※『くーもんの冒険』は、やまとが友哉に送った物語なので、本編の進行とは関係ありません。

 そろそろ今日が終わる時間だ。さあ、ベッドに入ろう。今日はね、雲が主人公の話をしようと思うんだ。え?雲って生きてないでしょうって?そうだね、地上にいると、雲が生きてるのは分かりにくいかもしれないね。でも、飛行機に乗ったり、高い山なんかに登ったりして、見下ろして雲をみるとすぐに分かるよ雲が生きてるってことに。雲が空で色んな形になってるのは分かるよね?地上からみると分かりにくいけど、そこには島があったり崖があったり、太陽の天国があったり、大きい魚みたいなものや見たことのない形の、生き物としか言えないようなものたちの集まりなんだ。さっき、島とか崖って言ったけど、それだって生きてるんだよ。イメージ湧いてきたかな?
 今から話すのは、くーもんという名前のある雲の話。いいかい?目を閉じながら聞いてもいいんだからね。

 あるところに、シャワシャワと小さくて丸っこい雲が産まれました。この雲の名前はくーもんと言いました。くーもんは、産まれてすぐ他の雲たちと遊びました。かくれんぼをしたら自分よりも大きい雲の中に隠れて最後まで見つからなかったり、雷や太陽、雨とも音楽を奏で、身体を揺らして楽しんでいました。
 ある日、くーもんのいた空に、七色の道ができました。
「あれは何?」
くーもんは他の雲に聞きました。
「あれは、虹っていうらしいの。前生きてたころの記憶がある雲が、昔に話したことが代々受け継がれてるのよ」
雲は言いました。
「へー、キレイだね」
くーもんは虹を見つめました。すると、虹のほうに、ひとつの雲が近づいていく姿が目に入りました。
「虹っていけるの?僕も行きたいな」
それを見てくーもんが言いました。
「あの虹にはね、選ばれた雲しか行けないのよ。どんな雲が選ばれるのか、そしてあなたがそうなのかは分からないけど。行きたいなら、行けるといいわね」
そう言って、ゆらゆらとその雲は流れて行ってしまいました。くーもんは、虹と近づいた雲をそのまま見続けました。雲は、ゆったりとした動きで虹に近づいたかと思うと、そのままもっと頼りない動きで虹を渡り始めました。途中、落ちそうになったりして、くーもんは目が離せなくなりました。そして、たどたどしい動きでも、どうにか反対側へとたどり着いた雲は、なんと一瞬で空へ消えてしまいました。くーもんはビックリしました。もちろん、雲たちはすぐ消えたりすることなんていつも通りです。かくれんぼ中に探してた雲が消えてしまってるなんてこともよくあります。くーもんだって、自分が消えることを知っているし、かなしいとかこわいと思うこともありません。そういうものだから、気にしたことすらありません。でも、その虹を渡った雲が消えたことに、なんで驚いたかと言うと、その雲が、消えることを知っていたようにみえたからです。さっきも言ったように、雲はいつの間にか消えます。でもそのタイミングは誰にも分からず、気づいたら消えてしまうのです。
 えーなんで?不思議に思ったくーもんは、色んな雲に聞いて回りました。すると、ひとつの雲が教えてくれたのです。
「この前のその雲、たぶん私が仲のよかった雲ね。その雲はね、前に生きてたときの記憶が残っている雲だったの。全部覚えてるわけじゃないみたいだったけど。それでね、その雲がたまに言ってたの。虹が出たら渡らなければいけない、あの向こうに行かなければならないって。どうして?って聞いたけど、そこまでは分かんないって言っててね、だから私もわかんないんだけど、記憶のある雲は虹を渡ろうとするって話してたわ。そして、そういう雲しか渡れないんだって」
くーもんは目の前で消えた、あの雲のことを思い出しました。
「ありがとう」
と言って、くーもんはゆらゆら空を漂いました。記憶の残ってる雲だけか、じゃあ、僕は虹を渡れないんだ。なぜだか、すごく残念な気持ちになりました。その後も、虹は何度か現れ、くーもんは時々その虹を渡る雲を見かけました。そしてくーもんは、その雲を見つけると急いで近づいて
「ねえ!僕も連れてって!」
と言いました。しかし雲たちはみんな
「ごめんね、それはできないんだ」
と言って虹を渡って消えていってしまいました。

 そこでくーもんは、前に生きてたときの記憶を思い出そうとしました。それから地上に近づき、色んな生き物を見下ろしました。あ、あれかな?キレイな色をしてる小さい羽の生えた生き物や、あんな風にどっしりしてたかもと、ものすごく大きなでも上の方には小さなひらひらのものがついてるものなんかもみました。でもさっぱり思い出せません。やっぱり僕はこのまんま気づいたら消えてしまうんだなと思ったとき、くーもんのすぐ近くに虹ができました。くーもんは、無理だと言われていたけど、ゆらゆら近づいてみることにしました。虹はまだそこにある。ゆらゆらゆらゆら。虹の先端にたどり着きました。もしかして、と思って少し渡ろうとしてみたそのとき、横から別の雲がやってきたのです。
「お前も渡るの?」
その雲はくーもんに聞きました。
「ぼくも渡りたいけど、でも渡れないんだって」
くーもんが答えます。
「なんだそれ、オレと一緒に渡るか?」
くーもんは驚きました。今までそんなことを言ってくれた雲はいなかったからです。
「いいの?!」
「おう、着いてこいよ」
くーもんは、その雲の後ろを着いて一緒に渡りました。自分でも虹を渡れることにくーもんはビックリしました。虹はものすごくキレイで、いつもの空と全然違う色に囲まれて、くーもんは嬉しくなって、歌を歌いました。
「歌なんていいな!その歌を聴きながら、オレは消えるんだ。ありがとう」
そういって、渡り切った雲はサーっと消えてしまいました。しかし、くーもんは消えずにそこに残っています。え、なんで?虹を渡った雲は、消えてしまうんじゃないの?どうして僕はここにいるの?やっぱり記憶がないとダメなの?くーもんは、取り残された自分のことが分からなくなりました。そういえば、産まれてから出会った雲たちはみんな消えていました。少し前に産まれた雲も、この前消えていきました。どうして僕はこんなにも消えずに残っているんだろう?くーもんはとても不思議な気持ちになりました。

 ある日、くーもんは大移動している雲の大群に会いました。
「どこにいくの?」
くーもんは近づいて聞きました。しかし、その雲たちは何も言わずに、進み続けます。
「どうして何も言わないの?」
くーもんが聞いても、やっぱり返事はありません。それならとくーもんは着いていくことにしました。
 その雲の大群は、長い時間止まることなく進んでいきます。しばらくすると、空がいつもの色から明るくなって色が見えなくなってきました。もっと進むと、ものすごい眩しくなって、その真ん中には太陽がいました。雲の大群は迷いなくその真ん中に向かって進んでいきます。くーもんは置いていかれないように必死で着いていきました。そして移動しながらくーもんは見たのです。先の方で真ん中にたどり着いた雲たちが、太陽とおんなじ色になって、一瞬で消えていく姿を。くーもんは驚きました。虹の雲たちと一緒だと思ったのです。そして、くーもんもその真ん中目指して進みました。だいぶ近づいたとき、くーもんの周りの雲たちは、先の雲たちと一緒で、太陽の色になったと思ったら消えていきました。でもやっぱりくーもんは消えることなくその場に残りました。
 
 ゆらゆら浮かぶくーもんに気づいた太陽が言いました。
「あなたはここに来るべき雲ではないね。どこにいけばいいのか分からないのね。大丈夫よ。いるべきところへいることになるから」
そう言った太陽はいつの間にか沈んでしまいました。さっきまであんなに明るかったのに、いつの間にか周りは暗くなっています。
 いるべきところ?僕のいるべきところって、一体どこなんだろう?くーもんは、一生懸命考えました。すると、ビュンと強い風が吹き、くーもんはそのまま流されていってしまいました。くーもんが辿り着いたのは、小さい島の上でした。見下ろすとそこには、1人の人間が座って空を眺めています。人間の周りには、他にも人間がいましたが、誰一人動くことはありませんでした。くーもんはその様子を上からしばらく眺めていました。すると、その人間のこぼした涙が浮かんでくーもんの身体の一部になりました。またビュンと突風が吹き、くーもんは流されて行きます。再び見下ろすとそこには、歩くことのできなくなった動物がポツンと横たわっていました。今度はその眠りについた動物の吐いた息がくーもんの中に入ってきました。どうして僕はこの景色を見せられているんだろう。くーもんは考えました。でも考えようと思ったら、またビュンと風が吹き、くーもんは飛ばされます。飛ばされるたび、そこにはひとつで、とても寒そうなものたちのいる場所でした。そして、その者たちがこぼす涙や吐いた息なんかが、どんどんくーもんの身体の一部になって、くーもんはどんどん大きくなっていきました。
 どのくらい経ったのでしょうか、くーもんの身体は辺り一面を覆うくらいの大きさになっていました。くーもんはもう、どうしてなんて考えなくなっていました。ただそのままそこに居続けました。

 ある日、すっかり大きくなったくーもんの元へ、細い月がやってきました。くーもんも月も何にも言わず、そこに居続けました。幾晩もそんな時が過ぎました。ずっとふたりは一緒にいました。
 月が丸くなってきた頃、くーもんから雨が落ちていきました。初めは小さくちょんちょんと頼りない雨でしたが、あっという間にサーっと夕立のような雨になりました。その雨は、何も見たことがないくらいキレイで、そしてとてもあたたかい雨でした。最後の雨が止むまで、月はそこにいました。全ての雨は月の灯りに照らされて、キラキラと輝いていました。
 それに気づいたのは夜の散歩に出ていた一匹のカエルだけ。いつも間にか空は晴れ、くーもんはもういなくなっていました。

 今日のお話はこれでおしまい。さあ、もう夜も深い、ゆっくりおやすみ。また明日。

おしまい