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 俺は脳に異常も見つからず、足と肋骨を何本か単純骨折しただけで、ICUから一般病室へと移された。

 あの自動車のスピードで轢かれて、これだけ外傷がなかったのは奇跡のようだと医者は言った。

 頭を強く打たなかったことが功を奏したらしい。

 入院生活は苦痛だった。

 代わる代わる警察の人間がやってきて心が休まらない。

 ──母親は死んだ。

 しかも加害者が居る殺人事件によって。

 全身を何十箇所も刺された失血死。

 報道もされていたらしいが、あえて全ての情報を遮断していた。

 母親を殺されただけじゃなく、俺は殺人未遂事件の被害者でもあるし、未成年だし、身内は他に居ないしで、とにかく手続きやら何やらが厄介らしい。

 けれど、法律関係に詳しい吏那の父親が俺を助けてくれていた。

 さすが弁護士だとも言うべきか……。

 吏那の父親は厳格で笑いもしないからいつも対面すると緊張する。

 『吏那は君のおかげで笑顔を取り戻した。礼を言う』

 と、言われたこともあるから、どうやら俺は疎まれてはいないらしい。

 体の面から言えば、とにかくギプスが怠い。

 松葉杖の扱いにも慣れたものの、体を動かすことにいちいち面倒が付きまとう。

 いったん咳が出始めると、のた打ち回りたくなるほど肺が痛んだ。

 だけど、この痛みでさえ“生“を実感する。

 ああ、俺は生きていられたのだと。

 「椎名先輩……!」

 吏那の笑顔を自分の眼で見られるのは生きているからこそだ。

 冬休み中とあって、毎日かいがいしく吏那は俺の病室に通ってくれていた。

 一度、見舞いに来た猛さんと吏那が対面した時は、それはもう猛さんがうざすぎた。

 『万威はこんなベッピンな彼女作りやがって。この色男。いっぺん死んで来い! って今はシャレにならねぇか。ガハハハハハ』

 豪快に笑う猛さんに殺意が芽生えたとしても許してほしい。

 心配かけているのはわかっていたから、猛さんをとがめることはしなかったけれど。

 しばらく働けない俺を見捨てることなく、「万威が元気になったら、またコキ使ってやるからな」とまで言ってくれた。

 母親を殺したのは、四十代の会社経営者の男。

 痴情の縺れで、犯行に及んだらしい。

 母親の色香は男を狂わせる。

 狂わせすぎて殺されてどうするのか。

 おかげで俺は天涯孤独って表現される人間になってしまった。

 「椎名先輩。今日は一緒に読書をしましょう」

 「読書?」

 スツールに座っていた吏那が俺の前にノートを置いた。

 古ぼけた大学ノートが数冊。

 吏那はベッドの端に腰を落とした。

 「椎名先輩のお母さんが椎名先輩が産まれてから書いていた育児日記です」

 「は? そんなもん書いてたのかよ」

 信じられない。

 九九もろくに覚えていない女だ。

 開いてみれば、案の定、そこに書かれた字はお世辞にも綺麗だとは言えなかった。

 中身は俺の成長が事細か……とは言えないものの、ありのままの母親の心情が書かれていた。