***
ずっと私はこのまま眠っていたい。
夢の世界は私に優しいの。
和やかで、穏やかで、誰も、何も、私を傷つけたりしない。
目が覚めたところで厳しい現実が待っているだけ。
代わりに夢の世界には何もないけど……。
「また逃げるんだ?」
私の弱さを私が笑う。
「現実と向き合わなきゃ椎名先輩に会えなくなるよ」
それはやだ……。
椎名先輩は夢よりも幸せな現実を私に教えてくれた人だから……。
私を目覚めさせてくれた人だから。
「──吏那、起きたか?」
「お兄ちゃん……」
寝覚めの目に真っ白な天井が飛び込んできた。
顔を見なくてもお兄ちゃんの声は判別できる。
「私……」
まだ意識が重たい。
上半身を起こそうとすると、右肘に痛みが走った。
見るとガーゼが貼られている。
「吏那の傷は大したことない」
「私……いったい……」
頭の中で稲妻が走り、全てを思い出す。
『……万威をだずげでぇぇ!!』
椎名先輩のお母さんの今際の残響がまだ耳の奥から消えていない。
「椎名先輩は……?」
お兄ちゃんは私を見据えた後、低く答えて目を逸らす。
「ICUに入ってる」
「ICU?」
怖い予感しかしない。
氷が幾つも滑り落ちていくみたいに背筋が凍った。
お兄ちゃんの次の言葉を聞くのに怯えていた。
「万威くんは車に轢かれて、まだ目を覚ましていない」
「!」
「吏那!!」
私はベッドを飛び出して裸足のまま廊下に出た。
ぺたぺたと素足で廊下を翔ける。
「馬鹿。場所わかるのか?」
お兄ちゃんに後ろから腕を捕まれて強引に引き留められる。
「ただでさえ吏那は弱ってる。風邪でも引いたらどうするんだよ」
ぶかぶかのパーカーの袖に腕を通され、簡易スリッパを履かされた。
無言でお兄ちゃんに着いて行くと、集中治療室の前には椎名先輩の友達が揃っている。
織原先輩と、各務先輩と、椎名先輩がナミと呼ぶ三宅先輩。
それに私のお父さんとお母さん、桜高の先生が何人か。
警察らしき人たちもいる。
みんな沈痛な表情で口を開こうとしなかった。
『皮肉なことに俺の家族はあの女しかいねぇんだよ』
いつか椎名先輩がそう言っていたのを裏付けられているみたいだった。
「……椎名先輩のお母さまは?」
「救急車で搬送中に死亡が確認されたそうだ」
お兄ちゃんが私の手を握り締めたまま答えてくれた。
「じゃあ椎名先輩は……?」
誰も答えてくれない。
代わりに各務先輩が声を上げて泣き出した。
「椎名っち。死ぬんじゃねぇよ……」
嗚咽がひどく、つられるように三宅先輩もしゃくり上げて泣き始める。
「やだ……」
「吏那……」
「やだよ……椎名先輩……」
知っていた。
私の記憶は道路を横断している途中でぷっつりと途切れている。
きっと椎名先輩は私を庇って車に轢かれたんだ。
私が道路に飛び出さなければ、椎名先輩は無事だったはずなのに……。
「椎名先輩が居なきゃ、私、生きていけないよ……」
泣き出した私をお兄ちゃんが優しく抱きしめてくれた。
ずっと私はこのまま眠っていたい。
夢の世界は私に優しいの。
和やかで、穏やかで、誰も、何も、私を傷つけたりしない。
目が覚めたところで厳しい現実が待っているだけ。
代わりに夢の世界には何もないけど……。
「また逃げるんだ?」
私の弱さを私が笑う。
「現実と向き合わなきゃ椎名先輩に会えなくなるよ」
それはやだ……。
椎名先輩は夢よりも幸せな現実を私に教えてくれた人だから……。
私を目覚めさせてくれた人だから。
「──吏那、起きたか?」
「お兄ちゃん……」
寝覚めの目に真っ白な天井が飛び込んできた。
顔を見なくてもお兄ちゃんの声は判別できる。
「私……」
まだ意識が重たい。
上半身を起こそうとすると、右肘に痛みが走った。
見るとガーゼが貼られている。
「吏那の傷は大したことない」
「私……いったい……」
頭の中で稲妻が走り、全てを思い出す。
『……万威をだずげでぇぇ!!』
椎名先輩のお母さんの今際の残響がまだ耳の奥から消えていない。
「椎名先輩は……?」
お兄ちゃんは私を見据えた後、低く答えて目を逸らす。
「ICUに入ってる」
「ICU?」
怖い予感しかしない。
氷が幾つも滑り落ちていくみたいに背筋が凍った。
お兄ちゃんの次の言葉を聞くのに怯えていた。
「万威くんは車に轢かれて、まだ目を覚ましていない」
「!」
「吏那!!」
私はベッドを飛び出して裸足のまま廊下に出た。
ぺたぺたと素足で廊下を翔ける。
「馬鹿。場所わかるのか?」
お兄ちゃんに後ろから腕を捕まれて強引に引き留められる。
「ただでさえ吏那は弱ってる。風邪でも引いたらどうするんだよ」
ぶかぶかのパーカーの袖に腕を通され、簡易スリッパを履かされた。
無言でお兄ちゃんに着いて行くと、集中治療室の前には椎名先輩の友達が揃っている。
織原先輩と、各務先輩と、椎名先輩がナミと呼ぶ三宅先輩。
それに私のお父さんとお母さん、桜高の先生が何人か。
警察らしき人たちもいる。
みんな沈痛な表情で口を開こうとしなかった。
『皮肉なことに俺の家族はあの女しかいねぇんだよ』
いつか椎名先輩がそう言っていたのを裏付けられているみたいだった。
「……椎名先輩のお母さまは?」
「救急車で搬送中に死亡が確認されたそうだ」
お兄ちゃんが私の手を握り締めたまま答えてくれた。
「じゃあ椎名先輩は……?」
誰も答えてくれない。
代わりに各務先輩が声を上げて泣き出した。
「椎名っち。死ぬんじゃねぇよ……」
嗚咽がひどく、つられるように三宅先輩もしゃくり上げて泣き始める。
「やだ……」
「吏那……」
「やだよ……椎名先輩……」
知っていた。
私の記憶は道路を横断している途中でぷっつりと途切れている。
きっと椎名先輩は私を庇って車に轢かれたんだ。
私が道路に飛び出さなければ、椎名先輩は無事だったはずなのに……。
「椎名先輩が居なきゃ、私、生きていけないよ……」
泣き出した私をお兄ちゃんが優しく抱きしめてくれた。


