体育館の正面ステージで、音楽に合わせて着物を着た先輩が大きな筆を脇に抱え、床に向かって何かを書いている。やがて音楽が終わったとき、脇に控えていた四人がささっと出てきて床から紙を持ち上げた。
『新入生歓迎!』
 横長の大きな紙には、躍動感溢れる文字でそう書かれていた。
「以上、書道部でした! 活動は月・水・金の週三日、気になる方は東校舎の書道室まで!」
 体育館のアリーナ上から拍手が湧き上がり、ステージに立つ五人が脇にはけていく。
 南高では一年生の部活選びのため、部活見学に先立って、各部活が自分の部活をアピールする部活紹介があった。一年生は事前に配られていたパンフレットと見比べながら、次々紹介される部活の中から気になる部活を絞り、部活見学に挑むのだ。
 今終わったばかりの書道部を始め、どの部活の紹介も手が込んでいて面白そうだった。高校では文化部に入ろうと思っていたものの、どの部活もピンと来ていなかった俺にとって、こういう場はがあるのはありがたい。
「次はサッカー部です」
 司会の声が聞こえてきて、俺の身体がびくりと震える。
 ステージにはジャージを着た先輩たちが三人現れた。一人がマイクを持ち、もう二人はボールでリフティングをし始める。
「サッカー部は毎週月、火、木、金、土、グラウンドのサッカーコートで活動しています。普段の練習は……」
 ステージ上の先輩が活動日や活動内容、アピールポイントを話していく。
 その話が一つ進むごとに、俺の胸がざわついた。心の奥に押し込めた感情が出てきてしまいそうな気がして、俺はそっとステージから顔を背ける。
 今更昔の気持ちを思い出したところで意味はない。ボールを蹴る音も、サッカーのジャージも、懐かしいなんて思わない。
 心をシャットアウトしていると、いつの間にかサッカー部の番は終わっていた。今度は調理部らしきエプロンを着た先輩たちが、鍋やフライパンを持って現れる。最大の難関をやり過ごした俺は、ほっと小さく息をつき再びステージに目を向けた。
 授業終わりのチャイムが鳴ると同時に、全ての部活の紹介が終了した。一年生はおのおの気になる部活の話をしながら、わらわらと体育館の出口へ向かう。
 歩きながらパンフレットをぱらぱらめくり、部活紹介の復習をしながら歩いていると、不意に肩を叩かれた。顔を上げると、悠理の顔がそこにある。
「気になる部活はあった?」
「いくつかはね。悠理はサッカー部に決定?」
「うん、そのつもり」
 悠理はうなずいた後に首をかしげる。
「ハルは中学、どの部活だったんだ?」
「ええと……帰宅部だよ」
 嘘だった。けれど中学の頃の部活は、あまり人には知られたくない。特に高校でサッカーをやろうとしている悠理には特に。
「なら高校も帰宅部?」
「いや、部活見学して、面白そうなところがあれば入ろうかなって思ってる」
 新たな部活に入れば、中学時代のトラウマも忘れられる気がする。少なくとも本当に帰宅部になるよりかは気が紛れるだろう。
「なら部活見学、俺も一緒に回っていい?」
「え、なんで」
 突然の申し出に眉をひそめる。サッカー部に心を決めている悠理は、見学でいろいろと回る必要はないはずだ。
「だってどんな部活があるか気になるだろ? 色々回れる機会なんて、一年生の今しかないだろうし」
「あー、それはそうかも?」
 サッカー部の活動日は、他と比べて多かった。一度入ってしまえば、掛け持ちを探すどころか、他の部活を知る機会もほぼなくなるだろう。
 とはいえ部活がらみの話でサッカー部志望の悠理に関われば、俺の秘密がばれてしまうかもしれない。だからこそ簡単に頷く訳にはいかなかった。
 俺の葛藤を知ってか知らずか、悠理は両手を合わせ、首をこてんと横に倒してくる。
「だからお願い。サッカー部は最後でいいからさ」
 笑顔でねだってくるのはずるい。自分の顔の良さを武器にするのは反則だ。そんなことをされたら断れない。
「わかった、一緒に行こう」
「よっしゃ! ありがと、ハル!」
 嬉しそうにガッツポーズをする悠理の横で、俺は頭をフル回転させながら、部活見学をどう乗り切ろうかと考えるのだった。

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