立冬。ようやく秋が終わり、寒々しい白き冬が始まる。
秋の色をしていた葉は冬を運んでくる北風によって散り落ち何もない枯れたような木に変えてしまう。
邸宅の庭に植えられたまだ秋の名残を残す赤い紅葉と冬から春にかけて咲く赤い椿に雪化粧が意図せず施されてゆく。
ようやくこの日が来た。立冬の日が来るのをずっと待っていた。
理由はただ一つ。あの馬鹿共が住む屋敷から愛する七海を救い出し、冬神の花嫁として迎えられるからだ。
七海の外見は冬の巫女そのものなのに、馬鹿の一人が村に間違ったことを教えたらしかった。
赤い髪と翠緑の瞳は村に災いを引き寄せる証だと。瑠璃奈という馬鹿女から癒しの異能を奪い取ったのもそのせいなのだと。
使いの妖達に調べさせたが、はらわたが煮え繰り返る様な情報ばかりだった。
奴らは、自分達の欲のために七海達を陥れ、彼女らが住む家に火を放ち、彼女とその妹から全てを奪った。そして、姉妹を容赦なく引き裂いた。
七海の心と身体を容赦なく傷つけたアイツらに現実を突きつけられる絶好の機会でもあった。
ある夜の瑠璃奈という女に覗かれていた時の苛立ちは殺意を増幅させた。今すぐにでも俺たちを覗くその卑しい目を抉り取ってしまいたかったが七海のお陰で抑えることができた。
けれど次はもうない。

「刹那様。もう準備は整っております。早く七海様を迎えに行きましょうよ〜」

もちゆきは嬉しそうに尻尾を振りながら俺の出発を仲間の妖達と待っていた。
七海を見つけられたのはコイツのお陰だ。もちゆきも七海に懐いてくれているし、ここには彼女に助けられた妖も大勢いる。七海が冬の巫女だと話した時はとても喜んでいた。
きっと彼女もこの邸宅を気に入ってくれる筈だ。
準備が整い、早速七海が居る屋敷へ急いだ。



屋敷に着き、七海が居る部屋に向かおうとした時だった。
この屋敷の主人らしき女と召使い共が出迎えてきた。気持ち悪いほどニヤニヤした顔でこちらに近づく。

「貴方様が冬神様ですよね!!お待ちしておりました!!」

立冬の日に俺が来るのは七海しか知らない筈。
本来なら七海を連れてから馬鹿共に全ての真実を突きつけるつもりだったが、何故かこの馬鹿共に情報が漏れている。
まさか、瑠璃奈という女が七海に何かしたのではないか。胸騒ぎがする。

「……どうして俺が冬神と知っている。知っているのは七海だけだぞ?」
「我が娘である冬の巫女が予見されたのです!!ささ、それよりも早く貴方様の花嫁の元へ行ってあげてください。扉の向こうで待っておりますから!!」

まるで七海なんて女はこの屋敷にはいないという様な口振りに苛立ちを覚える。
ここにいる奴らは、今まで俺を騙そうとした輩と同じ顔で俺を見る。全員氷漬けにして粉々に砕いてやりたい。
主人が言う冬の巫女がとても七海とは思えない。嫌な予感を抱えたまま彼女の部屋の戸を勢いよく開けた。
そこには満月の光を背にした女が座って待っていた。
その女の髪は七海と同じ血のように赤い髪と翠緑色の瞳を持っている。俺はゆっくりと近付き女の顔を見た。

「お待ちしておりましたわ。冬神様…いえ、刹那様とお呼びした方がいいのかしら…?」

女の正体は七海ではなく、俺と七海の情事を覗いていた瑠璃奈という女だった。
しっかりと化粧をし、高価そうな着物を身に付け、頭には七海にあげた筈の氷の百合の髪飾りが挿さっている。
恍惚な表情で俺を見つめていて心底気持ちが悪かった。

「貴様…七海はどこだ?何故貴様がその髪飾りを持っている」
「七海?あぁ…お義姉様のことですか?さぁ?知りませんわ。あの人は自分が冬の巫女だと偽っておりましたから罰して差し上げましたの。この髪飾りも本当は私に贈られるべきものでしょう?」
「何?」
「可哀想な刹那様。お義姉様のせいで身体を穢されてしまった。でも、もう大丈夫ですわ。冬の巫女である(わたくし)が清めてあげますから」

瑠璃奈は当然の如く俺に触れようとする。
またも七海を陥れ俺から彼女を隠すだけでは飽き足らず姿と身分を偽って俺の花嫁とほざきやがった。この髪も目も全て仮初のもの。
髪飾りも七海の物だ。こんな低俗な女が持つべき物ではない。

「お義姉様は私からいろんなものを奪っていきました。この髪と瞳、そして、癒やしの異能でさえも…!!自分が冬の巫女だと偽って貴方に近づいた。でも、やっと取り戻せてようやく刹那様に…」

自分が偽っているくせに七海との逢瀬を穢れたものだともほざくこの女に慈悲なんていらない。
俺に見惚れる瑠璃奈の顎を力強く鷲掴んだ。瑠璃奈は驚いた表情を浮かべたがすぐに元に戻り勝ち誇った様な顔に戻った。

「七海はどこだ?」
「お義姉様?さぁ?今頃、罰を受けているに違いありませんわ。あんな女のことなんか放っておいて早く私を花嫁に…」

何を言っても無駄。こいつは口を割ろうとしない。
欲に飢え俺を手に入れようと迫ってくる。今まで俺に擦り寄ってきた女共と同じ。
瑠璃奈から手を離すと同時に波動を放ち壁に打ちつけてやった。
打ちつけられて痛がる瑠璃奈の髪を鷲掴んだ。整えられていた髪がボサボサに乱れ様と俺には関係ない。それ以上のことを七海にしたのだから。

「もう一度聞く。七海は何処だ?」
「うぅ…!!教えませんわ…!!だって、あんな化け物、貴方な様な神様には相応しくないもの!!」
「相応しいかどうかは俺が決めること。赤の他人の貴様らに決められる筋合いはない。それに、お前が最初から冬の巫女じゃないことはとっくに知っている」
「な…っ!」

七海と初めて会った後、密かに冬の巫女だと自称しているこの女のことを調べさせていた。
瑠璃奈は両親からずっと自分は冬の巫女だと仕立て上げられて育った。だが、肝心の赤い髪も翠緑色の瞳も異能もない彼女は冬の巫女でもなんでもないただの人間の女。
村に偽の情報を流し七海達を陥れ、七海が持つ異能をあたかも自分が授かったと騙し通していた。
自分が認められるべきなのだと、自分が神に愛されるべきなのだと歪んだ思想そうさせたのだろう。

「仮にお前が俺の花嫁だとしても、俺の七海を苦しませ続けた貴様にその資格はない。これは返してもらうぞ」

唖然とする瑠璃奈の頭から百合の髪飾りを抜く。

「だ、だめぇ!!!それは私のものよ!!」
「馬鹿を言うな。この髪飾りは七海のものだ」

慌てふためく瑠璃奈に七海の居場所を聞いてもはぐらかされるだけだろう。これ以上この女のために気力を消費したくない。
痛みで動けずにいる瑠璃奈を無視して部屋を出ようとすると瑠璃奈は歪んだ笑顔で俺に叫んだ。

「後悔しますよぉ?!!あの女はもう傷物なんですからぁ!!!」
「……それがどうした」
「あんな顔も身体も傷だらけの女を嫁に迎えるなんてどうかしてる!!!見た目も化け物同然なのに!!!他の四季神様達からなんて言われるか想像できるでしょ?!!さぁ!!刹那様!!!我儘を仰らないで早く私を…」
「選ばない。貴様の様な屑を花嫁に迎えるぐらいなら死んだ方がマシだ。もし、お前が花嫁に迎えられたらきっと四季が乱れるだろうな」

馬鹿の言葉を遮って馬鹿を否定し鼻で笑ってやった。悔しそうにこちらを睨みつけていたが七海を探す方が最優先だ。
慌てた様子の屋敷の主人である瑠璃奈の母親が"何故なのです?!"と詰め寄ってきたが軽く突き飛ばし構うことなく前へ進む。
それでも俺の進行を阻もうとする者に対して妖をけしかけたたり、波動や術を使ったりして蹴散らした。廊下は冷たい冷気と氷に覆われてゆく。
悲鳴と屋敷が破壊されてゆく音が交互に聞こえて耳障りだった。
すると、すると仲間の狼の妖・陽炎が急いだ様子で俺に近づいてきた。

「刹那様!!もちゆき先輩が七海様の居場所を見つけました!!俺がお連れします!!」
「本当か。陽炎。早速案内しろ」
「はっ!!」

陽炎と共に七海がいるであろう場所に急ぐ。
早く彼女に会いたい。俺と冬の巫女に執着していた瑠璃奈に何かされたかもしれない。
けれど、七海がどんな姿になろうとも関係ない。外見だけで愛する様ならばその想いはあまりにも脆い。
俺はどんなに姿を変えようと受け入れ愛し続けてゆく。
握っている百合の髪飾りが七海への想いの強さを加速させる。
同時に、奴らへの罰をどうやって下してやろうかとこの屋敷に住む奴ら全員への怒りが更に湧き上がらせていった。