吏那は顔を俯かせたまま、俺からノートと教科書を両手で受け取り、胸の前で抱きしめる。
名前を言うだけで真っ赤になられると、こちらにも気恥ずかしさが伝染したように思えた。
「へぇ。コウヅキって読むのか」
こく、吏那が小さく頷く。
さっきから全く俺の顔は見ようとしない。
「教室から落としたのか?」
吏那の胸元にある教科書とノートを指差し、尋ねる。
吏那は華奢な肩をびくりと震わせ、やや間があってから首肯した。
嘘だな。
直感でそう確信した。
ここに辿り着いた時の吏那の潤んだ大きな瞳。
1ー1ってことは吏那は特進クラスだ。
頭の出来が良かろうと、くだらない嫌がらせをする人間がいるのは何処も変わらないのだろう。
何だか俺が無性にイラつきに支配された。
「……椎名……先輩……」
「あ?」
俺の癖で低く聞き返してしまうと、また吏那は怯えたように肩で反応する。
「何で俺の名前知ってんだよ」
意識して声を和らげて俺が聞くと、吏那は緊張しているように強張った表情で少しだけ上を向いた。
「椎名先輩は有名だから……」
僅かに鼻にかかった高音域の声は揺れていた。
「有名ね……」
さすがに17年も生きていれば自分の容姿が衆目を集めやすいことに自覚がないわけではない。
けれど、どうでも良かった。
自分のあずかり知らぬところで、名前も知らない人間に褒められていても、けなされていても 興味がないしどちらでもいい。
それよりも今は吏那の怯えをとってやりたかった。
「そんなに怖がるなよ。とって食ったりしねぇし」
「く、食う……?」
ぱちくりと瞬きをし、吏那は小さな頭を横に傾ける。
やっと俺を見た。
長い睫毛に縁取られた円らな瞳が俺をしっかり見上げている。
25センチ、いやもう少し俺よりも身長が低いから自然と上目遣いになっている。
「あー、そうじゃなくて……」
俺にまで移っている吏那の緊張のせいか、うまく頭が回転しない。
「昼休み。俺はいつも此処に居る」
「……?」
「いつでも来い」
会ったばかりの吏那の事情を知らないし、首を突っ込むことは出来ない。
気の利いた励ましの言葉なんて探せないものの、ただ吏那の逃げ場所になればいいと。
自分らしからぬ他者への干渉に自分でも驚いた。
俺だけの誰にも邪魔されない取って置きの静かな場所だったはずなのに。
「ただし、誰にも言うなよ」
けど、不思議と吏那なら悪くないと感じていた。
吏那は他の女子と違ってうるさくなさそうなタイプだし、口堅そうだし。
会ったばかりの吏那にどれだけ信頼を置いているのだと、唇を丸く開いて、俺を見ている吏那に感じていた。
その目が潤んでいったかと思うと、
「はい。ありがとうございます。椎名先輩……」
ふにゃりと笑ってみせた。
“礼なんて、いらねぇよ“
その言葉が喉で消えた。
今にも泣きそうだったかと思えばふわりと笑ったり、吏那は俺の心臓に悪い。
名前を言うだけで真っ赤になられると、こちらにも気恥ずかしさが伝染したように思えた。
「へぇ。コウヅキって読むのか」
こく、吏那が小さく頷く。
さっきから全く俺の顔は見ようとしない。
「教室から落としたのか?」
吏那の胸元にある教科書とノートを指差し、尋ねる。
吏那は華奢な肩をびくりと震わせ、やや間があってから首肯した。
嘘だな。
直感でそう確信した。
ここに辿り着いた時の吏那の潤んだ大きな瞳。
1ー1ってことは吏那は特進クラスだ。
頭の出来が良かろうと、くだらない嫌がらせをする人間がいるのは何処も変わらないのだろう。
何だか俺が無性にイラつきに支配された。
「……椎名……先輩……」
「あ?」
俺の癖で低く聞き返してしまうと、また吏那は怯えたように肩で反応する。
「何で俺の名前知ってんだよ」
意識して声を和らげて俺が聞くと、吏那は緊張しているように強張った表情で少しだけ上を向いた。
「椎名先輩は有名だから……」
僅かに鼻にかかった高音域の声は揺れていた。
「有名ね……」
さすがに17年も生きていれば自分の容姿が衆目を集めやすいことに自覚がないわけではない。
けれど、どうでも良かった。
自分のあずかり知らぬところで、名前も知らない人間に褒められていても、けなされていても 興味がないしどちらでもいい。
それよりも今は吏那の怯えをとってやりたかった。
「そんなに怖がるなよ。とって食ったりしねぇし」
「く、食う……?」
ぱちくりと瞬きをし、吏那は小さな頭を横に傾ける。
やっと俺を見た。
長い睫毛に縁取られた円らな瞳が俺をしっかり見上げている。
25センチ、いやもう少し俺よりも身長が低いから自然と上目遣いになっている。
「あー、そうじゃなくて……」
俺にまで移っている吏那の緊張のせいか、うまく頭が回転しない。
「昼休み。俺はいつも此処に居る」
「……?」
「いつでも来い」
会ったばかりの吏那の事情を知らないし、首を突っ込むことは出来ない。
気の利いた励ましの言葉なんて探せないものの、ただ吏那の逃げ場所になればいいと。
自分らしからぬ他者への干渉に自分でも驚いた。
俺だけの誰にも邪魔されない取って置きの静かな場所だったはずなのに。
「ただし、誰にも言うなよ」
けど、不思議と吏那なら悪くないと感じていた。
吏那は他の女子と違ってうるさくなさそうなタイプだし、口堅そうだし。
会ったばかりの吏那にどれだけ信頼を置いているのだと、唇を丸く開いて、俺を見ている吏那に感じていた。
その目が潤んでいったかと思うと、
「はい。ありがとうございます。椎名先輩……」
ふにゃりと笑ってみせた。
“礼なんて、いらねぇよ“
その言葉が喉で消えた。
今にも泣きそうだったかと思えばふわりと笑ったり、吏那は俺の心臓に悪い。


