その瞬間、君は世界に対して無防備になる。

 ***

 今日も朝日は冷えきった地上に穏やかな光と熱を届けた。

 暦の上では師走に突入し、厳しい寒さが骨身に染みる頃。

 俺は変わらず美術室で吏那と昼休みを過ごしていた。

 変わったことと言えば、吏那が作ってくれた弁当を昼食として食べるようになったこと。

 何より目の前の吏那が“俺の彼女“だってこと。

 「今日は卵焼きうまく焼けたんです」

 「あぁ。うまい」

 吏那は吏那母に習いながら自分の分と一緒に俺の弁当を学校のある日は作ってくれていた。

 初めは申し訳ないと遠慮したけど、

 『吏那に料理を教えるのにちょうどいいの。私があんなに言っても進んでキッチンに立たなかったのに、本人がいつになくやる気だしたのよ。
 それに万威くんが吏那を助けてくれたお礼まだまだ足りないと思ってるから』

 と、吏那母に押し切られるような形で甘えてしまっている。

 「良かった……」

 吏那の柔らかい頬が綻ぶ。

 日に日に吏那への愛しさが増していく。

 きりがなさすぎて、自分でもどこまで吏那を好きになるのか怖くなる。

 「外は寒くても、ここは暖かくて気持ちいいですね」

 「──だな」

 美術室の日当たりの良さだけじゃない。

 温かいのは、ここに吏那が居るからだ、と本気で思う。

 「もうすぐクリスマスですね」

 「その前に期末テストがあるだろ」

 「そういうときめきのないこと言わないでください」

 「ときめき……」

 微笑ましくて、思わず軽く笑う。

 俺の人生で“ときめき“なんて単語が使われる日が来るとは思わなかった。

 「何か馬鹿にしてますか?」

 むっと唇を尖らせる吏那。

 その表情さえ、可愛くて、吏那の一瞬一瞬を余すところなく心に焼き付けておきたくなる。

 「何か欲しいものあるか?」

 「え?」

 「クリスマス。高校生の身分だから高いものは買ってやれそうにねぇけど」

 「そんな……」

 吏那はもじもじし始める。

 本人は隠してるつもりらしいけど、嬉しいんだと明解だ。

 「じゃあ、あの……椎名先輩のネクタイピンをもらいたいです」

 一瞬、疑問符が浮かんだけど、すぐにわかった。

 『桜高では彼氏のネクタイピンを彼女がリボンにつけるのが流行ってるんだよ』

 確か、織原がそう言っていた。

 「そんなもん今すぐにだってやるよ」

 「本当ですか!」

 「あぁ。その前に探す必要があるけど」

 吏那は手を叩いて喜んでいる。

 まさか俺がその流行りにのる日が来るとは。

 最初に聞いた時はばかばかしくて何のためだと思ってたけど変わるものだ。

 俺を変えたのも、モノクロだった世界に色彩を与えて輝かせたのも吏那だ。

 身を以って知る。

 恋の魔力は強大だと。

 「それプレゼントになってないからちゃんと考えとけよ」

 「えぇー? 私、椎名先輩とこうして一緒に居られるだけで幸せで余り他のことを考える余裕がないです」

 言うかな。

 そういう可愛いことを至極真面目に。

 無自覚に俺の心臓をぶっ潰す破壊力を持つ。

 そのふわふわした唇を奪ってやりたい。

 「そろそろ戻るか?」

 「……そうですね」

 けど、節度は守らなければならない。

 未だに吏那とは触れるだけのキス止まりだった。

 舌を突っ込みたくなるだとか、先に進みたくなる衝動はなけなしの理性でどうにか沈めている。

 吏那が欲しい。今より、もっと、吏那を知りたい。

 自分の欲を優先させれば、とりつくしまもなくなる。

 俺のほうが余裕がなかった。

 けど、今は……。

 「あの角まで手を繋がせろよ」

 「ど、どうぞ……」

 やっと握れた吏那の小さな手が離れないよう、力加減を間違えないで大事に守ってやりたかった。