目眩がするほど甘すぎる香水の匂いが鼻腔を刺激した。

 高いピンヒールを履き、ほど良くむっちりとした細長い足はメッシュの黒いストッキングで覆われている。

 誰がどう見ても“夜“の女だとわかるだろう。

 「こんなところで万威に会うとは思わなかった。何してるの?」

 上目で見上げる母親は、匂い立つ女の美しさをぬらぬらと放出している。

 「何でもいいだろうが。離せよ」

 「えー? いいじゃない。家では甘えさせてくれないし」

 「家……」

 吏那が放心したような顔で俺に絡み付く母親を見つめながら、呟いた。

 絶対、吏那に誤解させているだろう。

 「万威。この子、誰?」

 どろどろに溶かした飴玉のように後を引く甘え声で俺に聞く。

 この状況が最高にめんどくさい。

 「俺の彼女」

 「彼女?! 万威に彼女が居たの?」

 吏那を品定めするように不躾に眺める母親。

 吏那は完全に萎縮してしまっている。

 「関係ねぇだろ。とっとと離せ」

 「めちゃくちゃ可愛い子じゃない!
 万威ってセクシー系よりキュート系が好きだったのね」

 母親の関心は吏那に移ったようで、空いている吏那の片手を握った。

 「初めまして。えっと……」

 「あ。紅月吏那です」

 「吏那ちゃんね。改めまして万威の母親です。よろしくね」

 「母親……?」

 吏那が疑問を訴えるように俺を見上げる。

 「もう行くぞ。吏那」

 手荒に吏那の手を引き、母親を振り切るように歩き出す。

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 あの女はいつも身勝手に俺を振り回す。

 むしゃくしゃするのが止められない。

 ロータリー前まで来て壁に凭れた。

 隣には息切れしてる吏那が必死に呼吸を整えている。

 頭に血が昇ったからって俺のペースで歩かせて吏那を気遣えなかった。

 「吏那、悪い。大丈夫か?」

 そう尋ねると、呼吸を整わせるように吏那は大きく息を吐いた。

 「……大丈夫じゃなさそうなのは……椎名先輩です……」

 とぎれとぎれの吏那の鋭い指摘に胸が詰まった。

 吏那は頬を上気させたまま、俺を心配そうに見つめている。

 ただ、不安げなその目は俺に“大丈夫“だと訴えかけている。

 少しの沈黙を守った後、俺は観念し、口を開いた。

 「あれ。俺の母親」

 「びっくりしました」

 「だよな」

 「余りにも若くて。それに今まで見た女性の中で一番美人だったので。少し椎名先輩に似ています」

 「冗談だろ」

 わかっている。

 俺の顔は疑う余地がないくらい母親譲りだってことくらいは。

 「……吏那に知られたくなかった」

 あの男にだらしない女が俺の母親だと知られるのは全裸を見られることより気まずかった。

 「……何で、ですか?」

 「俺があの女を嫌いだからだ」

 「……」

 「皮肉なことに俺の家族はあの女しかいねぇんだよ」

 誰かに母親のことを吐露したのは初めてだ。