレは予定通りの服飾の専門に行くけど、そういや友哉はどこにしたんだ?」
「オレは、K大の民俗学部にしようと思ってる」
「え?そうなんだ!初耳!なんでそこにしようと思ったんだよ」
初めて言ったからか、2人とも驚いたようで、目を丸くして聞いてきた。
「ほら、やまとの小話あるじゃん。オレ、あの話たち好きでさ」
「あー、確かに友哉、オレがもういいよーって言っても、あとから聞いてたりするよな」
「そう。やまとの話聞いてたら、昔の人とか違う国の人たちの暮らしとか考えかたとか気になってさ。それで、そういうの学びたいっておもったんだよ」
前までは、特に何をしたいという気持ちはなく、漠然と大学進学を決めていた。でも今年、やまとの小話を聞くようになって、自分の知らない世界や考え方が、海の向こう側だったり、過去の人たちの中にもたくさんあるんだと思った。そして、それを知りたい勉強したいと思って、進路を決めたのだ。
「なんだよそれ!やまと!お前の話が友哉の進路決めたってよ!すげーじゃん!!」
「……」
「おい!やまと!」
「ん?ああ、まぢか、それは驚いた」
やまとが力のない声で答える。
「やまとどうしたんだよ!オレならもっと威張っちゃいそうだけど」
「あ、ああ、そうだな。オレの話すごいな」
やまとの顔は少し困ったような顔をしていたようだが、追求はせず、そのまま勉強に戻った。

 ウッチーと別れた後、帰り道で聞いてみた。
「なあ、オレがやまとの小話聞いて、進路決めたの嫌だったのか?」
やまとはパッとこっちを見たあと、すぐに視線をそらせ、そんなことないと言った。
「そうか?でもなんか様子がおかしかったからさ、気になって」
そう言うと、やまとが足を止め、今からオレんち来れる?と聞くので、そのまま初めてやまとの家に行くことになった。道中、やまとは一言も話さず、オレも何も言わなかった。
 やまとの家は古いこじんまりとした一軒家だった。お茶用意してくるから、ちょっと待っててと通された部屋には、本棚がぎっしり並んでいた。すぐそこが縁側になっていて、広い窓から夕日が差し込むその部屋は、電気をつけなくてもまだ少し明るい。どうぞとやまとが温かいお茶を出して、話し始めた。
「オレんちさ、シングルマザーで母親はいつも忙しく働いてて、じいちゃんばあちゃんと大体過ごしてたんだけど、じいちゃんがよく色んな話をしてくれたんだ。本当かよそれーっていう話から、昔話とかまで色々。オレその話聞くの好きでさ、次は?もっとって、いつもじいちゃんにせがんでたわけ。でもそんなとき、じいちゃんに病気が見つかって、入院して、あっという間に死んじゃってさ。母さんもばあちゃんも、優しくしてくれるんだけど、じいちゃんみたいな話はできなくて。1人のときとか、じいちゃんがしてくれた話を思い出してたりしてたんだけど、すんげー寂しくなってた。それで、自分でも話考えてみようって思って、そっちに意識持ってって寂しさ紛らわせてたわけ。そしたら、思いの外色々話できちゃって、今それをみんなに話してるんだけど、まさか友哉がその話で進路決めちゃったって聞いて、申し訳ないような複雑な気持ちになったんだよ。子どものオレが寂しさ紛らわすために作った話だしさ。なんか、ごめんな」
下を向いたまま、やまとが話した。部屋が少しずつ赤くなってくる。まっすぐやまとを見つめた。
「やまと、そんな大切な話聞かせてくれてありがとう。そして、謝んないでくれよ。小さいやまとが一生懸命考えた話で、オレの進路決めたんだって思うととっても嬉しいよ。今まで聞いてきた話、全部愛おしいなって思った。本当にありがとう」
オレ今胸がいっぱいだと言うと、やまとがパッと顔をあげ、こっちを向いた。目があって、西日に照らされたやまとの目が潤んでいるのが分かる。
「ぞんなごど、友哉」
言葉に詰まりながら、涙を拭うやまとが小さい子どものように見えて、思わず抱きしめた。
「大切な思い出、話してくれてありがとうな」
そう言って泣き止むまで背中をさすった。泣き止んだやまとが鼻声で、オレもありがとうと言ったあと、赤く腫らした目のまんまとびっきりの笑顔を見せてくれた。
 「もしかして、この部屋、前に言ってたおじいちゃんの部屋か?」
「そう。よく覚えてたな。オレの大事な場所なんだ」
そういって部屋を見渡すやまとの視線がとても優しく、幼かったやまとがこの場所でどんな風に過ごしてきたのかが伝わるようだった。
「すごくいい部屋だな。そうだ、仏壇とかある?じいちゃんに手合わせて帰ろうかな」
部屋の中は真っ赤になって、外からはカラスの鳴き声が聞こえた。すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干す。オレはこの日を一生忘れないと思う。