「はぁ、はぁ……あぁ、どうしよう……」
体育倉庫の裏まで逃げてきた俺は、頭を抱えてうずくまった。あの流れで返事をせずに逃げ出してしまうなんて、絶対にクラスの空気を悪くしてしまっただろう。幸い、いまから五十分は昼休みだ。クラスメイトたちも、多少は元の空気に戻れるだろう。
問題は俺だ。あれだけ盛り上がってしまった以上、このままなにも言わずにバスケを選択するのは、クラスメイトとの関係上よくない気がする。かといってあのトラウマを気軽に話せるほど、俺の心は割り切れていない。
膝を抱いて座り込み、体育倉庫の影に隠れて小さくなった。頭と心がずっしり重い。いっそこのまま影と一体化して、消えてしまえたらいいのに。それでなにかが解決するわけじゃないとは分かっているけれど、少なくとも今はそれほど自分が嫌になっていた。
がさりと近くで落ち葉が鳴った。
のろのろと頭を上げると、隣に悠理が立っていた。真っ赤な顔で髪を乱して、肩で息をついている。俺が教室から出て行ってから、ずっと探してくれたのだろう。そんな悠理の優しさと頼もしさが、ひどく嬉しくて――苦しかった。
「ごめん、ハル。俺のせいだ」
悠理は俺と目を合わせるなり、顔をゆがめて顔で頭を下げた。
「俺がこの前の練習試合でもっとうまくやれていたら……いや、そもそもマネージャーになんて誘わなかったら、ハルはこんな思いをしなかったのに」
「悠理は何も悪くないよ」
本当に悠理には怒ってなんかいない。むしろ感謝しているくらいだ。彼のお陰で一時的にでも大好きなサッカーに触れることができて、みんなとボールを蹴ることだってできたのだから。
トラウマで試合ができなくなっていた俺に、悠理はサッカーの楽しさを思い出させてくれた。そんな彼に悪いところなんてひとつもない。
「悪いのはむしろ俺の方だよ。ずっと悠理に甘えて中途半端なままでいたんだから」
マネージャーにもなりきれず。部員にもなりきれず。過去の話をする勇気もなく。
嫌なものを隠し。好きなものには触れ。何かを本気でやる気力もない。
どっちつかずで居続けた結果、バランスが崩れてすべてが崩壊してしまったのだ。好きな形だけ使って作った積み木の城が、ばらばらと崩れていくみたいに。
「悠理は前に、俺が昔と変わらないって言ってくれたけど……やっぱり全然違うよ。あの頃みたいに強くもないし、トラウマだってあるし。昔は自分が一番だって思ってたのに、今の俺はなんの取り柄もない人間になっちゃった。悠理が好きだって言ってくれた昔の俺とは変わったんだよ」
「ハル……自分のこと、そんな風に言うなよ……」
ほらまただ。また悠理は俺のことで傷ついたような顔をする。
俺の口から乾いた笑みが漏れた。その優しさへこの後に及んで甘えたくなる自分が、恥ずかしくて情けない。
――仲良くするのはいいけれど、練習の邪魔をするのはダメよね。
いつかの森田先輩の言葉が頭の中に響いてくる。マネージャーは選手とチームを支える存在。そのマネージャーが、選手の集中力を削いでしまっては元も子もない。これ以上俺が悠理の傍に居れば、確実に迷惑を掛けてしまうだろう。
「悠理、俺……しばらく部活を休もうと思うんだ」
「えっ……どうして?」
「色々あったから……少し、気持ちを整理したくて」
「そ、っか……」
何かを堪えるように呟く悠理の顔を、俺はまともに見れなかった。見てしまったら、また決意が鈍ってしまいそうな気がしたから。
悠理から顔を逸らしたまま、俺は静かに呟いた。
「俺はもう少しここで頭を冷やしていくから。悠理は戻ってお昼を食べた方が良いよ」
「でも、ハルだって弁当食べなきゃだろ?」
「後で食べるから。気にしないで」
「……わかった」
声と共に、悠理の気配が遠ざかっていく。そっと顔を上げると、校舎の方に一人帰っていく悠理の背中が目に映る。
(ばいばい、悠理)
心の中で呟くと、ずきりと胸にナイフで差されたような痛みが走った。離れていく悠理を引き留めて、「やっぱり傍にいて」と叫びたい気持ちでいっぱいになる。
(ああ……嘘だ)
なんで距離を置こうと決めた時に気付いてしまうのだろう。
今の俺は悠理の隣に相応しくないのに。引っ込み思案の自分を努力で直した彼を、今の俺が望んでしまって良いはずがないのに。
俺はどうしようもなく悠理に恋をしていた。
守りたかった「サクラちゃん」への恋心が蘇ったわけではなく。
ずっと手を引いてくれていた悠理に、もう一度、新たな恋をしていたのだ。
***
体育倉庫の裏まで逃げてきた俺は、頭を抱えてうずくまった。あの流れで返事をせずに逃げ出してしまうなんて、絶対にクラスの空気を悪くしてしまっただろう。幸い、いまから五十分は昼休みだ。クラスメイトたちも、多少は元の空気に戻れるだろう。
問題は俺だ。あれだけ盛り上がってしまった以上、このままなにも言わずにバスケを選択するのは、クラスメイトとの関係上よくない気がする。かといってあのトラウマを気軽に話せるほど、俺の心は割り切れていない。
膝を抱いて座り込み、体育倉庫の影に隠れて小さくなった。頭と心がずっしり重い。いっそこのまま影と一体化して、消えてしまえたらいいのに。それでなにかが解決するわけじゃないとは分かっているけれど、少なくとも今はそれほど自分が嫌になっていた。
がさりと近くで落ち葉が鳴った。
のろのろと頭を上げると、隣に悠理が立っていた。真っ赤な顔で髪を乱して、肩で息をついている。俺が教室から出て行ってから、ずっと探してくれたのだろう。そんな悠理の優しさと頼もしさが、ひどく嬉しくて――苦しかった。
「ごめん、ハル。俺のせいだ」
悠理は俺と目を合わせるなり、顔をゆがめて顔で頭を下げた。
「俺がこの前の練習試合でもっとうまくやれていたら……いや、そもそもマネージャーになんて誘わなかったら、ハルはこんな思いをしなかったのに」
「悠理は何も悪くないよ」
本当に悠理には怒ってなんかいない。むしろ感謝しているくらいだ。彼のお陰で一時的にでも大好きなサッカーに触れることができて、みんなとボールを蹴ることだってできたのだから。
トラウマで試合ができなくなっていた俺に、悠理はサッカーの楽しさを思い出させてくれた。そんな彼に悪いところなんてひとつもない。
「悪いのはむしろ俺の方だよ。ずっと悠理に甘えて中途半端なままでいたんだから」
マネージャーにもなりきれず。部員にもなりきれず。過去の話をする勇気もなく。
嫌なものを隠し。好きなものには触れ。何かを本気でやる気力もない。
どっちつかずで居続けた結果、バランスが崩れてすべてが崩壊してしまったのだ。好きな形だけ使って作った積み木の城が、ばらばらと崩れていくみたいに。
「悠理は前に、俺が昔と変わらないって言ってくれたけど……やっぱり全然違うよ。あの頃みたいに強くもないし、トラウマだってあるし。昔は自分が一番だって思ってたのに、今の俺はなんの取り柄もない人間になっちゃった。悠理が好きだって言ってくれた昔の俺とは変わったんだよ」
「ハル……自分のこと、そんな風に言うなよ……」
ほらまただ。また悠理は俺のことで傷ついたような顔をする。
俺の口から乾いた笑みが漏れた。その優しさへこの後に及んで甘えたくなる自分が、恥ずかしくて情けない。
――仲良くするのはいいけれど、練習の邪魔をするのはダメよね。
いつかの森田先輩の言葉が頭の中に響いてくる。マネージャーは選手とチームを支える存在。そのマネージャーが、選手の集中力を削いでしまっては元も子もない。これ以上俺が悠理の傍に居れば、確実に迷惑を掛けてしまうだろう。
「悠理、俺……しばらく部活を休もうと思うんだ」
「えっ……どうして?」
「色々あったから……少し、気持ちを整理したくて」
「そ、っか……」
何かを堪えるように呟く悠理の顔を、俺はまともに見れなかった。見てしまったら、また決意が鈍ってしまいそうな気がしたから。
悠理から顔を逸らしたまま、俺は静かに呟いた。
「俺はもう少しここで頭を冷やしていくから。悠理は戻ってお昼を食べた方が良いよ」
「でも、ハルだって弁当食べなきゃだろ?」
「後で食べるから。気にしないで」
「……わかった」
声と共に、悠理の気配が遠ざかっていく。そっと顔を上げると、校舎の方に一人帰っていく悠理の背中が目に映る。
(ばいばい、悠理)
心の中で呟くと、ずきりと胸にナイフで差されたような痛みが走った。離れていく悠理を引き留めて、「やっぱり傍にいて」と叫びたい気持ちでいっぱいになる。
(ああ……嘘だ)
なんで距離を置こうと決めた時に気付いてしまうのだろう。
今の俺は悠理の隣に相応しくないのに。引っ込み思案の自分を努力で直した彼を、今の俺が望んでしまって良いはずがないのに。
俺はどうしようもなく悠理に恋をしていた。
守りたかった「サクラちゃん」への恋心が蘇ったわけではなく。
ずっと手を引いてくれていた悠理に、もう一度、新たな恋をしていたのだ。
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