※この物語と作中に出てくる小話は全てフィクションです。


 貼り出されたクラス名簿に、知ってる名前は1人もいなかった。また友だちづくりから始めるのかよと憂鬱な新学期初日、今日から高校2年になる。そんな気持ちを引きずったまま廊下を歩き、教室に入って周りを見渡してみるも、やはり知り合いはいない。1年のときは、同じ中学のやつがチラホラいたのだが今年はゼロだ。極度の人見知りのオレにとって、新学期の友人づくりほど憂鬱な学校イベントはない。
 4月に入ると学校が始まるまで、それを考え鬱々とした日々を過ごしている。それでも大抵、毎年クラスに1人くらいは知り合いがいるもんなのだが、今年はゼロだ。今のオレを外から見ると、きっととてつもなく大きな黒いモヤに覆われているに違いない。

 教室に着き、自分の席を確認する。毎年4月の席は大抵オレにとっての特等席で、窓際の1番後ろと決まっている。理由は、オレの名前が“わたりゆうや”で、あいうえお順で並ぶと1番最後の番号になるからだ。左側を向けば空を見て一息つけるし、背中も緊張しないで済むこの席は、憂鬱な新学期の唯一のオアシスとなっている。四方知らないヤツに囲まれるなんて、身が持つはずがない。新学期はこの席のおかげで、乗り切れているといっても過言ではないのだ。それでも過去一度だけ、和山という名前のやつがいて、そいつに後ろを取られたことがあった。そのときは左側に気を逸せることに集中していたことを思い出す。今年も無事に特等席ポジションだったので、胸を撫で下ろす。そして、これから関係を築くクライスメイトたちを横目に、席に着く。外に目をやると、オレの心模様とは正反対の雲ひとつない青空が広がっていて、気持ちのやり場に困った。空からもプレッシャーを与えられている気持ちになる。

 スマホで去年同じクラスだった友だちに、『知り合いいねーまぢおわってる』とメッセージを送っていたら、前の席に誰か座った。
「お!久々にオレより後ろに座るやつがいる!苗字なんていうの?」
「え、オレは、、、わたりゆうやって、いうんだよ、ね」
急に話しかけられたもんだから、驚いてしどろもどろになった。しかし相手は余り気にしていない様子で、
「おれ、若月やまとっていうんだー!わかつきとわたりなら、渡里が後ろだな!よろしくねー!」
と人なつこい笑顔を向けてきたので、安心した。
「ねえ!時計って、なんで右回りか知ってる?」
よろしくと言った後、スマホに目を戻した途端に、急に若月が聞いてきた。
「え、知ら、ない」
オレの辿々しい返事など気にせず、足を机の横に出したまま若月が続ける。
「実は、時計って初めは左周りだったらしいのよ。すんげー昔のどっかの王様が、お抱えの占い師に、時計は今すぐ右回りにしたほうがいい。そうすると、みんな幸せになるって言われて、右回りにしたんだって。そしたら、時計見た人たちの右脳だか左脳だかが活性化されて、色んなものが発展してみんな幸せになったから、時計は右回りになったらしいぜ!」
思ってもいなかった話を聞いて、驚いて目を見開いてしまった。
「知らなかった!時計ってそんな話があったんだ。じゃあ、オレらも右回りの時計みてるし、なんか活性化されてるのかもしれないなー」
初めて聞く話で興奮し、初対面のときのあの緊張感を忘れて、自然に言葉が口を出る。こんなこと初めてだった。若月本当に物知りだな、初めて聞いたよと気持ちを高揚させながら、若月の顔を見ると、目を細めて口角を上げたままで表情が止まっている。なにかおかしい。
「これ、ほんとの話?だよね?」
少し訝しんで聞いてみるも、表情を変えることはなく、何も言わない。これはもしかしてと怪訝に思っていると、やまとー!と後ろから誰かやってきた。
「ウッチーじゃん!もしかしてクラス一緒なの?やったな!」
ウッチーと呼ばれているおそらくクラスメイトであろうその人物と若月がオレの目の前で会話を繰り広げる。それを見て、若月はこのクラスにもう友だちいるのか、羨ましいなと心からそう思った。
「ってかやまと!もう友だちできたのか?」
「そう!渡里友哉(ゆうや)くんです」
手振りをつけて若月がそう言ったのが聞こえた。驚き顔を上げると、2人がこちらを向いていて、予想もしていなかったできごとに言葉が詰まる。
「渡里っていうんだな。オレ、内田。よろしくー!もしかして、やまととなんか話してる途中だった?ごめんな急に割り込んで」
内田が手を合わせて申し訳なさそうな表情をした。
「いや、大丈夫。時計が右回りになった話聞いてた。若月って物知りですごいな」
今は詰まらずに言葉が出せた。一息ついていたら、オレの話を聞いた内田が額に手を当て天を仰ぐので、なにか余計なことを言ったのではないかと不安になる。
「やまとのそういう話、全部作り話だから、信じちゃダメだよ。やまともちゃんと作り話って言えよな」
そう言って内田が若月の肩に握った手を軽く当てた。オレが余計なことを言ったわけではなさそうだったので、ホッとした。
「なんだそうだったのか。確かに話した後の若月の笑顔が胡散臭い感じして、あれ?ってなったんだよ」
思わず正直な感想を言ってしまい、しまったと思ったが、2人は気にせず話し続ける。
「えー!渡里、信じてくれたと思ったのに。なんだー!残念!」
「おい!信じたほうが大変だろ!良かったんだよ、胡散臭い笑顔で」
そしてみんなで大笑いをした。そしてそのとき、心にスッと風が通ったのを感じた。今まで生きてきて、こんなに張り詰めていない新学期初日は初めてだった。

 それからは、若月と内田とよく行動を共にした。休み時間になると、内田がこっちの席の方へやってきて、みんなで話をした。内田は中学時代から、陸上部に所属していて、短距離の選手を今もしていた。何度か全体朝礼でも表彰されていたようで、オレが知らなかったというと、考え込むポーズをし、渡里が知らなかったということは、まだオレに気づいてない女子もいるということか、果たしてそれは希望なのかなんてことをゴニョゴニョ言っていた。内田は高校在学中に彼女が欲しいらしく、そのために部活を頑張ってるなんて明け透けに言える、憎めないやつだ。そして内田は一年の頃、若月の小話をまともに信じていて、その話を他の人に聞かせていたらしい。その後でそれが実は作り話だと分かり、もめた後から仲良くなったというもんだから、不思議な関係だ。
 若月は、中学時代は部活をしていたそうだが、今はオレと同じ帰宅部だ。家の方角も同じ向きなため、放課後はよく一緒に帰った。「なんでアリが行列作ってるか知ってる?」「初めて編み物した人が、何を編んだか知ってる?」若月の突拍子もないその小話は、すぐに聞くのが楽しくなった。内田はもう飽きたと言って聞きたがらないため、帰り道などオレと2人のときは、たまに話してくれた。
「若月のその小話ほんとすごいや。全部自分で考えてるのか?」
「んー、全部ってわけでもないんだけどね。まあ楽しんでくれると話し甲斐があるよ。まだあるから、小出しにしてく」
帰り道は、小話や学校でのなんともない話なんかをしていたら、あっという間に過ぎた。まだ4月なのに、こんなに安心し切った新学期を過ごしたことはないなと毎日驚いている。

 「そういえばさ、友哉って呼んでいいか?」
クラスにも慣れてきたころ、内田からそう言われ、もちろんと答えた。その流れでオレも、内田のことをウッチー、若月のことをやまとと呼ぶことになった。今までも何度も経験したことだし、苗字で呼ぶのがイヤというわけでは決してないのだが、名前呼びをし合うのはやっぱり嬉しくて、なんだかこそばゆかった。

***

 移動教室のため廊下を歩いていると、やまととウッチーはよく声をかけられる。前のクラスの友人や同じ中学校だった友人らしい。そんなときオレはサッと一人で教室へ移動する。さりげなくその場からいなくなれる技は、いつの間にか身についていて、友だちの友だちがやってきたときは遺憾なく発揮している。オレも元のクラスの友だちから声をかけられることがあるが、その場合、大抵あちらも今のクラスの友だちを連れているわけだから、あいさつ程度で済ませるようにしている。そう、オレは人見知りで、友だちの友だちがとても苦手だ。どんな風に接すればいいのかよくわからないため、サッとその場からいなくなることが一番いいと判断している。
 今日もいつも通り、やまととウッチーが声をかけられたため、サッとその場を離れた。すると、友哉ーとやまとがすぐに追ってきたのだ。
「あれ?友だちと話してたんじゃない?」
思わず聞いてしまった。オレとしたことが、いなくなり方が不自然になってしまい気を使わせてしまったのではないかと心配になる。
「ああ、ウッチーに用事だったみたいだから大丈夫。次の時間の準備もあるしな。ってかさー、英語の課題終わった?」
心配が杞憂に終わったのでホッとする。教室に着いた後で、ウッチーも入ってきた。
「英語の課題、やった?!オレまだ残ってたんだった!急がないとまずいぞ!」
そう言って教科書を出し慌てて取り組む様子が、ウッチーらしくて笑ってしまった。

 この前から、廊下を歩いていてやまととウッチーが友人に声をかけられたときにオレがその場から離れると、やまとも一緒にその場から離れるようになった。気を遣わせているようで申し訳なく、
「オレに気を遣ってるなら、気にしないで友だちと話してきていいよ」
と言ったのだが、
「そんなつもりないから大丈夫。ってか、友哉なんですぐいなくなるの?」
なんて聞いてきた。思いもよらない質問だったため、少し考えてから話した。
「えっと、オレ結構人見知りで、昔から親にも言われてたんだよ。なかなか周りに馴染めなくってさ。それで、友だちの友だちってすごく苦手で、何話していいか分かんないじゃん。最初はその場にいて合わせて笑ってたりしたんだけど、やっぱ分かんない話題とか居た堪れなくて。そんなに気にしないでいいと思うんだけど、気になっちゃって、それからさりげなくその場を離れることにしたんだよね」
こんなに正直に話すつもりじゃなかったのに、気づいたら全部言ってしまい、やまとの反応を伺った。
「なるほどねー。最初の時、気づいたら友哉いなくなってて驚いたんだよ。そういうことだったんだ」
やまとー友哉ーとウッチーが戻ってきた。オレの話にやまとが納得した表情をしていたので、とりあえずホッとした。

 一学期の学期末テストが近づいてきた。
「なー、放課後テスト勉強しようぜー。オレ、このままだとヤバいを通り越して、がばい」
ウッチーが必死の形相で提案してきた。
「えーどうしよっかなー。オレは別に赤点じゃなけりゃいいしなー。友哉も1人で勉強した方が捗るんじゃないか〜」
やまとがおちゃらけて返す。ウッチーとオレは大学進学、やまとは服飾の専門学校を希望している。やまとのところは、卒業できればほぼ合格が決まっているようで、受験のために熱心に勉強をという感じはない。
「そんなこと言わないで!友哉!友哉なら一緒にやってくれるだろ?やまとにも一言言ってやって!」
「そうだな。オレは文系苦手だから、文系得意なやまとさんが居てくれたら助かります。オレらとテスト勉強してやってください」
ウッチーと2人でやまとを拝んだ。
「そんなに言うならしょうがないな〜。今回、オレ10番以内に入っちゃうかもよ」
やったーとウッチーが心から嬉しそうにガッツポーズをしていた。勉強はこれからなのに、もういい点数が取れた気になっているようで、少し心配になった。

 放課後、図書室でテスト勉強をした。初めはみんな集中して問題に取組み、分からないところを教え合っていたのだが、だんだん眠気が襲ってきて、ウッチーが船を漕ぎ始めた。と思ったら、机に突っ伏し5分だけと眠り始めた。オレにも眠気がやってきていたため、少し室内を歩き、本棚に並んでいる本を眺めた。席へ戻ろうと身体の向きを変えると、やまとが本を読んでいる姿が目に入った。その姿がいつものおちゃらけたやまととは雰囲気が違っていて、なぜだか目を引いた。少しだけ背を丸め、真剣な表情でしかし柔らかい雰囲気が漂っていて、やまとだけ図書室から切り離されたようにみえた。そんなやまとを見つめていたことを、ハッと我にかえって気づく。なんでそんな風にやまとを見つめたのかという気持ちには触れず、席へ戻って、なんの本読んでるの?といつも通りに尋ねた。
「ああ、これは『スティッキーの冒険物語』だな。タイトル通り、スティッキーってやつが冒険する話。小さい頃読んだことあったなーって、すげー久しぶりに読んだ」
「オレその本知らないや。やまとが読んだら、次借りて読んでみようかな?いい?」
オレはもう読んだから、今日借りていいよとやまとから本を受け取ったとき、ウッチーが目を覚ました。
「は!オレとしたことが。なんてこった。まだ予定の半分もやってないのに」
そして予定していた5分を越したことに気づいて、慌て出した。
「頭もスッキリしたろうからさ、またここからがんばろう!オレも休憩してたし」
「そうだな、まだ大丈夫だよな、頑張ろう!あ?友哉何の本持ってんだ?」
「やまとが小さい頃に読んでた本なんだって。借りることにしたんだ」
本の表紙をウッチーに向ける。
「やまと読書家だからなー!本たくさん読んでるよな。面白かったらオレも読みたいから、次貸して〜」
「やまと読書好きなんだ!知らなかった!なんかおすすめあったらまた教えてよ」
本を読んでいたやまとの姿が脳裏に浮かび、自然と胸がワクワクした。
「いいよん。とりあえず、テスト終わってからだな!」
そこからまた三人勉強に戻った。帰宅時間を知らせる放送がなり、また明日もやろうと約束をして帰路についた。

 ウッチーとは自宅の向きが逆なので学校で別れ、やまとと一緒に帰った。
「やまとが本好きだなんて知らなかったな。小さい時から読んでたの?」
「そうなんだよ、オレんち母親とばあちゃんと同居してるんだけどさ、じいちゃんが本好きだったから、棚に本がたくさんあって。小さい頃から、読めそうな本をよく読んでたんだよな〜。小話もそこから無意識にパクってるのとかありそう」
やまとが小さく笑う。やまとの小話のルーツが少し聞けた気がして嬉しくなる。
「そういえばさ、昔、宇宙とかまだよく分かんなかった頃に、どこまで続いてるか分からない空に向かって手紙を出した人がいたんだ。その人のこと知ってる?」
「知らない!聞きたい!」
やまとがニヤッと笑い、話を続けた。
「その人はさ、空を飛ぶ鳥とか雲をみて、あそこには何があるんだろうってとっても気になってたんだ。そこで、そのずっと上にいるだろうナニカに手紙を出そうと決めたらしい。それから、そこら中の洗濯バサミを集めて、その先に手紙を挟んで、洗濯バサミを繋げてどんどん上に伸ばしていったんだって。何日も何日も続けた頃、ある夜その手紙がついた洗濯バサミが三日月の端っこにひっかかっちゃったみたいで、その人はこうなったらもうこれ以上は伸ばせないって断念したんだ。洗濯バサミはもう繋げないけど、やっぱり気になるからやたらと空を見上げては、色々想像してさ。そしたらある日、空から何か落ちてきて、見たら洗濯バサミだったんだ。その洗濯バサミには何か挟まっていて、それを見ると、今まで見たこともない花みたいなものが挟まってたんだって。その人は大喜びでその花を部屋の窓辺に飾ったんだ。そして、その夜眠ってたら音がして起きて、音の方を見たら窓際にナニカいてさ。不思議に思って開けてみると、そこにはみたこともない生き物がいて、きっと空の上の住人だってその人すぐに思ったんだ。それから、その人はその生き物に手を引かれて一緒に空の上に行ったんだって」
「……」
「友哉?」
「すごい、ものすごく想像力をかき立てられる話だなコレは。その人のこととか、それからどうなったのかとか、気になる……」
オレの言葉を聞いて、やまとが数回目をパチクリさせた後、声を出して笑った。なんで?!と不思議に思った顔が出ていたようで、やまとが笑い涙を拭きながら、
「友哉、そんなに真剣に聞いてくれてありがとう。とっても嬉しくなっちゃって、そしておかしくなっちゃった。友哉に話せてよかったよ」
と言った。そうだったのかとホッとし、オレも聞けて嬉しいよと伝え、早くテスト終わんないかなーと話しながら帰った。

 放課後のテスト勉強会はしっかり続いた。放課後になると三人で図書館へいき、問題集を解き、途中休憩を挟んで、帰宅時間まで。オレはその隙間にやまとから借りた本を読んでは返し、また借りたりしていた。眠っているウッチーの隣でやまとと読書をするのはとても心地が良かった。今までは、友だちといても、こんな風に静かに過ごすことがなんとなく落ち着かなくて、間を埋めようと無理やり会話をしたりしていたのに、やまとにはそんな気持ち感じるどころか、ずっとこのままでもいいなんて思ってしまうくらいだった。テスト勉強が終わるのが少し寂しく感じた。

 あと一週間でテストという日もいつも通り図書室で勉強をしていた。するとそこに、やまととウッチーの前のクラスの友だちが3人やってきた。
「え〜ウッチーたちテスト勉強してんの?オレたちも一緒にやっちゃおうかな?いい?」
「もちろんいいよ!教え合って、いい点取ろうぜ!あ、やまとと友哉もいい?」
その言葉を聞いて慌てたが、いいよと応えることができた。友だちの友だちというオレの苦手な間柄の人と過ごすことを考えると、緊張でドキドキが止まらない。その日はとりあえず、オレに話が振られることはなく、気が気でない感じがありつつも勉強に意識を集中させて乗り越えた。帰る時間になり、また明日も一緒にやろうとなって解散した。
 「友哉大丈夫?知らんやつらと勉強するのしんどくない?」
帰りにやまとが心配そうな顔で尋ねた。
「思ったより大丈夫。みんな勉強メインでやってるからさ」
本当はとても緊張しているが、あまり心配させたくもないので、そう言っておいた。やまとは、ならいいけどさと言って、テストが早く終わって欲しいけど、テストの日が来て欲しいわけではないなんて言いながら歩いた。明日は今日より上手く話せるだろうかと、オレの頭の中はフル回転していた。

 翌日も図書室でテスト勉強をした。やまととウッチーの友達は、田中と岸本と沢田といった。みんな集中して勉強していたが、それに飽きた沢田が、周りにちょっかいを出すようになった。ちゃんと勉強しろよーとみんなに言われ、行き場がなくなったのか、まさかオレの方へやってきた。
「渡里だっけ?みんなが話聞いてくんないからさ、オレとちょっとおしゃべりしようよ。あ、渡里去年何組だったの?」
急な会話に心のチューニングがあっていなかったオレは慌てた。しかし、友だちの友だちだから、ちゃんと反応しなくてはとどうにか冷静さを取り戻そうと努力した。が、
「しゃんくみ」
噛んでしまった。慌てて、間違えた3組!と言い直したが、後の祭りだった。
「しゃんくみって!渡里おもしれーな!三組なら、桔平いたよな?神田桔平!」
もっとからかわれるのでは?と危惧したが、思いの外、話がスムーズに進むもんだから、着いていくのに必死になる。靴紐を結んでる途中で、手は紐を持ったままかがんで走ってるという感じだろうか。
「ああ、神田、いたな。オレはあんまり喋ったことないけど」
しまった、会話が続かない。しかし相変わらず心臓はバクバクしている。
「なんの話してるんだよ〜勉強しろよ〜」
本棚を回っていたやまとがやってきた。
「確かにそうだなー、そろそろオレも勉強しよっかな。渡里またな!」
沢田が席へ戻る。心臓が徐々にいつものペースを思い出す。誰にも気づかれないように深く呼吸をし、机に向かった。

 「沢田失礼でごめんな」
帰りにやまとがそう言って手を合わせた。
「いや全然だよ。久しぶりにああいうシチュエーションで慌てちゃったけど。むしろ、沢田に変な印象与えてないか心配だな」
「それは大丈夫!アイツあんまり覚えてないから!」
なら良かったと安堵した。しかし家に着いてから、どうしてあんな返ししかできなかったんだろうと落ち込んだ。仲のよい友だちの友だちなのに、失礼な態度だったのではないかと思い悩む。やまとはああ言ってくれたけど、もっと気軽に話せるようになりたいなと思った。

 「友哉!あんた今日すぐ帰ってきなさいね、ばあちゃんち行かないといけないから」
出がけに母に言われ、分かったと言って家を出る。今日はテスト勉強で図書室に行かなくていいのかと安心してしまった心に気づかないふりをして、学校へ向かった。放課後、家の用事があるから先に帰るなと2人に言って、自宅へ帰り、祖母宅を訪ねた。
 夕飯まで食べて帰宅すると、やまとからメッセージが入っていたことに気づいた。
『もしかして、昨日のやつがイヤだったから今日先に帰ったとかではないか?大丈夫?』
部屋に戻り、急いでやまとに電話をかけた。
「もしもしやまと?今大丈夫?」
「大丈夫。友哉も大丈夫?」
「オレはすこぶる大丈夫。今、ばあちゃんちから帰ってきたところで、やまとのメッセージみてすぐ電話したんだ。オレ大丈夫だよ。なんか心配かけてごめんな。明日はいつも通り行くからさ、みんなで勉強しようぜ!沢田たちとももう3回目だし、慣れてきたよ。気にしてくれてありがとう」
「そっか。ばーちゃんち本当だったんだ。いや、こっちこそごめんなー勘繰っちゃって。おう、じゃあまた明日なー」
電話を切って、しばらくスマホを見つめた。こんなに優しい友だちができたんだなオレはと思った。ああは言ったものの、まだ慣れていない沢田たちと勉強する緊張はある。それでも、やまとと友だちになれて良かったという実感が上回り、心が温かくなった。そして、きっと大丈夫だと思えた。

 翌日からはオレも徐々に慣れてきて、沢田たちとも勉強を教え合うくらいになっていった。
「明日はとうとうテストだ!オレたち頑張ろうぜ!」
「一番やる気なかった沢田に言われてもなー。なー友哉」
ウッチーがオレに話を振ってきた。
「確かにやる気一番なかったなー。でもまあ、後半は沢田も頑張ってたしな、みんなでテスト頑張ろう」
もう割と緊張することなく返すことができた。テスト勉強もだが、人間関係も一歩進めたような気がして嬉しくなる。
「渡里ー、そうだよな、オレ頑張ってたよなー」
沢田がオレに寄りかかってくる。ほんとかーとみんなで笑い、テストが終わったら、打ち上げで遊ぼうと約束をした。

 「二人ともー!ありがとうー!!!オレ、今までで一番点数良かった!めっちゃ嬉しい!これからもテスト前はみんなで勉強やろうな」
テスト終了直後は、アレも解けなかったし、あそこも分かんなかったと落ち込んでいたウッチーだったが、結果は予想以上のものだったようで、とても喜んでいた。
「オレも今回良かったから、みんなと勉強できてよかった。ウッチーもやまともありがとう」
「そういや沢田たちが打ち上げいつやるかーって連絡来ててさ、急だけど今日の放課後空いてる?」
みんな大丈夫だったので、放課後、ファミレスに行くことになった。テスト勉強はあくまで勉強がメインの集まりだったが、打ち上げとなると交流がメインの集まりのため、うまく話せるかと緊張したが、思いの外みんながおしゃべりだったのと一週間一緒にいたことで慣れていたようで、楽しく過ごすことができた。
「友哉も楽しそうでよかったよ」
帰り道でやまとが嬉しそうに言った。
「オレもビックリだよ。ありがとうな」
 まさか自分がこんな風に友だちの友だちと過ごせるときが来るなんて心底驚いた。でもここまで楽しく過ごせたのは、やまとが気にかけてくれていたからだ。やまとの優しい気遣いがあったから、緊張の中にあったかい心を感じることができた。それであそこまで進むことができたのだと思う。やまとの横顔を見て伝えたくなったが、口下手なおれは、ありがとうなともう一回言うだけで精一杯だった。