瑠璃奈に切り刻まれた顔が痛い。術がかけられた帯を巻かれてしまっているから目の前はずっと暗闇のまま。
今日は確か立冬の日。刹那が私を迎えにくる日だった。
けれど、私は瑠璃奈に襲われて髪も瞳も異能を使う権利も全て彼女に奪われてしまった。
私はもう瑠璃奈が異能を使う為のただの道具となってしまった。
絵梨の命も彼女達の手の中にある。もう自由になる為の術がなくなってしまった。
そして、一番奪われたくなかったモノが今日奪われようとしている。
「刹那…!!!」
私を心の底から愛してくれた冬の神様。家族以外の人に愛される喜びを教えてくれた人。赤い髪と翠緑色の瞳を美しいと囁いてくれた人。
私を冬の巫女であることと花嫁として見つけてくれた人だ。
私を大事にしてくれる人が瑠璃奈に奪われてしまう。その光景を見ることになったら今度こそ耐えられないだろう。
悔しくて涙が溢れ帯を濡らす。
刹那と愛し合う姿を瑠璃奈は無理矢理見せつけてくるのは嫌でも想像できた。
帯から溢れた涙の雫が傷口を伝い鋭い痛みが顔面に走る。
静かで暗く寂しい場所。私は一生この中で過ごすのかと思うと気が遠くなった。
すると、突然、聞き覚えがある鳴き声が座敷牢に響き渡った。刹那と繋げてくれたあの可愛い子犬の声。
「七海さま?!七海様ですよね?!!」
悲しげに私に問いてきたのはもちゆきくんだった。
「もちゆきくん…?」
「嗚呼…!!七海様…!!その姿まさか…」
「言わないで。もうこの顔じゃ刹那の隣にはいられない。髪も染められて、目も見えなくなっちゃって、顔こんなに傷だらけにされて…」
悲観する私にもちゆきくんは必死呼びかける、
「そんな…!!お願いです!!七海様!諦めないで!もう少ししたら刹那様が来ます。あの人を信じてください…!!」
もちゆきくんの言葉を完全に信じれない自分がいて嫌になる。刹那を愛しているからこそ彼から拒絶されてしまうのが怖いのだ。
傷だらけの私を見て、私を襲おうとした男と同じことを言うのではないか。刹那の口からそんな台詞聞きたくない。耳を削いで何も聞こえない様にしてもらった方がよかったとさえ思ってしまう。
刹那に会いたい気持ちとこんな姿で彼に会いたくないと言う気持ちがせめぎ合う。
髪も黒く染められ、目を封じられてしまったこの姿を見られたくない。
やっぱり私は冬の巫女にも彼の花嫁にも相応しくない。傷だらけの身体が証明しているようなものだった。
もちゆきくんがここに来たということは彼もいるということ。もうすぐ私の元にやってくるともちゆきくんが言ってた。
(来ないで)
会うのが怖い。彼からの拒絶は彼から深い愛を受けた私には耐え難いこと。
会いたくない。でも、心の底で、会いたいせめて声だけでもいいという思いが残ってる。
ゆっくりと肌に冷気が当たるのを感じる。遂に見つかってしまった。
「七海!!!」
「せつ…な…」
愛しい人の声が耳に響く。必死な声。私を探していたのだと声だけで分かる。
この傷だらけの顔も見られてしまった。彼がどんな表情で私を見ているのか。何も見えないのが救いだった。
足音が近づく。
木の格子が壊される音がしたと思うと、刹那が力強く私を抱きしめてきた。
「刹那。私…」
「遅くなった。本当にごめん」
「……聞いて刹那。私はやっぱり冬の巫女にも貴方の花嫁にはなれない」
「七海?」
「私何もできなかった。貴方を守ることも、妹を守ることも、自分自身を守ることも何も…!!!」
目頭が熱くなる。声が震える。
「こんな傷だらけの私が貴方の隣にいたらきっと迷惑になる。貴方の足枷になりたくないの。だから、私のことを忘れて…貴方に相応しい人に…」
悲しさで声が詰まる。声の震えも増して思うように声が出ない。本心じゃないからそうさせているのかもしれない。
本当は刹那のそばにいたい。でも、彼の歩みを止めてしまう原因になるのも嫌だった。
すると、刹那の手が私の頬にそっと触れると私の額に口付けした。
「刹那…」
「俺にとって相応しい人は七海だ。お前以外の女を花嫁として迎えるつもりはない」
「でも…!!」
「七海に危害を加えた様な奴らこそ俺の枷だ。七海は俺に人を愛することを教えてくれた強い人。心の底から人を恋しいと教えてくれた素晴らしい女性」
何も見えなくても分かる。刹那の表情は私が大好きなあの優しい笑顔。
「俺は顔に傷があるだけで捨てる様な馬鹿とは違う。俺は外見でお前を選んだんじゃない。神がお前を冬の巫女として選んだからでもない。七海じゃなきゃ駄目なんだよ」
「私…?」
「七海はどんな人にも手を差し伸べ助け続けた。もちゆきの事とかがまさにそれだろ?七海は冬神としての俺ではなく、霧生刹那として受け入れてくれた。だから、外見がどうあろうと俺は七海を諦めないし、一生離すつもりはない」
後悔する。私を花嫁に選んでしまったら。奇妙な見た目と異能しか持たない私には勿体なさ過ぎる。
でも、彼の手を払い除けることなんてできなかった。
刹那は術がかけられた帯が巻かれた目元にそっと口付けをした。すると、外れなかった帯がゆっくりと顔から落ちていった。
そっと目を開けると目の前に愛する人のあの笑顔が飛び込んできた。
視界が溢れてゆく涙で歪んでゆく。もう一度彼の優しい微笑みが見れただけで幸せだった。溢れ出る涙を刹那の手がそっと拭う。
「顔の傷、あの女にやられたのか」
私はゆっくりと首を縦に振った。
切り傷まみれの頰を刹那は慎重に触れる。もう痛みはなかった。伝わってくるのは刹那の冷たい手の温度だけ。
「多分、痕が残ると思う。これじゃ花嫁として台無しね」
「そんなことない。さっきも言っただろ?俺の花嫁は七海じゃなきゃ駄目だって」
「でも…」
「それにこの傷もすぐに癒える。痕なんか残すものか」
刹那はそう言うと、瑠璃奈に奪われていた百合の髪飾りを着物の袂から取り出しその髪飾りを私の髪に挿した。
途端、髪飾りが挿された場所から色が黒から元の赤い色に戻ってゆく。
「七海。見てみろ」
刹那が作った氷の手鏡を受け取り自分の顔を見ると、鏡に映る自分の顔に瑠璃奈に刻まれた無数の傷が跡形もなく消えていたのだ。
信じられず恐る恐る自分の頰に触れて傷がなくなっていることをようやく実感したのだ。
感激のあまり、私は刹那の胸に飛び込んだ。刹那は私を受け止め優しくも強く抱きしめてくれた。
「ありがとう…ありがとう刹那…」
「愛する人を助けるのは当然のことだろ?」
刹那の手が泣きじゃくる私の頭を撫でる。今まで過ごしてきた地獄の日々が報われてゆく気さえした。
本当にこの人は私を愛しているのだ。何者でもない私を心の底から愛してくれている。
助けてもらった上にこれ以上待たせてしまっては失礼だ。
私もこの人を離したくない。冬神ではなく霧生刹那を私の元から手放すなんてもうできない。
私は彼の花嫁になるのだから。冬の巫女としてではなく、杠葉七海として。
「七海。俺の妻になってくれないか?」
もう答えは決まっている。私は涙を拭い笑顔を浮かべる、
「はい。貴方の妻になりたいです。ずっと貴方の側に居させてください」
私の返事を聞いた刹那は嬉しそうに微笑みもう一度ぎゅっと強く抱きしめた。
私は両手を刹那の頰に添えて目を瞑り顔を近づけ彼の唇に自分の唇を重ねた。刹那も愛おしそうに私を見つめながら目を瞑り口付けを受け入れた。
こんなに迷いのない愛おしいと思う口付けは初めてだ。本当に幸せで優しい時間。
ずっとこの時間が続いてほしいと願った時だった。
「どうしてアンタなのよ!!!!返しなさいよ!!!!」
つんざくような金切り声を上げて叫ぶ瑠璃奈が幸せな時間を打ち破ったのだ。
今日は確か立冬の日。刹那が私を迎えにくる日だった。
けれど、私は瑠璃奈に襲われて髪も瞳も異能を使う権利も全て彼女に奪われてしまった。
私はもう瑠璃奈が異能を使う為のただの道具となってしまった。
絵梨の命も彼女達の手の中にある。もう自由になる為の術がなくなってしまった。
そして、一番奪われたくなかったモノが今日奪われようとしている。
「刹那…!!!」
私を心の底から愛してくれた冬の神様。家族以外の人に愛される喜びを教えてくれた人。赤い髪と翠緑色の瞳を美しいと囁いてくれた人。
私を冬の巫女であることと花嫁として見つけてくれた人だ。
私を大事にしてくれる人が瑠璃奈に奪われてしまう。その光景を見ることになったら今度こそ耐えられないだろう。
悔しくて涙が溢れ帯を濡らす。
刹那と愛し合う姿を瑠璃奈は無理矢理見せつけてくるのは嫌でも想像できた。
帯から溢れた涙の雫が傷口を伝い鋭い痛みが顔面に走る。
静かで暗く寂しい場所。私は一生この中で過ごすのかと思うと気が遠くなった。
すると、突然、聞き覚えがある鳴き声が座敷牢に響き渡った。刹那と繋げてくれたあの可愛い子犬の声。
「七海さま?!七海様ですよね?!!」
悲しげに私に問いてきたのはもちゆきくんだった。
「もちゆきくん…?」
「嗚呼…!!七海様…!!その姿まさか…」
「言わないで。もうこの顔じゃ刹那の隣にはいられない。髪も染められて、目も見えなくなっちゃって、顔こんなに傷だらけにされて…」
悲観する私にもちゆきくんは必死呼びかける、
「そんな…!!お願いです!!七海様!諦めないで!もう少ししたら刹那様が来ます。あの人を信じてください…!!」
もちゆきくんの言葉を完全に信じれない自分がいて嫌になる。刹那を愛しているからこそ彼から拒絶されてしまうのが怖いのだ。
傷だらけの私を見て、私を襲おうとした男と同じことを言うのではないか。刹那の口からそんな台詞聞きたくない。耳を削いで何も聞こえない様にしてもらった方がよかったとさえ思ってしまう。
刹那に会いたい気持ちとこんな姿で彼に会いたくないと言う気持ちがせめぎ合う。
髪も黒く染められ、目を封じられてしまったこの姿を見られたくない。
やっぱり私は冬の巫女にも彼の花嫁にも相応しくない。傷だらけの身体が証明しているようなものだった。
もちゆきくんがここに来たということは彼もいるということ。もうすぐ私の元にやってくるともちゆきくんが言ってた。
(来ないで)
会うのが怖い。彼からの拒絶は彼から深い愛を受けた私には耐え難いこと。
会いたくない。でも、心の底で、会いたいせめて声だけでもいいという思いが残ってる。
ゆっくりと肌に冷気が当たるのを感じる。遂に見つかってしまった。
「七海!!!」
「せつ…な…」
愛しい人の声が耳に響く。必死な声。私を探していたのだと声だけで分かる。
この傷だらけの顔も見られてしまった。彼がどんな表情で私を見ているのか。何も見えないのが救いだった。
足音が近づく。
木の格子が壊される音がしたと思うと、刹那が力強く私を抱きしめてきた。
「刹那。私…」
「遅くなった。本当にごめん」
「……聞いて刹那。私はやっぱり冬の巫女にも貴方の花嫁にはなれない」
「七海?」
「私何もできなかった。貴方を守ることも、妹を守ることも、自分自身を守ることも何も…!!!」
目頭が熱くなる。声が震える。
「こんな傷だらけの私が貴方の隣にいたらきっと迷惑になる。貴方の足枷になりたくないの。だから、私のことを忘れて…貴方に相応しい人に…」
悲しさで声が詰まる。声の震えも増して思うように声が出ない。本心じゃないからそうさせているのかもしれない。
本当は刹那のそばにいたい。でも、彼の歩みを止めてしまう原因になるのも嫌だった。
すると、刹那の手が私の頬にそっと触れると私の額に口付けした。
「刹那…」
「俺にとって相応しい人は七海だ。お前以外の女を花嫁として迎えるつもりはない」
「でも…!!」
「七海に危害を加えた様な奴らこそ俺の枷だ。七海は俺に人を愛することを教えてくれた強い人。心の底から人を恋しいと教えてくれた素晴らしい女性」
何も見えなくても分かる。刹那の表情は私が大好きなあの優しい笑顔。
「俺は顔に傷があるだけで捨てる様な馬鹿とは違う。俺は外見でお前を選んだんじゃない。神がお前を冬の巫女として選んだからでもない。七海じゃなきゃ駄目なんだよ」
「私…?」
「七海はどんな人にも手を差し伸べ助け続けた。もちゆきの事とかがまさにそれだろ?七海は冬神としての俺ではなく、霧生刹那として受け入れてくれた。だから、外見がどうあろうと俺は七海を諦めないし、一生離すつもりはない」
後悔する。私を花嫁に選んでしまったら。奇妙な見た目と異能しか持たない私には勿体なさ過ぎる。
でも、彼の手を払い除けることなんてできなかった。
刹那は術がかけられた帯が巻かれた目元にそっと口付けをした。すると、外れなかった帯がゆっくりと顔から落ちていった。
そっと目を開けると目の前に愛する人のあの笑顔が飛び込んできた。
視界が溢れてゆく涙で歪んでゆく。もう一度彼の優しい微笑みが見れただけで幸せだった。溢れ出る涙を刹那の手がそっと拭う。
「顔の傷、あの女にやられたのか」
私はゆっくりと首を縦に振った。
切り傷まみれの頰を刹那は慎重に触れる。もう痛みはなかった。伝わってくるのは刹那の冷たい手の温度だけ。
「多分、痕が残ると思う。これじゃ花嫁として台無しね」
「そんなことない。さっきも言っただろ?俺の花嫁は七海じゃなきゃ駄目だって」
「でも…」
「それにこの傷もすぐに癒える。痕なんか残すものか」
刹那はそう言うと、瑠璃奈に奪われていた百合の髪飾りを着物の袂から取り出しその髪飾りを私の髪に挿した。
途端、髪飾りが挿された場所から色が黒から元の赤い色に戻ってゆく。
「七海。見てみろ」
刹那が作った氷の手鏡を受け取り自分の顔を見ると、鏡に映る自分の顔に瑠璃奈に刻まれた無数の傷が跡形もなく消えていたのだ。
信じられず恐る恐る自分の頰に触れて傷がなくなっていることをようやく実感したのだ。
感激のあまり、私は刹那の胸に飛び込んだ。刹那は私を受け止め優しくも強く抱きしめてくれた。
「ありがとう…ありがとう刹那…」
「愛する人を助けるのは当然のことだろ?」
刹那の手が泣きじゃくる私の頭を撫でる。今まで過ごしてきた地獄の日々が報われてゆく気さえした。
本当にこの人は私を愛しているのだ。何者でもない私を心の底から愛してくれている。
助けてもらった上にこれ以上待たせてしまっては失礼だ。
私もこの人を離したくない。冬神ではなく霧生刹那を私の元から手放すなんてもうできない。
私は彼の花嫁になるのだから。冬の巫女としてではなく、杠葉七海として。
「七海。俺の妻になってくれないか?」
もう答えは決まっている。私は涙を拭い笑顔を浮かべる、
「はい。貴方の妻になりたいです。ずっと貴方の側に居させてください」
私の返事を聞いた刹那は嬉しそうに微笑みもう一度ぎゅっと強く抱きしめた。
私は両手を刹那の頰に添えて目を瞑り顔を近づけ彼の唇に自分の唇を重ねた。刹那も愛おしそうに私を見つめながら目を瞑り口付けを受け入れた。
こんなに迷いのない愛おしいと思う口付けは初めてだ。本当に幸せで優しい時間。
ずっとこの時間が続いてほしいと願った時だった。
「どうしてアンタなのよ!!!!返しなさいよ!!!!」
つんざくような金切り声を上げて叫ぶ瑠璃奈が幸せな時間を打ち破ったのだ。



