その瞬間、君は世界に対して無防備になる。

 言葉も交わさずにただ泣きじゃくる吏那と抱きしめ合う。

 互いの存在を刻みつけるように。

 五感の全てで相手を感じるように。

 「吏那……」

 腕を緩め、目線を下げた先にあったのは涙でぐちゃぐちゃな吏那の顔。

 こんなに吏那は可愛かったか?

 俺は重症だ。

 吏那が最強に可愛く見えて仕方ない。

 「ずっと会いたかった、吏那」

 「私のせいで、椎名先輩が停学になってごめんなさい」

 「吏那のせいじゃねぇだろ。停学なんて大したことない。それより火傷は大丈夫か?」

 「大したことあります。私のことはいいんです……」

 また吏那の目からは新たな涙が生成される。

 それは純度の高いクリスタルのように綺麗で、舐めてみたい衝動を必死に堪えた。

 「良くねぇよ」

 親指で吏那の頬を軽く擦る。

 頬を濡らす涙は拭える程度の量じゃない。

 「俺は吏那が好きだ」

 今度はその目を見つめて、はっきりと伝える。

 告白って気力がいる。

 心臓がぶっ壊れそうなほど加熱していた。

 「……」

 ここまできて吏那は困ったように逡巡している。

 往生際の悪い女だと思った。

 けど、それだけ吏那は傷ついて苦しんで、強固な砦を作ってしまった。

 簡単に外へ出ろと言うわけにもいかない。

 「俺も男だ」

 「……女には見えないです」

 「好きな女が腕の中に居ればどうにかしたくなるだろ」

 「な……」

 吏那の頬が真っ赤に染まる。

 「俺をフるなら今のうちしかねぇよ」

 余裕げに笑ってみせたものの内心では苦笑いする。

 吏那にフラれたら本気で生きていけなくなりそうだ。

 余裕なんて少しもない。

 今だって吏那に何を言われるのか、どう反応するのか、いちいち臆してる。

 「私……」

 その無垢な双眸でジッと見上げるのはやめてほしい。

 いろいろと抑制が利かなくなりそうだ。

 「椎名先輩の彼女になってもいいんですか?」

 そう来るか。

 不安を拭いきれない縋るような瞳で、吏那は自分のことより俺を優先する。

 「当たり前じゃねぇか」

 そう答えると、吏那は小さく笑った。

 「椎名先輩が大好きです……」

 大好きは反則だろ。

 どんな殺し文句なのか。

 「吏那……」

 ゆっくり顔を近づける。

 鼻と鼻がぶつからないように右へ傾け、吏那の唇に唇を触れ合わせた。

 僅か一秒にも満たない触れるだけのキス。

 それなのに恐ろしいほど俺の胸を満ち足りた気持ちにさせた。

 二度、三度と、吏那の柔らかな唇を堪能したいが、今はこれだけにしておく。

 恥ずかしそうに伏し目がちになっている吏那を見下ろす。

 どれだけ俺の心拍を乱してくれるのかと問い詰めてやりたいくらいには俺は吏那に溺れていた。

 「遅刻だけど、学校、行くか?」

 「……はい……」

 やっと、吏那と通じ合えた。

 長く、遠く、やっと……。

 ──二度と吏那を離したくない。

 この時は固く信じて疑わなかったのに。

 非情にも二人を引き裂いたあの事件は音も立てずに刻一刻と忍び寄ってきていた。