二学期に入り、クラスではもうすぐ行われるクラスマッチについての話題がちらほらと上がり始める中、俺たちサッカー部は相変わらず部活に明け暮れていた。
「一ノ瀬、人足りないから少し練習入ってくれ!」
「わかりました!」
サトセンに呼ばれて、俺は選手に混じってパス練を始める。
夏の合宿でフットサルをして以降、サトセンや選手たちから度々人数不足のピンチヒッターを頼まれるようになっていた。そのため今の俺は、マネージャーと選手の間のような存在になっている。
(中途半端だなぁとは思うけど。でも、楽しいからいっか)
今のところ元サッカー部であることがバレている気配はない。思われていたとしても「少しサッカーの上手いマネージャー」程度で、そのお陰で変にプレッシャーを感じずに済んでいた。
いつも通り練習が進んで行き、最後のクールダウンが終わった後で、サトセンがミーティングの招集をかけた。選手たちが集まった後で、サトセンはマネージャーの方にも手招きをしてくる。
マネージャーがミーティングに呼ばれるのは、大抵週末に試合が組まれた時だった。公式戦はなかったはずなので、恐らくはどこかの高校との練習試合だろう。
「今週の土曜は、練習試合を組んである」
予想通りのサトセンの言葉に、俺の心がふわふわ躍った。
他校との試合は、公式戦も練習試合も含め、これまでにも何度か行っている。だが選手として参加していた中学時代と、マネージャーとして外側から試合を見たときとでは、違った感覚があった。
試合という緊張感の中で、いつもは笑ったりふざけ合ったりしている選手たちがキリリと一瞬で引き締まる。真剣にサッカーに向き合おうとするその姿は、とても輝いていてかっこいい。選手として内側に居た頃はその変化に気づかなかったが、マネージャーになってからはそれを感じるのが楽しみの一つになっていた。
中でも悠理は強豪校にいただけあって、その変化が顕著だった。いつもの明るく爽やかな表情が、コートに入った瞬間に鋭く冷静になる。あの変化には、ついドキドキしてしまう。
試合の時の悠理を思い出して落ち着かない気持ちになっていると、サトセンがみんなをぐるりと見回した。
「相手は第三高校。知っての通り強豪校だから、しっかり整えて挑むように」
頭から冷や水を掛けられた気がした。浮かれていた気持ちが、一気に氷点下まで下がっていく。
選手たちは揃って返事をしているが、俺は息が詰まってうまく言葉が出てこない。
第三高校。中学の頃に同じサッカー部だった同級生が数人行っている高校だ。
彼らはもちろん、サッカーを続けているだろう。そのために部活が盛んなあの高校へ行ったのだろうから。
きっと練習試合に行けば、彼らに会ってしまう。そうなれば部員たちに元サッカー部がばれるだけじゃなく、元同級生にサッカーを辞めたことや、マネージャーとも選手ともつかない中途半端な状態でいることを知られてしまうだろう。
いっそ休んでしまおうか。だが自分の都合だけで部活に迷惑をかける訳にはいかない。
サトセンの言葉がスマホの音量を下げていくみたいにだんだん遠のいていく。すべての音が消えかけた時、ぽんと肩に手を置かれた。
「おーい、ハル?」
「わっ!?」
驚いて身体が小さく跳ねる。逆に相手を驚かせてしまったらしく、肩からぱっと重みがなくなった。
「ごめん、驚かせたな」
正面に悠理が申し訳なさそうな顔で立っていた。周りは他に誰もいない。他の部員たちは既に帰ってしまったようだった。
「大丈夫か? ミーティング中から様子が変だったけど」
悠理は心配そうな目を向けてくる。
事情を察されたくなくて、俺はなんとか笑顔を作った。
「な、なんでもないよ、少しぼーっとしてただけ」
「そう? ならいいけど……」
悠理はそう言いつつも、未だに納得していないようだった。突っ込んだ質問をされる前に、話題を他へ移した方がいいだろう。
「俺に何か用でもあるの?」
「今回の練習試合、九時に現地集合だろ? 朝早いし、迷ったら怖いから一緒に行ってもらえないかな~と思ったりして……」
「あぁ……そうだったね」
俺はへらりと笑いながら曖昧に頷く。サトセンの話を聞いていなかった俺は、集合時間が九時なのも、現地集合なのも今初めて知った。
助かったと思うと同時に、酷く困った。頼まれている以上、ここで悠理に対する答えを出さなければならない。けれどもまだ、第三高校との試合に踏ん切りがついていなかった。
答えに迷っていると、悠理がしょんぼり肩を下げる。
「……ごめん、やっぱり朝は忙しいよな」
「い、いや、ダメじゃないから!」
方向音痴の悠理を独りにするのは危険だ。試合当日、現地に辿り着かない可能性だってある。そうなったらチーム的には大問題だ。
「いいよ。練習試合、一緒に行こう」
「よかった~、いつもごめんな。なら当日は、悠理の家まで行くから」
悠理はにこにこと手を振りながら更衣室の方へ駆けていった。
一人になった俺は、はあ、とため息をつく。半ば勢いで了承してしまったが、決意が決まっていた訳じゃない。心の中は逃げ出したい気持ちで一杯だった。
(試合に出る訳じゃないから、当日は部員たちに隠れてやり過ごそう)
どうか存在に気付かれませんように。そう祈ることしか、今の俺にはできなかった。
***
「一ノ瀬、人足りないから少し練習入ってくれ!」
「わかりました!」
サトセンに呼ばれて、俺は選手に混じってパス練を始める。
夏の合宿でフットサルをして以降、サトセンや選手たちから度々人数不足のピンチヒッターを頼まれるようになっていた。そのため今の俺は、マネージャーと選手の間のような存在になっている。
(中途半端だなぁとは思うけど。でも、楽しいからいっか)
今のところ元サッカー部であることがバレている気配はない。思われていたとしても「少しサッカーの上手いマネージャー」程度で、そのお陰で変にプレッシャーを感じずに済んでいた。
いつも通り練習が進んで行き、最後のクールダウンが終わった後で、サトセンがミーティングの招集をかけた。選手たちが集まった後で、サトセンはマネージャーの方にも手招きをしてくる。
マネージャーがミーティングに呼ばれるのは、大抵週末に試合が組まれた時だった。公式戦はなかったはずなので、恐らくはどこかの高校との練習試合だろう。
「今週の土曜は、練習試合を組んである」
予想通りのサトセンの言葉に、俺の心がふわふわ躍った。
他校との試合は、公式戦も練習試合も含め、これまでにも何度か行っている。だが選手として参加していた中学時代と、マネージャーとして外側から試合を見たときとでは、違った感覚があった。
試合という緊張感の中で、いつもは笑ったりふざけ合ったりしている選手たちがキリリと一瞬で引き締まる。真剣にサッカーに向き合おうとするその姿は、とても輝いていてかっこいい。選手として内側に居た頃はその変化に気づかなかったが、マネージャーになってからはそれを感じるのが楽しみの一つになっていた。
中でも悠理は強豪校にいただけあって、その変化が顕著だった。いつもの明るく爽やかな表情が、コートに入った瞬間に鋭く冷静になる。あの変化には、ついドキドキしてしまう。
試合の時の悠理を思い出して落ち着かない気持ちになっていると、サトセンがみんなをぐるりと見回した。
「相手は第三高校。知っての通り強豪校だから、しっかり整えて挑むように」
頭から冷や水を掛けられた気がした。浮かれていた気持ちが、一気に氷点下まで下がっていく。
選手たちは揃って返事をしているが、俺は息が詰まってうまく言葉が出てこない。
第三高校。中学の頃に同じサッカー部だった同級生が数人行っている高校だ。
彼らはもちろん、サッカーを続けているだろう。そのために部活が盛んなあの高校へ行ったのだろうから。
きっと練習試合に行けば、彼らに会ってしまう。そうなれば部員たちに元サッカー部がばれるだけじゃなく、元同級生にサッカーを辞めたことや、マネージャーとも選手ともつかない中途半端な状態でいることを知られてしまうだろう。
いっそ休んでしまおうか。だが自分の都合だけで部活に迷惑をかける訳にはいかない。
サトセンの言葉がスマホの音量を下げていくみたいにだんだん遠のいていく。すべての音が消えかけた時、ぽんと肩に手を置かれた。
「おーい、ハル?」
「わっ!?」
驚いて身体が小さく跳ねる。逆に相手を驚かせてしまったらしく、肩からぱっと重みがなくなった。
「ごめん、驚かせたな」
正面に悠理が申し訳なさそうな顔で立っていた。周りは他に誰もいない。他の部員たちは既に帰ってしまったようだった。
「大丈夫か? ミーティング中から様子が変だったけど」
悠理は心配そうな目を向けてくる。
事情を察されたくなくて、俺はなんとか笑顔を作った。
「な、なんでもないよ、少しぼーっとしてただけ」
「そう? ならいいけど……」
悠理はそう言いつつも、未だに納得していないようだった。突っ込んだ質問をされる前に、話題を他へ移した方がいいだろう。
「俺に何か用でもあるの?」
「今回の練習試合、九時に現地集合だろ? 朝早いし、迷ったら怖いから一緒に行ってもらえないかな~と思ったりして……」
「あぁ……そうだったね」
俺はへらりと笑いながら曖昧に頷く。サトセンの話を聞いていなかった俺は、集合時間が九時なのも、現地集合なのも今初めて知った。
助かったと思うと同時に、酷く困った。頼まれている以上、ここで悠理に対する答えを出さなければならない。けれどもまだ、第三高校との試合に踏ん切りがついていなかった。
答えに迷っていると、悠理がしょんぼり肩を下げる。
「……ごめん、やっぱり朝は忙しいよな」
「い、いや、ダメじゃないから!」
方向音痴の悠理を独りにするのは危険だ。試合当日、現地に辿り着かない可能性だってある。そうなったらチーム的には大問題だ。
「いいよ。練習試合、一緒に行こう」
「よかった~、いつもごめんな。なら当日は、悠理の家まで行くから」
悠理はにこにこと手を振りながら更衣室の方へ駆けていった。
一人になった俺は、はあ、とため息をつく。半ば勢いで了承してしまったが、決意が決まっていた訳じゃない。心の中は逃げ出したい気持ちで一杯だった。
(試合に出る訳じゃないから、当日は部員たちに隠れてやり過ごそう)
どうか存在に気付かれませんように。そう祈ることしか、今の俺にはできなかった。
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