椎名 万威
女のような響きの名前だと、どことなく嫌悪を感じていたのは遠い記憶の彼方である。
他者と自分を区別する名前さえ、正直何でも良かった。
東京都立桜山高等学校・2年7組在籍。
桜山駅の東口から徒歩1分とかからない場所に立地され、特進コースと普通コースとでなる男女比半々の共学校。
当然、俺は普通コースで、各学年若い番号に配置されている特進コースのクラスの面々とは偏差値が違う。
高校生活は部活に熱を入れるわけでもなく、かといって勉強に力を入れるわけでもなく、恋愛沙汰に現を抜かすわけでもなく。
ただ何となく朝が来れば学校に行き、放課後になれば居なくなる。
時間を浪費するだけの場所にしか過ぎない。
この時間も働ければ少しでも多く稼げるのに。
俺には金が必要だった。
あの女から解放される唯一の手段は金しかない。
それにしても何でこの学校の自販機には冷たいココアが売っていないんだろう。
あの日、美術室で苦いコーヒー牛乳パック片手にメロンパンを食べ終わろうとしていた時だった。
──バサバサバサ
視界の端、窓の外で何かが物音をたてなから落下した。
鳥が怪我でもして空から落ちてきたのだろうか。
椅子から立ち上がり、開け放った窓に近づいた。
教科書とノートが何も咲いていない寂しい花壇の土の上に落ちていた。
上履きのまま、窓を跨いで外に出て、手が汚れるのも構わず土ぼこりにまみれたそれらを拾い上げる。
大学ノートには1ー1……この名前は何と読むのだろう。
整った生真面目な文字で“紅月 吏那“と明記されている。
どうして、こんなものが上から降ってくるのか疑問に思いながら、そっと視線の先を上へと流す。
確かここの2階より上は1年生の教室が並んでいる。
校舎を見上げたところで特に教室のベランダへと人が出ている様子もなかった。
「あっ……」
澄んだ声を鼓膜が拾う。
「ん?」
視線を向けた先、俺を見つめていたのは、一人の女生徒。
ふわりと胸まで伸びた色素の薄い緩やかな髪。
小作りな顔に、大きな円い瞳、薄桃色の唇が行儀よく配置されている。
風が吹けば、実際に舞い上がってしまいそうな軽やかで透明感のある……妖精のような美少女だった。
「……」
「……」
互いに無言で見つめ合う。
吏那が頬を染めて、大袈裟なくらい激しく目を逸らした瞬間、自分自身が彼女に瞳を奪われていたことを初めて自覚した。
「これ、君の……? えっとアカツキリナさん?」
砂を払いながら、吏那にノートと教科書を差し出す。
「……ヅキです」
「あ?」
吏那の声が小さすぎて、思わず聞き返す。
俺の低い声色が怖かったのか吏那は俯いたまま、肩を大きく震わせた。
余りにも初々しいピュアな反応に、こちらの気持ちが逸る。
「悪い。脅かしたつもりねぇんだけど」
「こ……コウヅキです……」
女のような響きの名前だと、どことなく嫌悪を感じていたのは遠い記憶の彼方である。
他者と自分を区別する名前さえ、正直何でも良かった。
東京都立桜山高等学校・2年7組在籍。
桜山駅の東口から徒歩1分とかからない場所に立地され、特進コースと普通コースとでなる男女比半々の共学校。
当然、俺は普通コースで、各学年若い番号に配置されている特進コースのクラスの面々とは偏差値が違う。
高校生活は部活に熱を入れるわけでもなく、かといって勉強に力を入れるわけでもなく、恋愛沙汰に現を抜かすわけでもなく。
ただ何となく朝が来れば学校に行き、放課後になれば居なくなる。
時間を浪費するだけの場所にしか過ぎない。
この時間も働ければ少しでも多く稼げるのに。
俺には金が必要だった。
あの女から解放される唯一の手段は金しかない。
それにしても何でこの学校の自販機には冷たいココアが売っていないんだろう。
あの日、美術室で苦いコーヒー牛乳パック片手にメロンパンを食べ終わろうとしていた時だった。
──バサバサバサ
視界の端、窓の外で何かが物音をたてなから落下した。
鳥が怪我でもして空から落ちてきたのだろうか。
椅子から立ち上がり、開け放った窓に近づいた。
教科書とノートが何も咲いていない寂しい花壇の土の上に落ちていた。
上履きのまま、窓を跨いで外に出て、手が汚れるのも構わず土ぼこりにまみれたそれらを拾い上げる。
大学ノートには1ー1……この名前は何と読むのだろう。
整った生真面目な文字で“紅月 吏那“と明記されている。
どうして、こんなものが上から降ってくるのか疑問に思いながら、そっと視線の先を上へと流す。
確かここの2階より上は1年生の教室が並んでいる。
校舎を見上げたところで特に教室のベランダへと人が出ている様子もなかった。
「あっ……」
澄んだ声を鼓膜が拾う。
「ん?」
視線を向けた先、俺を見つめていたのは、一人の女生徒。
ふわりと胸まで伸びた色素の薄い緩やかな髪。
小作りな顔に、大きな円い瞳、薄桃色の唇が行儀よく配置されている。
風が吹けば、実際に舞い上がってしまいそうな軽やかで透明感のある……妖精のような美少女だった。
「……」
「……」
互いに無言で見つめ合う。
吏那が頬を染めて、大袈裟なくらい激しく目を逸らした瞬間、自分自身が彼女に瞳を奪われていたことを初めて自覚した。
「これ、君の……? えっとアカツキリナさん?」
砂を払いながら、吏那にノートと教科書を差し出す。
「……ヅキです」
「あ?」
吏那の声が小さすぎて、思わず聞き返す。
俺の低い声色が怖かったのか吏那は俯いたまま、肩を大きく震わせた。
余りにも初々しいピュアな反応に、こちらの気持ちが逸る。
「悪い。脅かしたつもりねぇんだけど」
「こ……コウヅキです……」


