息荒く顔を真っ赤にして私達を見る瑠璃奈の手には薙刀が握られていた。
その姿を見たもちゆきくんが瑠璃奈に激しく威嚇していた。いつもの可愛いもちゆきくんの面影はどこかに行ってしまったのかと思える程怒りに震えている。
瑠璃奈の登場に苛立ったのか舌打ちをした刹那は、憤怒する彼女の姿に唖然とする私を守る様に抱きしめてくれた。

「なんでアンタなのよ!!化け物のアンタが刹那様の花嫁にどうして選ばれるのよ!!!冬の巫女は私でしょ?!!!化け物!!女狐!!!泥棒猫!!!!そんなに私から全てを奪うのが楽しい?!!!」
「瑠璃奈…」
「馬鹿馬鹿しい。言いたいことはそれだけか?よくも俺の妻を侮辱してくれたな。本当救いようがない」
「違います刹那様!!!貴方は間違ってる!!貴方の妻になるのはこの私!!この女ではありません!!この女は私から全てを奪い冬の巫女だと偽って貴方に近付いた罪人!!ほら!!私のこの髪と目は冬の巫女の証でしょう?」

刹那は分かりきった様に鼻で笑う。瑠璃奈の怒りにも全く動じていなかった。

「どこまでもクズだな。さっき仮初だと言っただろうに。本当に愚かな女だ」
「っ…!!刹那様は騙されてる!!この女に!!早く目を覚ましてください!!その女の髪に挿さってる髪飾りも本当は私の物のなのに…!!よくも、よくも、よくも…!!!!刹那様どいてください!!早くこの女を殺さないとぉ…」
「瑠璃奈、やめて!!!」
「全部アンタのせいよ!!!早く死んで刹那様を返せ!!!!返せぇーー!!!!」

持っていた薙刀を両手に構え、私に向かって突進してきた。
私は恐怖のあまりぎゅっと目を瞑る。
薙刀の刃が振り下ろされようとした瞬間、刹那様の瞳が赤くなった。
刃が素早く凍ってゆき、刹那が手を払うと粉々に砕け散ってしまった。ガラスの様に割れた刃が床に散らばる。
割れた刃が瑠璃奈の顔を傷つける、
棒と化した薙刀もメキメキと音を立てながら瑠璃奈の手の中で砕けた。

「ひぃ…そ、そんなぁ…!!嘘でしょ…?!!顔痛い…!!なんで?なんでよぉ?!」

刹那が操る冬の術によって武器を失った瑠璃奈の前に冬神が立ちはだかる。
大切なものを貶された神の怒り。刹那の赤い目にその怒りが宿る。

「自分があたかも冬の巫女であると偽り、真の冬の巫女であり冬神の花嫁を傷付けようとしたな」
「あ…あぁ…!!!違うの…私こそ…」
「そして、杠葉七海を陥れる為に彼女の家族を焼き殺した。幸せな姿を貶す為に。身勝手過ぎる思想の為に」

瑠璃奈が犯してきた罪が冬神としての刹那によって突きつけられてゆく。瑠璃奈は恐怖に顔を歪めながら尻餅を付きゆっくりと後ずさる。

「七海の妹を愚か者共に売り飛ばすと脅しここに留めさせた。冬の巫女しか持たない癒しの異能を利用する為に道具として…」
「い、いやぁ…!!待って、お願い話を聞いて…!!」
「聞きたくない。貴様を許さない。七海が許しても冬神である我は許すことはない」

すると、刹那は左手をもちゆきくんに翳した途端、彼のころころとした身体が凛々しい白い狼の姿へと変貌した。
すぐにでも瑠璃奈に襲い掛かれてしまうだろう。刹那は静かにもちゆきくんに命令を下す。

「"寒月(かんげつ)"。我の妻を殺そうとしたこの女から美貌と若さを奪え。輪廻の鎖も噛み砕け」
『御意』

もちゆきくんは寒月という名の狼となり、刹那の命令を聞き入れた途端、素早く瑠璃奈に迫った。悲鳴を上げる彼女に容赦なく噛みつく。
けれど、噛み付かれたものの瑠璃奈の身体に傷一つない。

「刹那、これは…?瑠璃奈はどうなったの…?」
「見ていろ。四季神を欺き続けた者の末路だ」

命令を遂行した寒月が私を安心させる様に足元にそっと寄り添う。
心配そうに瑠璃奈を見守っていると、咬み傷も血も流れていなかった筈の彼女の身体に異変が起こり始めた。

「あ……?え…?なんでぇ…?」

染めていた赤い髪は真っ白な白髪に変わり、ハリのあった肌は深い皺とシミ、生え揃っていた筈の歯が抜け落ち床に散らばる。綺麗に整えられていた筈の爪も霞んだ色となりボロボロに砕けてゆく。ハキハキしていた声も老人の様なしわがれたものとなっていた。
背骨が曲がり、さっきまでの美しい瑠璃奈の姿は見る影も無かった。
痩せ細った彼女の懐から落ちた手鏡に映る自分の姿に瑠璃奈は絶叫した。

「いやぁ!!いやぁ!!こんなの私じゃないぃ!!」
「現実だ。冬神は植物を寒き冬を越す為にわざと枯らし耐えさせることができる。だが、お前の場合はその逆。枯らした後は堕ちるだけ。輪廻の鎖も噛み砕いたから死んでも生まれ変わることはない」
「そんなぁ!!いやよぉ!!助けて!!元に戻してぇ!!」
「もう戻れない。お前は誰にも愛されず醜い老婆のまま死んでゆくんだ。誰からも忘れられて惨めにな」

絶望に打ちひしがれる瑠璃奈に構うことなく刹那は冷たくそう告げた。
老婆となった瑠璃奈に対し可哀想だなんて思えなかった。溜飲が下がったと言ってもいい。
やっと瑠璃奈から解放された。そして、父さんと母さんの仇を討てた。絵梨を救えた。
ほっとして目から一筋の涙が落ちる。
全て終わった。まだ解決していないことはあるけれど。
入口の方から瑠璃奈の絶叫を聞きつけた叔母と使用人達が慌てた様にやったきた。

「瑠璃奈!!!」
「瑠璃奈お嬢様!!!」
「遅かったじゃねーか。お前らの大事な瑠璃奈お嬢様はここにいる」

刹那が指を差した先に発狂する老いた老婆。叔母は嘘だと叫ぶも、老婆が身につけていた着物と彼女が持っていた手鏡を見てあれが自分の娘だと知った。
叔母は年老いた瑠璃奈に駆け寄り、変わり果てた娘の姿に絶望し嘆いた。

「そんな…瑠璃奈がぁ…私の可愛い瑠璃奈がぁ…」
「お前は娘の愚行を許し、村に出鱈目を流した。お前を何も実らない極寒の地に送る。その婆さんと慎ましく暮らすといい。寒月」
「はっ」
「え?何を…!!」

悲しみに暮れる余裕も与えることなく、寒月が鋭い爪を親子に振り下ろした。瑠璃奈の時と同じで怪我はなかったが、親子の姿が消えて無くなってしまった。
刹那曰く、瑠璃奈達を極寒の地へと送ったのだそう。
これも寒月になったもちゆきくんの能力の一つだそうだ。
周りにいた使用人達が怖気付き悲鳴を上げながら逃げて行ったが刹那は許さなかった。
屋敷は氷に覆われてゆき、逃げ惑っていた者は氷漬けとなった。瑠璃奈の侍女達も逃げようとしていたけれど彼女らも逃げきれず凍って砕けた者もいた。
苦しい思い出しかない屋敷は冬神の逆鱗に触れた結果、氷に飲まれ栄光を誇っていた頃の輝きは朽ちた。
変わり果てた屋敷を一目見た後、刹那と寒月から戻ったもちゆきくんと共に村を後にした。
瑠璃奈と村のことは片付いたがまだ気がかりなことがある。私の大事な妹の事。

「行こう七海。もうここにいる理由はないだろう?」
「ええ。でも、絵梨が…」
「妹のことか?彼女のことは心配するな。絵梨はある男に守られてる」
「え?どうゆうこと?」
「俺の屋敷に帰ったら話す。それまで待っててくれ」

まさか刹那の口から絵梨の無事を知るとは思わなかった。
安堵したが、一体どんな人が絵梨を助けてくれたのだろう。
素敵な人なら良いなと願いながら私は刹那に身を預けた。