***
あっという間に夏休みに入った。高校三年生の夏休みは忙しい。オレは、ほぼ毎日夏期講習が入っているし、やまとは夏休みからアルバイトを始めた。なかなか会えない日が続くが、電話をしたりメッセージを送って寂しさを感じないように日々を送っていた。
「友哉ー!今からやまとのバイト先行ってみないか?」
いつもより少し早く終わった講座の帰りにウッチーが言ったので、それはいいなと行くことになった。やまとは、キョーエーというスーパーでアルバイトをしている。ウッチーとキョーエーへ行って、店内を歩くとすぐやまとが見つかった。お客さんに商品の案内をしているようで、それは初めてみる顔のやまとだった。ウッチーも隣で、あいつちゃんと働いてんなーと驚嘆していた。やまとが1人になったところで、すみませーんと声をかける。はーいと営業スマイルで振り向いたやまとが、そこにいたオレたちを見て、え?2人ともどうしたの?と驚いている。
「ちょっと早く終わったから、友哉と来てみたんだよ〜!やまとすげー働いてるじゃん!すごい!」
「そう言われるとなんか恥ずかしいけど、いちょ給料も貰ってるからな。それなりに働いてるよ。あ!実はそろそろ終わりなんだよ。あと30分くらいだから、ちょっと待っててくれる?」
もちろん待ってると言うと、ありがとうと嬉しそうにバックヤードへ商品を取りに戻って行った。
「お待たせー!」
やまとが着替えて店内へ入ってきた。待っている間、オレとウッチーは、こんな商品もあるんだなと初めてスーパーをくまなく見学していた。バイトお疲れーと2人で声をかける。そして、そのまま歩きながらみんなで久しぶりにおしゃべりを始めた。
「2人が来てくれて、なんか意外と嬉しかったよ」
「意外とってなんだよ」
すかさずウッチーが突っ込む。
「いやなんかさ、知り合いが来るとちょっと恥ずかしいってか、あんまり見られたくない感じあるんだけど、2人にはそういうのあんまり感じなかったなーって思って」
「まあ、それはいい意味だと受け取ろう。ってさ、もうオレたち最後の夏休みじゃん。最後最後言いたくねーけど、実際そうだろ?だからさ、なんかみんなで遊ばないか?夏っぽいことしたいなーって思って!ちょっとくらい遊んだってよくないか?どうかな?」
「オレもやりたい!やまとのバイト休みの日に合わせて、遊ぼうぜ!」
ウッチーの提案にすぐさま同意した。
「オレも遊びたい!ちょっと今シフト確認してみるな。え〜っと、直近なら、この金曜日か、この水曜日とかどう?」
どれどれと、やまとのシフト表におでこを突き合わせて覗く。じゃあ金曜日にしようとなり、次は何をしようか考えた。
「夏といえばー、海とか花火とかバーベキューとか虫取りとかラジオ体操とか、、、?」
「おいやまと、最後の方だんだん雑になってるぞ!海か花火がいいなー」
「オレ、花火したいな!」
そう言った途端、2人がこっちに顔を向けた。
「なんか、友哉がやりたいっていうの珍しいな!じゃあ花火にしよー」
ウッチーが言う。
「そうか?珍しいか?あ、他のでももちろんいいよ!大丈夫?」
「いいよいいよ!オレも花火したいし!去年は出来なかったしなー」
やまとがニヤニヤした顔で言う。
「ん?あれ?去年クラスのでやったじゃん!あ、そういや、なんか2人ともいなかったような気がする……」
「友哉がお腹痛くなったから、オレと一緒に帰ったんだよ!ウッチーは最後まで楽しく参加したとその後報告受けてます」
記憶を辿るウッチーにやまとが説明をしている間、オレもあの日を思い出していた。
「そうだったかー!忘れてたや!じゃあ、余計に今年は花火、やろう!でも、えっとー、花火ってどこでできるんだ?ちょっと各々調べといて、また連絡し合おうなーじゃあまたー!友哉はまた講座でなー!」
またねーとウッチーに手を振る。
自宅が逆方向なので、ウッチーとは先に別れることになるのだ。ここからは、久しぶりにやまとと2人並んで歩く。
「花火、楽しみだなー」
「……」
「友哉どうした?」
「いや、去年のバーベキュー思い出してさ。あの日の胃の痛みって、多分、やまとの小話が女子にもてはやされてるの見て、胸がギュッてなったのを勘違いしてたんだなって。帰りに1人で歩いてるとやまとが追っかけて来てくれただろう?痛かったのもあれで全部なしになったしな」
思わず口から出てしまったが、言った後に無性に恥ずかしくなった。横を見るとやまとが驚いた顔をしているので、言ったことを後悔した。
「そうだったんだ!いや、急に言うからビックリしたけど、そういうの話してくれて嬉しいな」
その言葉を聞いて、やまとがニコニコしているのをみると、こっちも嬉しくなって、後悔からの安堵という落差で口元が緩み、そのままさらに言葉が溢れてしまった。
「ちょっとついでに言っちゃうけど、実は、夏休み、あんまり会えなくて、寂しい、と、思って、いる」
しかし、言った側からまたすぐ言わなきゃよかったのでは?!と思って、やまとの言葉を待たずに慌てて付け加えた。
「あ、でも、オレも講座でやまとがバイトでお互い忙しいのは分かってるからさ。さっきもバイトしてる姿見て、やまとすげーってなったし。今日は会えて嬉しかったし。また時間合う日があったら会おうな」
そう言って、パッとやまとを見た。やまとが口や眉をまごまご動かし変な顔をしてオレを見ていた。
「友哉がそんなこと言うなんて、、、めちゃくちゃ嬉しい!オレもさ、もっと会いたいなーって思ってたから。おんなじ気持ちなんだなと思ったら、会えなくてもなんか少し大丈夫になった。もちろん会いたいけどね。今日は友哉チャージしとこ!」
と言って、2人で身体をぶつけあいながら笑って歩いた。またねの言葉が、こんなに待ち遠しかったことなんて今までなかったなと思う。さっきまでやまとが隣にいたのになと寂しくなった半分に、その言葉を言い聞かせて、家までゆっくり歩いて帰った。
とうとう花火をする日になった。ウッチーの自宅でやることになり、やまとと待ち合わせをして一緒に行く。いつもの場所で合流したオレの正面にやまとが立ちはだかる。いつもはこんな動きしないのに、どうかしたんだろうか?なんて思っていたら、すぐにその理由が分かった。
「そのTシャツ!去年、オレがやまとっぽいってみてたやつ!」
「そうでーす!いい感じだろう?」
やまとが目の前で手を広げて見せてくれた。あのときはやまとのことが好きなんて気づいてなかったし、付き合うなんて考えも微塵もなかったけど、こうやって今目の前で、去年のオレが選んだ服を着ているやまとをみると、胸がいっぱいになって締め付けられるようだった。そしてそれはとても心地の良い胸の痛みだった。
「うん、すっごく似合ってる!」
本当はそんな気持ちももっと伝えたいなと思うけど、今日はそう言葉にするのがやっとだった。この間は言えたのにな。しかし、満面の笑みで、オレもそう思うとやまとが嬉しそうに言ってくれたから、それでも許された気がした。
「オレ、ウッチーの家行くの初めてだなー」
とやまとと2人でウッチーの自宅へ向かう。太陽の余韻がまだ残っている空は、役目を終える最後の光で2人の影を細く長くし、並んで歩いている姿を目の前に映し出す。だんだん同化していくその形が少しだけ名残惜しかった。
花火大会は、場所決めでだいぶ難航した。思ったよりも花火をしていい場所が見つけられなかったのだ。公園もダメで、じゃあ海に行くかとなったが距離があるため夜の移動は難しかった。別の夏っぽいことに変更しようかと話していたところ、ウッチーが家族の了承を得たと言って、ウッチーの自宅での花火大会が決まったのだった。
インターホンを押し、ドアが開く。ウッチーが、良かった辿り着いてと迎えてくれた。おじゃましますと2人で中に入ると、いらっしゃいとウッチーのお母さんが奥の部屋から顔を覗かせた。ウッチーの自宅は二階建てで、一階には広めのリビングがあり、そこからすぐに庭に出られるようになっていた。
「二人ともよく来てくれたね。光が友だちと花火していいかっていうからビックリしたのよ。やってもいいけど、あんまり大きな声とかは出さないでちょうだいね。あ、今から夕飯、カレー作ってあるから食べてねーおかわりもできるくらい作ってるから。じゃあ私はジャマだろうから、ちょっとあゆみおばさんとこに行ってくるわね〜」
「分かってるから、大丈夫。とっとと行ってらっしゃい!」
そのやりとりを見て、やまとと笑う。
「ありがとうございます。はい、花火はおとなしくやりますんで大丈夫です」
そう話すと、うんよろしくね〜と言って、ウッチーのお母さんはあっという間にいなくなった。
「ウッチー、お母さん似なんだな。名前も光だったな、忘れてた」
やまとが言った言葉に、隣で激しく頷く。
「やめてくれよー。それ言われるのまぢ嫌なんだって。そして、名前は覚えててよー。さあ、カレー食おうぜ」
用意されていた皿にみんなでカレーをよそい、リビングのイスに座って食べ始めた。
「カレーまで用意してくれて、ありがとうな。おいしかったって、お母さんに言っといてくれよ。カレーって家で味とか入れてるのなんとなく違うよな!ウッチーの家のカレーとってもおいしい!」
ウッチーの家のカレーには、コーンが入っていて、茶色い中に浮かぶその黄色い小さな粒々が、とても印象的だった。
「オッケー!おいしかったんなら良かった!こうやって、友だち家に呼ぶのとか小学校ぶりくらいだから、母さん張り切ってたんだよ。今日も、2人が来る前におばさんち行けって言ったのに、どうしても顔見て行きたいとか言ってさー。恥ずかしいっつーの!」
「いや、いいお母さんでいいじゃん!こんなもてなされて嬉しいよ、な?友哉」
本当にそうと首を縦に振る。
「それならよかったけど、それ言うと調子に乗るから言わんどくな」
そう言ってカレーをかきこむウッチーに、言っとけよーそしてまた呼んでくれよーとやまとが言ったので、オレからも頼むよーと横から手を合わせた。
カレーの皿を片付けてから、早速花火が始まった。
「本当はちっちゃい打ち上げ花火とか準備したかったんだけど、近所迷惑を気にして、手持ちのやつだけです!よろしくお願いします!」
ウッチーが用意してくれた花火を持ってきて言った。
「全然大丈夫。準備までありがとう。あとで割り勘しよう。あ!実はオレも花火持ってきたんだよ。去年友哉からもらったやつ」
前日にやまとから、クリスマスにもらった花火持って行ってもいいかとメッセージが届いた。そういえばタイミングを見つけられず、ずっとできずにいたからちょうどいいなと今日、持ってきてもらったのだった。倍できるじゃん!やったーとウッチーが喜んだので、あのとき花火をプレゼントして良かったなと改めて思えた。やりますか!と各々花火をもち、順番に火をつける。先のひらひらに燃え移った炎がジリジリと上がってきて、パチパチ火の粉が出たかと思うと、シューッと一気に花火になった。おおー!久しぶりー!キレイだなーなんて言いながら、どんどん花火に火をつける。ウッチーが両手で持ったのを見て、やまとが指の間に入れて片手で四本つけようとして失敗したり、一気に燃え上がって興奮した途端急に火が消えてその落差に笑ったりしてたら、あっという間に残りわずかになってしまった。
「もちろん最後は線香花火です」
ウッチーが一本ずつ線香花火を手渡してくれた。
「線香花火のイメージもあるんだろうけど、並んでやるとやっぱりなんだか寂しくなるなー」
ウッチーが言ったので、それ分かると2人で同意した。三人で少しそういう空気に浸っていたら、ひかるーとお母さんが元気に帰ってきたので、思わずみんなで顔を合わし、大笑いした。
「あんたたち、あんまり大きい声出すなって言ったでしょ。あ、あゆみおばさんに友だち来てるって言ったら、持ってけーってスイカもらったのよ。食べる?」
さっきまでの哀愁の漂った空気は幻だったのかもと思うほど、今は縁側に座って思いっきりスイカを頬張る。そのスイカは、ものすごく赤くて、シャクシャクといい音をたてた。そこから当たり前のようにタネ飛ばし競争が始まり、やまとが一番遠くに飛ばした。なんと小さい頃から練習してたらしく、見事にキレイな弧を描いて、庭の端まで飛ばし、大げさなガッツポーズをきめていた。ウッチーと一緒に、おー!と言って小さく拍手を送り、またみんなで笑う。今日は気づいたらずっと笑っている。オレたちが飛ばしたタネはそこから芽を出すのだろうか?それとも今日の思い出をそこに孕んだまま土の奥に潜り込んで、分解されて消えていくのだろうか。こんな気分になるのはきっと夏の夜のせいだけではないはずだと思いながら、飛ばしたタネへ目を向ける。時間を間違えたセミの声が辺りに響き渡っていた。
「すんげー夏って感じのことしたなー。カレーに花火にスイカって最高!ウッチー誘ってくれてありがとう」
「オレも、このまま夏期講習で今年は終わるなと思ってたからさ、今日本当に楽しかった。ありがとう」
縁側で足を投げ出し、空を見上げながら話した。オレとやまとがそんなことを言ったもんだから、ウッチーは、急になんだよと照れていた。
「オレも2人と遊べて良かったよ。ずっと勉強勉強じゃキッツイもんなー!でも明日からは、また頑張る!でもたまには遊ぼうな。息抜き付き合ってくれよー」
「息抜きばっかしてんじゃないのかー。友哉、ウッチーは真面目に講座受けてる?」
とやまとが意地悪そうに言ったので、友哉言ってやれよ!とウッチーが促してきた。それに応えて
「やまと!ウッチーは息抜きばっかりしてるぞ!!」
とオレがいうと、
「お前らもう呼んでやらねーぞー」
すかさずウッチーが言ったので、2人でごめんごめんと謝って、最後の最後を爆笑で締め括った。帰りは、ウッチーのお母さんが家まで送ってくれて、また来てねと笑った顔は、やっぱりウッチーに似ていた。
***
花火大会の後も、もちろん夏期講習は続き、気づいたら夏休み最終日になっていた。今日はやまとと遊ぶ約束をしている。朝の7時に駅で待ち合わせだ。駅へ着くと、いつも通りやまとが、いつもより大きな荷物を持って先に待っていた。オレに気づいて、微笑み手をあげる。この瞬間、オレは宇宙一幸せな存在だと思う。今日はこれから、電車に乗って海へ行く。
電車で一時間半かけて、それでも1番近いその海へ行くことになったのは、久しぶりに海に行きたいとやまとが言い出したからだった。
降りる駅が近づいてくると、電車の窓に海が映った。海だぞ!と顔を合わせて2人でテンションが上がる。電車のドアが開くたび、海の匂いがしないだろうかと鼻から息を吸い込んでみる。あと3駅、あと1駅とカウントダウンしながら、窓の外を見つめる。
とうとう到着し、駅に降り立つと、歓迎してくれたように潮風が2人の間を通り抜けていく。そこからは暑いのなんて関係なく急ぎ足で海へ向かった。着いた時には、2人とも汗だくだったが気にならない。すぐに海パンに着替えて、痛い痛いと言いながら裸足で砂浜を降り、海に入る。夏休みの最終日は平日ということもあるのか、朝も早いからか、思ったよりも人はいなかったため、ゆったり遊ぶことができた。
「海っておっきいなー。入ってるだけで気持ちいいなー」
隣で顔の上に帽子を置いたやまとがプカプカ浮いている。
「本当に気持ちいいなー。このまま覚えたこと全部海に流れていっちゃいそうなくらい気持ちいい」
オレが言うと、やまとがバッと身体を起こし、それヤベーじゃん!と言った。勢いがありすぎて驚いてしまったが、心配したその顔が愛おしくて面白くて笑ってしまった。
「大丈夫だよ。忘れてないよ。でももし忘れてもさ、また覚えればいいよ。今日の海はそのくらいの価値がある。来れてよかった」
それなら良かったけどと言って、またプカプカ浮き始めた。
それからゴーグルをして海の中を覗いたり、再び波に揺られたり浮かんだり、そんなに色んなことはしていないけど、海に入っているとゆったりでもあっという間に時間が過ぎていった。
お昼前になり、そろそろお腹も空いたし上がるかと海から出た。シャワーをして砂と潮水を流す。服に着替えたオレたちは、せっかくだからと滅多に来ない海の街を少し歩いてみることにした。いいごはん屋さんないかな〜と歩き始めたのはいいが、ジリジリと存在感を放つ太陽を頭上にして歩き続けるのは思った以上に困難を極め、早々に諦めたくなった。暑い以外の言葉が出なくなったそんなとき、少し先に地元でよく行っているファミレスが見えてきた。この時ばかりは、2人で顔を合わせただけで、お互い何を考えているか分かった。
自動ドアを潜ると広がる涼しい店内に、海とは全然違う心地よさを感じた。
「もうあれ以上歩けなかったから、助かった!」
「お店見つけてやまとと目があって、もう言葉なんていらなかったもんな。ほんと助かった」
せっかくだから今日はいつもと違うのを食べようかと、2人で初めての料理を注文し、一気に平らげ、駅へ戻った。電車を待つ間、そこから見える海がとても名残惜しくって、2人でずっと見ていた。汗をかいた肌に感じる潮風は重く、でも心地よかった。海はいつまでもキラキラと輝いて、さっきまであそこにいたことが夢のようだと思った。
電車ではいつの間にか眠ってしまっていて、途中目を覚ますと2人とも頭をもたれかけていた。それがなんだか嬉しくて、そのまま、また目を閉じた。目を閉じるとやまとから微かな海の匂いがした。
「友哉、もう着くぞ!」
やまとの声で目を覚ました。驚いてパッと顔を上げると、やまとの肩に置いていた左側の頭が急に心許なくなった。
「ごめん、頭。重かったろ」
ハッキリしない頭のままというと、全然!まだ着かなければいいのになーと思ったくらいなんて言うもんだから、頭が一瞬で冴えて顔がバッと熱くなってしまった。そんなオレを見て、やまとが笑う。
「ほんとな、まだ着かなければいいのにな」
そう言って自然に肩をくっつけた。
「友哉、すごく日焼けしてるよ。日焼け止め塗らなかったでしょ。こりゃあ、お風呂で痛くなるよー。ローションあるから塗っときなね」
帰って早々母がオレの顔を見て言った。そう言われて、すっかり赤くなった腕を見ると、そこに海に行った証がしっかり残っているようで嬉しくなった。いつまでも赤いままでもいいやと思ったけど、お風呂に入ると母のいう通りお湯がしみたから、やっぱり痛いのは嫌だなと思い、お風呂から上がると急いでローションを手に取る。塗る前に、赤くなった肌を鼻に近づけると、まだ海の匂いが残っているような気がして、塗るのを躊躇してしまった。
あっという間に夏休みに入った。高校三年生の夏休みは忙しい。オレは、ほぼ毎日夏期講習が入っているし、やまとは夏休みからアルバイトを始めた。なかなか会えない日が続くが、電話をしたりメッセージを送って寂しさを感じないように日々を送っていた。
「友哉ー!今からやまとのバイト先行ってみないか?」
いつもより少し早く終わった講座の帰りにウッチーが言ったので、それはいいなと行くことになった。やまとは、キョーエーというスーパーでアルバイトをしている。ウッチーとキョーエーへ行って、店内を歩くとすぐやまとが見つかった。お客さんに商品の案内をしているようで、それは初めてみる顔のやまとだった。ウッチーも隣で、あいつちゃんと働いてんなーと驚嘆していた。やまとが1人になったところで、すみませーんと声をかける。はーいと営業スマイルで振り向いたやまとが、そこにいたオレたちを見て、え?2人ともどうしたの?と驚いている。
「ちょっと早く終わったから、友哉と来てみたんだよ〜!やまとすげー働いてるじゃん!すごい!」
「そう言われるとなんか恥ずかしいけど、いちょ給料も貰ってるからな。それなりに働いてるよ。あ!実はそろそろ終わりなんだよ。あと30分くらいだから、ちょっと待っててくれる?」
もちろん待ってると言うと、ありがとうと嬉しそうにバックヤードへ商品を取りに戻って行った。
「お待たせー!」
やまとが着替えて店内へ入ってきた。待っている間、オレとウッチーは、こんな商品もあるんだなと初めてスーパーをくまなく見学していた。バイトお疲れーと2人で声をかける。そして、そのまま歩きながらみんなで久しぶりにおしゃべりを始めた。
「2人が来てくれて、なんか意外と嬉しかったよ」
「意外とってなんだよ」
すかさずウッチーが突っ込む。
「いやなんかさ、知り合いが来るとちょっと恥ずかしいってか、あんまり見られたくない感じあるんだけど、2人にはそういうのあんまり感じなかったなーって思って」
「まあ、それはいい意味だと受け取ろう。ってさ、もうオレたち最後の夏休みじゃん。最後最後言いたくねーけど、実際そうだろ?だからさ、なんかみんなで遊ばないか?夏っぽいことしたいなーって思って!ちょっとくらい遊んだってよくないか?どうかな?」
「オレもやりたい!やまとのバイト休みの日に合わせて、遊ぼうぜ!」
ウッチーの提案にすぐさま同意した。
「オレも遊びたい!ちょっと今シフト確認してみるな。え〜っと、直近なら、この金曜日か、この水曜日とかどう?」
どれどれと、やまとのシフト表におでこを突き合わせて覗く。じゃあ金曜日にしようとなり、次は何をしようか考えた。
「夏といえばー、海とか花火とかバーベキューとか虫取りとかラジオ体操とか、、、?」
「おいやまと、最後の方だんだん雑になってるぞ!海か花火がいいなー」
「オレ、花火したいな!」
そう言った途端、2人がこっちに顔を向けた。
「なんか、友哉がやりたいっていうの珍しいな!じゃあ花火にしよー」
ウッチーが言う。
「そうか?珍しいか?あ、他のでももちろんいいよ!大丈夫?」
「いいよいいよ!オレも花火したいし!去年は出来なかったしなー」
やまとがニヤニヤした顔で言う。
「ん?あれ?去年クラスのでやったじゃん!あ、そういや、なんか2人ともいなかったような気がする……」
「友哉がお腹痛くなったから、オレと一緒に帰ったんだよ!ウッチーは最後まで楽しく参加したとその後報告受けてます」
記憶を辿るウッチーにやまとが説明をしている間、オレもあの日を思い出していた。
「そうだったかー!忘れてたや!じゃあ、余計に今年は花火、やろう!でも、えっとー、花火ってどこでできるんだ?ちょっと各々調べといて、また連絡し合おうなーじゃあまたー!友哉はまた講座でなー!」
またねーとウッチーに手を振る。
自宅が逆方向なので、ウッチーとは先に別れることになるのだ。ここからは、久しぶりにやまとと2人並んで歩く。
「花火、楽しみだなー」
「……」
「友哉どうした?」
「いや、去年のバーベキュー思い出してさ。あの日の胃の痛みって、多分、やまとの小話が女子にもてはやされてるの見て、胸がギュッてなったのを勘違いしてたんだなって。帰りに1人で歩いてるとやまとが追っかけて来てくれただろう?痛かったのもあれで全部なしになったしな」
思わず口から出てしまったが、言った後に無性に恥ずかしくなった。横を見るとやまとが驚いた顔をしているので、言ったことを後悔した。
「そうだったんだ!いや、急に言うからビックリしたけど、そういうの話してくれて嬉しいな」
その言葉を聞いて、やまとがニコニコしているのをみると、こっちも嬉しくなって、後悔からの安堵という落差で口元が緩み、そのままさらに言葉が溢れてしまった。
「ちょっとついでに言っちゃうけど、実は、夏休み、あんまり会えなくて、寂しい、と、思って、いる」
しかし、言った側からまたすぐ言わなきゃよかったのでは?!と思って、やまとの言葉を待たずに慌てて付け加えた。
「あ、でも、オレも講座でやまとがバイトでお互い忙しいのは分かってるからさ。さっきもバイトしてる姿見て、やまとすげーってなったし。今日は会えて嬉しかったし。また時間合う日があったら会おうな」
そう言って、パッとやまとを見た。やまとが口や眉をまごまご動かし変な顔をしてオレを見ていた。
「友哉がそんなこと言うなんて、、、めちゃくちゃ嬉しい!オレもさ、もっと会いたいなーって思ってたから。おんなじ気持ちなんだなと思ったら、会えなくてもなんか少し大丈夫になった。もちろん会いたいけどね。今日は友哉チャージしとこ!」
と言って、2人で身体をぶつけあいながら笑って歩いた。またねの言葉が、こんなに待ち遠しかったことなんて今までなかったなと思う。さっきまでやまとが隣にいたのになと寂しくなった半分に、その言葉を言い聞かせて、家までゆっくり歩いて帰った。
とうとう花火をする日になった。ウッチーの自宅でやることになり、やまとと待ち合わせをして一緒に行く。いつもの場所で合流したオレの正面にやまとが立ちはだかる。いつもはこんな動きしないのに、どうかしたんだろうか?なんて思っていたら、すぐにその理由が分かった。
「そのTシャツ!去年、オレがやまとっぽいってみてたやつ!」
「そうでーす!いい感じだろう?」
やまとが目の前で手を広げて見せてくれた。あのときはやまとのことが好きなんて気づいてなかったし、付き合うなんて考えも微塵もなかったけど、こうやって今目の前で、去年のオレが選んだ服を着ているやまとをみると、胸がいっぱいになって締め付けられるようだった。そしてそれはとても心地の良い胸の痛みだった。
「うん、すっごく似合ってる!」
本当はそんな気持ちももっと伝えたいなと思うけど、今日はそう言葉にするのがやっとだった。この間は言えたのにな。しかし、満面の笑みで、オレもそう思うとやまとが嬉しそうに言ってくれたから、それでも許された気がした。
「オレ、ウッチーの家行くの初めてだなー」
とやまとと2人でウッチーの自宅へ向かう。太陽の余韻がまだ残っている空は、役目を終える最後の光で2人の影を細く長くし、並んで歩いている姿を目の前に映し出す。だんだん同化していくその形が少しだけ名残惜しかった。
花火大会は、場所決めでだいぶ難航した。思ったよりも花火をしていい場所が見つけられなかったのだ。公園もダメで、じゃあ海に行くかとなったが距離があるため夜の移動は難しかった。別の夏っぽいことに変更しようかと話していたところ、ウッチーが家族の了承を得たと言って、ウッチーの自宅での花火大会が決まったのだった。
インターホンを押し、ドアが開く。ウッチーが、良かった辿り着いてと迎えてくれた。おじゃましますと2人で中に入ると、いらっしゃいとウッチーのお母さんが奥の部屋から顔を覗かせた。ウッチーの自宅は二階建てで、一階には広めのリビングがあり、そこからすぐに庭に出られるようになっていた。
「二人ともよく来てくれたね。光が友だちと花火していいかっていうからビックリしたのよ。やってもいいけど、あんまり大きな声とかは出さないでちょうだいね。あ、今から夕飯、カレー作ってあるから食べてねーおかわりもできるくらい作ってるから。じゃあ私はジャマだろうから、ちょっとあゆみおばさんとこに行ってくるわね〜」
「分かってるから、大丈夫。とっとと行ってらっしゃい!」
そのやりとりを見て、やまとと笑う。
「ありがとうございます。はい、花火はおとなしくやりますんで大丈夫です」
そう話すと、うんよろしくね〜と言って、ウッチーのお母さんはあっという間にいなくなった。
「ウッチー、お母さん似なんだな。名前も光だったな、忘れてた」
やまとが言った言葉に、隣で激しく頷く。
「やめてくれよー。それ言われるのまぢ嫌なんだって。そして、名前は覚えててよー。さあ、カレー食おうぜ」
用意されていた皿にみんなでカレーをよそい、リビングのイスに座って食べ始めた。
「カレーまで用意してくれて、ありがとうな。おいしかったって、お母さんに言っといてくれよ。カレーって家で味とか入れてるのなんとなく違うよな!ウッチーの家のカレーとってもおいしい!」
ウッチーの家のカレーには、コーンが入っていて、茶色い中に浮かぶその黄色い小さな粒々が、とても印象的だった。
「オッケー!おいしかったんなら良かった!こうやって、友だち家に呼ぶのとか小学校ぶりくらいだから、母さん張り切ってたんだよ。今日も、2人が来る前におばさんち行けって言ったのに、どうしても顔見て行きたいとか言ってさー。恥ずかしいっつーの!」
「いや、いいお母さんでいいじゃん!こんなもてなされて嬉しいよ、な?友哉」
本当にそうと首を縦に振る。
「それならよかったけど、それ言うと調子に乗るから言わんどくな」
そう言ってカレーをかきこむウッチーに、言っとけよーそしてまた呼んでくれよーとやまとが言ったので、オレからも頼むよーと横から手を合わせた。
カレーの皿を片付けてから、早速花火が始まった。
「本当はちっちゃい打ち上げ花火とか準備したかったんだけど、近所迷惑を気にして、手持ちのやつだけです!よろしくお願いします!」
ウッチーが用意してくれた花火を持ってきて言った。
「全然大丈夫。準備までありがとう。あとで割り勘しよう。あ!実はオレも花火持ってきたんだよ。去年友哉からもらったやつ」
前日にやまとから、クリスマスにもらった花火持って行ってもいいかとメッセージが届いた。そういえばタイミングを見つけられず、ずっとできずにいたからちょうどいいなと今日、持ってきてもらったのだった。倍できるじゃん!やったーとウッチーが喜んだので、あのとき花火をプレゼントして良かったなと改めて思えた。やりますか!と各々花火をもち、順番に火をつける。先のひらひらに燃え移った炎がジリジリと上がってきて、パチパチ火の粉が出たかと思うと、シューッと一気に花火になった。おおー!久しぶりー!キレイだなーなんて言いながら、どんどん花火に火をつける。ウッチーが両手で持ったのを見て、やまとが指の間に入れて片手で四本つけようとして失敗したり、一気に燃え上がって興奮した途端急に火が消えてその落差に笑ったりしてたら、あっという間に残りわずかになってしまった。
「もちろん最後は線香花火です」
ウッチーが一本ずつ線香花火を手渡してくれた。
「線香花火のイメージもあるんだろうけど、並んでやるとやっぱりなんだか寂しくなるなー」
ウッチーが言ったので、それ分かると2人で同意した。三人で少しそういう空気に浸っていたら、ひかるーとお母さんが元気に帰ってきたので、思わずみんなで顔を合わし、大笑いした。
「あんたたち、あんまり大きい声出すなって言ったでしょ。あ、あゆみおばさんに友だち来てるって言ったら、持ってけーってスイカもらったのよ。食べる?」
さっきまでの哀愁の漂った空気は幻だったのかもと思うほど、今は縁側に座って思いっきりスイカを頬張る。そのスイカは、ものすごく赤くて、シャクシャクといい音をたてた。そこから当たり前のようにタネ飛ばし競争が始まり、やまとが一番遠くに飛ばした。なんと小さい頃から練習してたらしく、見事にキレイな弧を描いて、庭の端まで飛ばし、大げさなガッツポーズをきめていた。ウッチーと一緒に、おー!と言って小さく拍手を送り、またみんなで笑う。今日は気づいたらずっと笑っている。オレたちが飛ばしたタネはそこから芽を出すのだろうか?それとも今日の思い出をそこに孕んだまま土の奥に潜り込んで、分解されて消えていくのだろうか。こんな気分になるのはきっと夏の夜のせいだけではないはずだと思いながら、飛ばしたタネへ目を向ける。時間を間違えたセミの声が辺りに響き渡っていた。
「すんげー夏って感じのことしたなー。カレーに花火にスイカって最高!ウッチー誘ってくれてありがとう」
「オレも、このまま夏期講習で今年は終わるなと思ってたからさ、今日本当に楽しかった。ありがとう」
縁側で足を投げ出し、空を見上げながら話した。オレとやまとがそんなことを言ったもんだから、ウッチーは、急になんだよと照れていた。
「オレも2人と遊べて良かったよ。ずっと勉強勉強じゃキッツイもんなー!でも明日からは、また頑張る!でもたまには遊ぼうな。息抜き付き合ってくれよー」
「息抜きばっかしてんじゃないのかー。友哉、ウッチーは真面目に講座受けてる?」
とやまとが意地悪そうに言ったので、友哉言ってやれよ!とウッチーが促してきた。それに応えて
「やまと!ウッチーは息抜きばっかりしてるぞ!!」
とオレがいうと、
「お前らもう呼んでやらねーぞー」
すかさずウッチーが言ったので、2人でごめんごめんと謝って、最後の最後を爆笑で締め括った。帰りは、ウッチーのお母さんが家まで送ってくれて、また来てねと笑った顔は、やっぱりウッチーに似ていた。
***
花火大会の後も、もちろん夏期講習は続き、気づいたら夏休み最終日になっていた。今日はやまとと遊ぶ約束をしている。朝の7時に駅で待ち合わせだ。駅へ着くと、いつも通りやまとが、いつもより大きな荷物を持って先に待っていた。オレに気づいて、微笑み手をあげる。この瞬間、オレは宇宙一幸せな存在だと思う。今日はこれから、電車に乗って海へ行く。
電車で一時間半かけて、それでも1番近いその海へ行くことになったのは、久しぶりに海に行きたいとやまとが言い出したからだった。
降りる駅が近づいてくると、電車の窓に海が映った。海だぞ!と顔を合わせて2人でテンションが上がる。電車のドアが開くたび、海の匂いがしないだろうかと鼻から息を吸い込んでみる。あと3駅、あと1駅とカウントダウンしながら、窓の外を見つめる。
とうとう到着し、駅に降り立つと、歓迎してくれたように潮風が2人の間を通り抜けていく。そこからは暑いのなんて関係なく急ぎ足で海へ向かった。着いた時には、2人とも汗だくだったが気にならない。すぐに海パンに着替えて、痛い痛いと言いながら裸足で砂浜を降り、海に入る。夏休みの最終日は平日ということもあるのか、朝も早いからか、思ったよりも人はいなかったため、ゆったり遊ぶことができた。
「海っておっきいなー。入ってるだけで気持ちいいなー」
隣で顔の上に帽子を置いたやまとがプカプカ浮いている。
「本当に気持ちいいなー。このまま覚えたこと全部海に流れていっちゃいそうなくらい気持ちいい」
オレが言うと、やまとがバッと身体を起こし、それヤベーじゃん!と言った。勢いがありすぎて驚いてしまったが、心配したその顔が愛おしくて面白くて笑ってしまった。
「大丈夫だよ。忘れてないよ。でももし忘れてもさ、また覚えればいいよ。今日の海はそのくらいの価値がある。来れてよかった」
それなら良かったけどと言って、またプカプカ浮き始めた。
それからゴーグルをして海の中を覗いたり、再び波に揺られたり浮かんだり、そんなに色んなことはしていないけど、海に入っているとゆったりでもあっという間に時間が過ぎていった。
お昼前になり、そろそろお腹も空いたし上がるかと海から出た。シャワーをして砂と潮水を流す。服に着替えたオレたちは、せっかくだからと滅多に来ない海の街を少し歩いてみることにした。いいごはん屋さんないかな〜と歩き始めたのはいいが、ジリジリと存在感を放つ太陽を頭上にして歩き続けるのは思った以上に困難を極め、早々に諦めたくなった。暑い以外の言葉が出なくなったそんなとき、少し先に地元でよく行っているファミレスが見えてきた。この時ばかりは、2人で顔を合わせただけで、お互い何を考えているか分かった。
自動ドアを潜ると広がる涼しい店内に、海とは全然違う心地よさを感じた。
「もうあれ以上歩けなかったから、助かった!」
「お店見つけてやまとと目があって、もう言葉なんていらなかったもんな。ほんと助かった」
せっかくだから今日はいつもと違うのを食べようかと、2人で初めての料理を注文し、一気に平らげ、駅へ戻った。電車を待つ間、そこから見える海がとても名残惜しくって、2人でずっと見ていた。汗をかいた肌に感じる潮風は重く、でも心地よかった。海はいつまでもキラキラと輝いて、さっきまであそこにいたことが夢のようだと思った。
電車ではいつの間にか眠ってしまっていて、途中目を覚ますと2人とも頭をもたれかけていた。それがなんだか嬉しくて、そのまま、また目を閉じた。目を閉じるとやまとから微かな海の匂いがした。
「友哉、もう着くぞ!」
やまとの声で目を覚ました。驚いてパッと顔を上げると、やまとの肩に置いていた左側の頭が急に心許なくなった。
「ごめん、頭。重かったろ」
ハッキリしない頭のままというと、全然!まだ着かなければいいのになーと思ったくらいなんて言うもんだから、頭が一瞬で冴えて顔がバッと熱くなってしまった。そんなオレを見て、やまとが笑う。
「ほんとな、まだ着かなければいいのにな」
そう言って自然に肩をくっつけた。
「友哉、すごく日焼けしてるよ。日焼け止め塗らなかったでしょ。こりゃあ、お風呂で痛くなるよー。ローションあるから塗っときなね」
帰って早々母がオレの顔を見て言った。そう言われて、すっかり赤くなった腕を見ると、そこに海に行った証がしっかり残っているようで嬉しくなった。いつまでも赤いままでもいいやと思ったけど、お風呂に入ると母のいう通りお湯がしみたから、やっぱり痛いのは嫌だなと思い、お風呂から上がると急いでローションを手に取る。塗る前に、赤くなった肌を鼻に近づけると、まだ海の匂いが残っているような気がして、塗るのを躊躇してしまった。

