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 迎えに来た大人の男と吏那の姿。

 脳裏にこびりついた場面はバイクを走らせても消えはしなかった。

 のろのろ進む割に歩道側へ寄せて走る車もいつも以上に苛立たしい。

 バイトに遅れたらどうしてくれるのか……。

 遅刻した時間分、(タケル)さんは容赦なく時給から差し引いてくる。

 学校からバイトの許可は得ているが、バイク通学は認められていない。

 見つかれば停学。最悪、退学。

 何で俺がリスクを犯してまでバイク通学してるかといえば、答えは簡単。

 電車代を浮かせるためだった。

 バイト先のオーナー・猛さんから譲り受けた改造されまくりの何世代か前の型の二輪車。

 乗りこなすのにコツが必要だったじゃじゃ馬だったけれど、こうして今は俺の足として大活躍している。

 バイト先はハイソだと名高いエリアにある小さなカフェ。

 中高生なんて、ほとんど見かけないし、頻繁にドラマや映画の撮影が行われている名実ともにお高い街にある。

 イチョウ並木通りを少し外れた一角に元ヤンだった猛さんが経営しているとは思えないほど、洒落た外観のカフェで俺は働いていた。

 「万威は彼女作らないのか?」

 「は?」

 ラストオーダーは22時30分。

 閉店は23時。

 長居していた客がやっと店を出た時には時計の時刻は日付を変えようとしていた。

 俺が最後の客が座っていたテーブル席を片付けていると、キッチンから顔を覗かせた猛さんが声をかけてきた。

 「いや、万威って見てくれ抜群だろ。オマエ目当ての客がたくさん居るのも知ってるし」

 「その分、歩合で給料あげてくれますか?」

 「()かせ。調子にのんな」

 猛さんの目線は俺より10センチほど下の170cmそこそこの身長だけど、たまに圧倒されそうなほど大きく感じた。

 人気急上昇中の若手イケメン俳優に似ていると噂の爽やかな容貌から、そこはかとなく漂う元ヤン臭を客は気づいているのだろうか?

 「万威は客の誘いを全部軽く流してるだろ。実際どうなんだよ?」

 「他人の恋愛沙汰に興味もつのは年くってジジイになった証拠だって、」

 「俺はまだ24歳だぜ!」

 「何かのテレビで言ってましたけど」

 涼やかに猛さんに笑ってみせれば、ふてくされた表情で「万威はマジで生意気だ」と返された。

 猛さんの場合は奥さんが居て、まだ2歳の娘が居て、自分の家庭が安泰だからこそ、他人の恋愛云々が楽しいんだろう。

 あいにく、俺はこの手の話題で猛さんを楽しませてやれそうにない。

 「彼女ほしくないのか? 万威のことだから選り取りみどりだろ?」

 「彼女作ってどうするんですか?」