***

 「やまと、なんの本読んでんの?」
今日は、ウッチーと三人で公民の課題のため、図書室に来ている。今は一通り課題を進んだので、休憩をしていた。ウッチーは、睡眠不足だから仕方ないんだと言って机に突っ伏し眠っていた。
「ん〜、これはガリバーの冒険!オレ、冒険ものとか好きなんだよね〜。あ!虹って渡れないだろ?近づくこともできないし。でも実は虹を渡れるやつがあるんだ。何だか知ってる?」
知らない!やまとの小話が始まる!
「虹って、オレらが近づいても近づいても遠くに行っちゃうだろ?でもさ、そうならないのがいてさ。それが、雲なんだけど、雲の中には意志を、持ってるやつがいるんだよ。この世の生き物って、みんな死ぬだろ?死んだら、土に帰って、そこから海に戻って、蒸発して雲になるじゃん。そこの雲にその魂が残ってるときがあってさ。そういう雲には意志があるの。その雲が、虹を見つけたときに渡るらしい。でも、雲が渡れる虹は、地上から出てるやつじゃなくて、空にだけかかってる虹なんだって」
オレは雲が虹を渡っているところを想像してみた。風に吹かれたりして心許なさそうな雲が、意志を持って虹を渡る姿を。なんだか健気で、応援したくなった。そう思ったことをやまとに伝えた。
「あ〜、実はさ、意志を持った雲は、虹を渡ると意志ごと全部消えちゃうんだよ。それを知っててでも渡るんだな。雲は。だから、友哉(ゆうや)の応援は消える前に最後にもらって、持っていくものかもしれないな。ちなみに、この話、友哉からもらった写真を見て思いついたやつなので、できたてほやほやでっせ。友哉に話したいな〜って思ってたから、今言えて良かったー!」
「え?!あの写真から?!すごく嬉しいな」
少し切ない感じのする雲の話だけど、あの写真から生まれたのかと思うと、胸にくるものがあった。あの虹をみたとき、すぐにやまとに伝えたいと思ったことを思い出す。オレが興奮した様子で話していたからか、ウッチーが顔を上げる。
「ん?何の話してるの?」
いつもの小話だよというと、なんだ〜と言って、先生の目を盗み、水筒の水を一口飲んだ。
「そういや、お前たちクリスマス会何やったんだ?」
「商店街をブラブラ歩いたな〜。めっちゃクリスマス感を感じてきた!そうそう!オレと友哉、カラオケ行く予定が、予約入れてなくて、中に入れなかったんだよ。いつもウッチーがやってくれるから頭になくてさ。今までであの時ほど、ウッチーの不在を感じたことはなかったね」
「そうそう。やまとなんか、ウッチー不在の俳句なんて作ってたよ」
「え〜オレってカラオケ予約係だったのかよ!ひで〜」
3人で笑い合う。こうやって3人で話すのは久しぶりな気がする。
「オレ、2人と友だちになってよかったな〜」
思わず口をついた。2人がパッとこっちを見る。
「オレもだよ〜」
とウッチーが笑ってオレの上に座ってきた。やめろよ〜とウッチーの背中を軽く叩いてオレも反撃し、またみんなで大笑いし、司書の先生に静かにしなさいと注意されてしまった。はいとしおらしく3人で俯き、先生がいなくなったあと、やまとがほらなと言ったのを合図に、今度は声を出さずに笑った。

 3月になり、今日は席替えだった。くじを引いて、当たった席を黒板に書く。オレの席は4月と同じく窓際の1番後ろだった。
「友哉ここなの?おれもこっちー!」
やまとがオレの前の席に座る。
「まぢ?4月と一緒じゃん!やった嬉しい!」
「君たちー!羨ましい席に座ってるんじゃないよー!どっちかオレと変わってよー」
2人で喜んでいたところに、1番前の席になったとウッチーが恨み言を言いながらやってきた。
「内田くん、君は来年受験生でしょう?1番前でがんばりたまえよ」
やまとがおちゃらけて言う。
「なんだとー!まだあと一年あるし。友哉も受験生だし」
ウッチーが捻くれた様子で言った。
「3年になったらオレはクラス絶対別だからさ、今だけこの特等席に座らせてくれよ」
3年になると、大学受験する人と専門学校に進む人とはクラスが分かれることになっている。オレとウッチーは受験をするから一緒になる可能性もあるが、やまとは専門学校と決まっているから、別になるのだ。
「なんか全然関係ない気がするけど、まあクジだしな。オレも自分の席でがんばる」
そう言い残し、ウッチーは席に戻って行った。
「あと一ヶ月、よろしくね」
やまとにそう言われ、こちらこそよろしくと返したが、自分でも驚くほど寂しくなっていることに気づき、やまとの方が見れず、ガサゴソと引き出しを漁るフリをした。

 「あら、また戦争?この前も別の国で始まったのよね。本当にこわいね。1日でも早く終わるといいけど。あれ?友哉、もう時間じゃない?来月から3年生なんて、高校生活ってあっという間ねー」
朝のニュースをみて、母が言った。ほんとだもう行く!と、弁当を受け取り、足早に家を出た。

 「やまと、おはよー!」
「はよ」
あれ?いつものやまとなら、明るくおはようと返ってくるのだが、今日はそうでない感じだ。何か考えごとでもしてるんだろうかと気にしないようにした。しかし、そのまま時間が過ぎてもやまとの様子は変わらない。遠くを見ているような目をしたかと思うと、はぁと下を向いたりもしていて、軽い話を振っても気のない返事が返ってくる。でも、こういうとき、なんと声をかけたらいいのか、昔からそれがよく分からず静観してしまう。
「やまと元気なくない?」
とりあえずウッチーに聞いてみた。
「そうかあ?なんかいい話でも考えてるんじゃね?あいつたまにそういう日あるよ」
そういえば昨日のテレビ見た?とそのまま話を続けた。再びやまとに目をやる。本当にそうなのだろうか。まあ、それならそれでいいんだけど。

 翌日になっても、やまとはいつもの元気がない。昼休みは弁当を食べ終わると真っ先にゲームを始めたりおしゃべりを始めたりするのだが、今日は教室のベランダに出て、物思いに耽っているようだった。やっぱりいつもと違うやまとをみて、よし!とベランダに出て、思い切って声をかけた。
「やまと、どうした?なんか元気ない気がするけど」
「ん?あー、そうだな。こんなにも天気がいいとまいっちまうなーって」
へへへと笑うとまた黙って遠くを見た。
「そうか?天気がいいとオレは気持ちいいけど……やっぱりなんかあった?」
やまとは一度下を向いたあと、一呼吸してまた遠くを見つめた。
「……あー、…友哉さ、なんで戦争ってなくならないか知ってる?」
「え?」
いつもの小話?と思っていたら、やまとが話を続ける。
「人間をさ作ったやつがさ、人間みんな仲良くしたら、どんどん自分たちが便利なように開発して、しかもどんどん人口も増えるだろ?そうしたら自然破壊が進んで、他の生き物たちに迷惑かけちまうから、そうならないように、同種の人間同士で殺し合って、少しでも人口を減らすっていうDNAみたいのを組み込んでいるらしいんだよ。だから、今日もあっちこっちで殺し合いが終わらないんだって」
遠くをみたまま、やまとが言った。いつも優しい小話しかしなかったからか少し驚いた。そして、やまとの横顔をみていると勝手に言葉が出てきた。
「…オレ、聞いたことある。そういや、やまとさ、この話続きあるって知ってた?」
オレはまた遠くへ目をやり、話を続けた。やまとがこっちを向いたのが分かった。
「その人間作ったやつが、やっぱりそれだけじゃあ、救いがないかもって思ったみたいで、人間の可能性を信じて、他の人の存在を認める、誰でもそこにいることを受け入れるっていうDNAも後から組み込んだらしい。でも、なんか色々やってるうちに、それの優先順位がバグっちまったみたいで、そういう感覚が現れにくいやつとかいるらしいぜ。でも、みんなそのDNAは持ってて、そいで、えーっと、そいでー」
急に思いついた話を始めたのはいいが、うまくオチをつけられず、しどろもどろになった。少し恥ずかしくなり、チラッとやまとをみた。やまとは目を見開いていて、急にガバッと抱きしめてきた。オレはおどろいて、心臓の音がやまとに聴こえるんじゃないかっていうくらいバクバクしていた。
「や、やまと、どうしたんだよ」
どうにか声を絞り出す。やまとは、一度ぎゅーっとしたあと、身体を離し、それからオレの肩に両手を置いて、真っ直ぐ見つめて言った。
「友哉!友哉!ありがとう、ありがとう。なんて素敵な話なんだろう。まさかそんな続きがあったなんて、オレ、オレ、知らなかったよ」
まだドキドキしているが、やまとの話はしっかり入ってきた。
「昔からさ、戦争とか紛争とか虐殺の話とか聞くと、すげー悲しくなってさ。最近も、ニュースであっただろう?飛行機に乗って数時間のところでは、人がなにかしら理由を持って、殺しあってるんだよなって思うとどうにもできなくなる日があるんだ。人を殺していい理由なんて絶対ないのに。そしてそんなときは、いつもあの話を思い浮かべて、人の性かよって余計悲しくなってさ。そしたら、友哉が今日、続きをくれたんだ。そうだよな、人なんてって諦めることないよな。オレがどうこうできる話じゃもちろんないんだけど、そしてこんなところで落ち込んでても、何も変わらないんだけど、でも今日の友哉の話を聞いて、心に光が灯ったのは、オレにとってはものすげーーーいいことだ。そしてこれはきっと、世界的にもほんの少しいいことだ」
やまとはずっと目を逸らさずに言った。オレも、まっすぐやまとをみて聞いた。ドキドキはいつの間にか落ち着き、目の前のやまとの心に触れた気がして、ドキドキとは別の柔らかい気持ちになった。やまとの背中をポンポンと叩く。
「そうか。そんなこと考えてたんだな。オレはそこまで思い悩んだことなかったから、やまとの悲しさとかやるせなさはちゃんと分かってやれてないと思うけど、オレの話でちょっと和らげたなら良かったよ。そしてオレももちろん戦争反対だからな!」
オレがいうと、やまとはいつものあの人なつこい笑顔を見せた。
「ありがとう。友哉に話して良かった」
そう聞いたとき、いつものやまとの笑顔が、いつもとは違うやまとの笑顔にみえた。それを見ると、また胃がキュウと痛んだ。最近オレの胸まわりは色んな刺激があって忙しいな。なんて思っていたら、チャイムが鳴った。
「先生来るから中入ろうか」
オレたちは席に着いて、授業が始まった。それからやまともいつも通りになった。帰りにウッチーが、な?やまといつも通りだっただろ?ってこっそり言っていて、そうだなって笑って返した。

 
***

 あと1週間くらいで2年生が終わる。4月からは、やまとともクラスが離れてしまう。
 クリスマスプレゼントの件を若干引きずっていたオレは、今年ありがとうの気持ちを込めて、やまとに何かプレゼントをあげようと思い立った。またお店を回ったり、スマホで探したりしたけど、あのときの二の舞で、何を買えばいいのか全く分からなかった。そこで、やまととの思い出を振り返っていたら、オレはやまとの小話が好きだなと改めて思った。そういえば、やまとはあの話たちを記憶していて、記録はしていないと言っていた。ならば!と、オレは『やまと小話集』を編纂することにした。今までやまとが話してくれた小話を思い出し、ノートにまとめ始めた。下手くそだけど、イラストも描いた。最終日には渡したいなと夜な夜な書きまとめていった。
 やまとの小話を思い出しながら書いていると、無性にやまとに会いたくなったり、胃の辺りがキュウとしたかと思うと、あったかい気持ちになったりした。最近はやっぱり胸周りが忙しい。やっと完成して、読み返していたときだ。『…くなったり、…たくなったり』なんか頭のほうで声が聞こえた。『胸がキュウとなったり、小さなことで一喜一憂したり、嬉しいことがあったら自然と伝えたくなったり?会いたいなーって思ったりとか』ウッチーの声だ。これは確か、人を好きになったときどんな感じになるかの話だったと思うんだけど、なぜ今ここで思い出したのか。深掘りはせず、できあがった小話集に再度目を落とす。読みながら、やまとを思い浮かべる。また胃がキュウとする。……ん?まてよ、ずっと胃が痛いと思ってたこれは、もしかして胸の辺りなのか?そして、オレは今やまとに会いたいなと思ってるし、虹を見たときも真っ先に伝えたいと思った……もしかして、これってもしかしてと思うと、頭の中がパニックになった。席を立ち、部屋の中を歩き回る。そんなまさか、どうなってんだ!と、落ち着きを取り戻そうとベッドへ入り目を閉じるも、一度思いついたもんだから、頭の中からやまとが離れなくなってしまった。え?オレが?やまとを?いやいや、たぶん違うだろ。でも、とぐるぐるモヤモヤ考え悶えているうちに、いつのまにか明け方になっていた。アラームの音で目が覚めた。少しだけ眠れたようだ。昨晩よりは、やや落ち着いている。今日が土曜日でよかった。あまり深く考えるのはよそう、こんな感じじゃいつも通りにできる自信がない。しかし週末で落ち着きを取り戻そうと思えば思うほど、浮かんでくるのはやまとだった。そうか、オレはやまとが好きなんだ。日曜日、やっと気づいたその気持ちと目を合わせる。そうなったらもう逸らすことはできなかった。明日は修了式だ。

 今日で2年生が終わる。朝からウッチーが、寂しい寂しいと言っていたが、やまとのことがずっと頭に浮かんできて、気が気ではない。放課後渡そうと、プレゼントを忍ばせてきたカバンが目に入るたび、心臓は鼓動を速くした。いつも通りにと自分に声をかける。そんな声をかけている時点で、全くいつも通りではないが、今日は最終日ということもあり、いつも通りじゃないのも許容されているようで助かった。
「やまとも友哉も春休みも遊ぼうな!連絡する!」
ウッチーと学校で別れ、いつも通りやまとと2人で帰るが、いつも通りに会話ができない。
「なあ、今日なんか友哉変じゃない?体調悪いとか?大丈夫?」
そんなオレを見かねて、やまとが心配そうな顔を向けてくる。その顔を見て、心を決めた。
「いや、体調は全然大丈夫。心配させてごめんな。それでさ、やまと、時間あったら芝池公園行かないか?」
いいよと言ってくれたので、そのまま公園へ向かった。まだ早い時間だったため、公園にはチラホラ遊んでいる子どもや付き添いの大人なんかがいた。オレたちは、そこから少し離れたベンチに座った。心臓が今まで経験したことないくらい速い速度で一生懸命主張してくる。覚悟を決めたのに、なかなか身体と心は連動して動いてはくれないみたいだ。
「やっぱ友哉調子悪いんじゃない?」
黙りこくっているオレにやまとが話かける。ふうと息を吐く。
「いや、ほんとに大丈夫」
それからカバンを漁り、これ!と少し上擦った声で準備していたものを渡す。
「今年、やまとにはめちゃくちゃお世話になったから、そのお礼のプレゼント。気にいるか分かんないけど」
下を向いたまま話す。ありがとう、でもオレ何も用意してねーとやまとが受けとり、早速封を開ける。やまとの反応は気になるが、この後に控えている自分の言動を思うと直視する勇気がなく、オレは下を向いたままだった。しかしやまとの沈黙が思いの外長かったため、プレゼント失敗だったか?と思わず顔を上げた。やまとは真剣な顔でオレが作った小話集を一ページずつ捲って読んでいた。そのやまとの横顔を見て、こんなにやまとのこと好きになってたんだと胸がギュウっとした。最後まで目を通したやまとがこちらに顔を向ける。目が合い、思わず逸らしてしまった。そんなオレに気づいていない様子でやまとが口を開く。
「友哉、これすげー!こんな風にまとめられてるなんて、オレとっても嬉しい。……胸がいっぱいだ、めちゃくちゃ感動してる!本当にもらっていいのか?」
やまとが満面の笑みで話す顔を頭に思い描く。
「そう言ってくれてありがとう。もちろん、やまとにあげるために作ったんだから、よければもらってくれよ。ちなみにオレの分も作ってある」
やまとが喜んでくれたことにホッとはしたが、相変わらず心臓はうるさい。これオレの宝物にすると言って、やまとは小話集を胸の前で抱えた。よし、と本日二度目の気合いを入れ直し、やまとへ身体を向けた。しかしやまとの顔をみることはできず、視線は定まらない。
「やまと、実はやまとにもう一つ話があってさ」
え、何?と小話集を膝に乗せ、やまとがオレの方を向いた。自分の心臓の音が耳元で鳴っているのでは?と錯覚するほど近くで聞こえる気がする。手はギュッと握っておかなくては、ガタガタ震えてしまいそうだった。まだ涼しい季節なのに、身体が熱い。こんなに緊張したことは今までの人生で初めてだ。ここまで言ったんだから言うぞと自分に言い聞かせて、どうにか口を開いた。
「オレさ、やまとの小話集作ってるときに、この一年間の思い出みたいのを振り返ってたんだ。そしたら、やまとに無性に会いたくなるし、胸がキュウってなるし、心臓もうるさいくらいにドキドキしてさ。そしたらウッチーの言葉思い出して、気づいたんだ」
声が震えている気がするがもう取り繕うことなんてできない。その後の言葉を紡ぐために、一呼吸した。そして、やまとをみた。
「……オレ、やまとが好きだ。友だちとしても好きだけど、これはきっと恋的なやつだ」
やまとが今まで見たことない驚いた顔をしている。その表情を見たら、なぜだか一気に周りが入ってきた。鳥の声や桜のピンク色、ブランコを揺らす風がオレの汗ばんだ顔を撫ぜる。そこからは少し落ち着いて、最後に用意していた言葉を放った。
「急にこんなこと言われても困るよな、ごめんな。4月からはクラスも離れるし、今日の話は聞き流して気にしないでくれていいから。最後にこんな、本当にごめん」
オレは立ち上がり、やまとを残してその場を去った。
 心の中に好きが貯まるコップがあって、その好きが溢れてきたら、そしてそれに気づいたら、それはもう伝えるしかないみたいだ。やまと、驚かせちゃって申し訳ないと思ったが、オレの心は思ったより晴れ晴れとしていて、透き通るような空の青さが身体に沁みてきた。フと我に返ると恥ずかしさや寂しさが押し寄せてきそうだったので、とりあえず今は言えたことを噛み締めて歩き進めた。色んな感情を受け止めるのは、ほんの少し先にしようと思った。

 「友哉ー!」
後ろから声がして振り返ると、そこには息を切らしながら走ってくるやまとがいた。え?なんで?どうして走ってきた?落ち着いたはずの心がまた騒ぎ始める。
「やまと、どうしたんだよ。大丈夫か?すげー息切れてるぞ」
「だい、じょぶ、じゃ、ない」
息を切らしながらやまとが言う。膝に手を当て、肩を揺らすやまとの背中を見ていたら、心底申し訳なくなった。
「ごめんな、でも本当に気にしないでいいから」
やまとは優しいから、あんなこと聞いたらやっぱり困らせてしまうよなと、さっきまでの晴れ晴れとした気持ちに、容易に暗雲が立ち込めてきた。ふぅと呼吸が落ち着き、やまとが身体を起こし、オレをみる。
「気にしないでいいってなんだよ。多分、オレの方が友哉のこと好きだから」
やまとのまっすぐな瞳に眉を顰めたオレの顔が映る。
「・・・」
「オレのほうが友哉のこと好きだから」
「え?」
頭の中がパニックになって、やまとが話している言葉が音のみで意味を伴って入ってこない。え?今、やまと何て言った?オレノコトスキ?頭の中で整理しようと試みるも、何が何だか分からない。そんな顔した友哉初めて見た!と言ったやまとの笑い声を聞いて、やっとオレも状況を飲み込めてきた。さっきとは胸が全然違う動きを見せる。頭に浮かんだ言葉をそのまんま口にする、
「え?やまとオレのこと好きなの?え?本当、に?」
「さっきからそう言ってるじゃん!だから、気にしないでとかごめんとか言わないでよ」
そう言って微笑んだやまとを見て、張り詰めていた何かが緩んだのか、目から涙が溢れてきた。おい泣くなよ〜と言ったやまとの目にも涙が浮かんでいた。
「ごめん、なんか、どうしちゃったんだろうな、オレ。すげー嬉しいんだけど、なんかそれとおんなじくらい胸が苦しくって。涙止まんね〜」
そう言ったオレの手を引いて、やまとが道の端っこへ移動させてくれた。
「わかるよ。オレも今、おんなじ気持ちだと、思うからさ」
そういってやまとが制服の袖で涙を拭いた。
 
 何やってんだと2人でひとしきり泣いた後、目と鼻を赤くしたままオレたちはもう一度公園のベンチへ戻った。
「友哉、オレ、友哉のこと好きだ。付き合ってください」
やまとがオレへ手を差し出した。
「オレもやまとが好きだ。よろしくお願いします」
その手をとった。なんだよこれ〜とやまとが笑ったので、そっちがやり出したんだろ〜と2人で笑い合った。
「オレさ、もうやまととこうやって話したりできなくなるんだよなって思ってたからさ、今本当に嬉しいよ。ありがとう」
気を抜くとまた涙が出そうになる。
「ビックリしたのはオレの方が上かな〜。まさか友哉に言ってもらえるなんて思わなかったしさ。オレはビビって告白なんてできなかっただろうからさ。まさかこんな夕焼け一緒に見れるなんて思わなかったよ」
遠くを見つめながら話すやまとの顔を見て、この横顔にずっと惹かれていたんだと思う。
 もう心臓の音はオレの耳を塞いだりしない。気づかれないように優しい鼓動を打ち続けている。すっかり夕方になった空は真っ赤だ。さっきこのベンチで一世一代の告白をしたなんて嘘みたいだと思った。だってこんなにも見える景色が違うなんて、そんなことあるのだろうか。顔が赤いのを夕日のせいにして、目を腫らしたオレたちはベンチの上で小指と小指を自然とくっつけていた。後ろに伸びたオレたちの影が、先の方で優しく近づく。オレたちの身体を通り抜けた夕焼けの色がその間を隙間なく埋めていた。