宗志さんは短く嘆息した。

 「それだけじゃないだろう。
 ますます思ったはずだ。“椎名先輩に自分はふさわしくない“と」

 「何で……」

 「吏那は最初から万威くんに心を開いたか?」

 記憶を掘り返す。

 俺が誘っても吏那はなかなか美術室に来なかった。

 一緒に回ろうと告げた文化祭も最初は渋られている。

 「吏那は万威くんの重荷になりたくないんだよ。好きだから尚更だ」

 吏那が重荷になんかなるわけがない。

 口を開けば俺に迷惑をかけることばかりを気にしていた。

 何なんだよ。

 フラれてやってもいいと思ったけど、不可能だった。

 どうしても俺の手で吏那を守ってやりたい。

 「面倒だと思ったか?」

 宗志さんの声が冷たく突き刺さった。

 試されてる。

 俺がどうするのか。

 吏那から逃げ出すか、それとも向き合うのかを。

 「万威くんなら吐いて捨てるほど女が寄ってくるだろう。
 別にウチの吏那じゃなくてもいい」

 俺は大きく首を振った。

 「吏那が好きで諦められそうにないです。吏那に会わせてください。お願いします」

 体をなるべく宗志さん側に向け、深く頭を下げる。

 宗志さんは「言うじゃないか」と俺を茶化す。

 寂しそうで、嬉しそうな複雑な声音をしていた。

 「いつまでも吏那が部屋で塞ぎこんでいるから紅月家一同困ってたところだ。明日の朝、家に来てくれないか?
 もちろん俺が車で迎えに行く」

 その申し出を俺は迷わず受け入れた。

 車で猛さんの店まで送ってもらい、俺の住所を教え、宗志さんとは別れた。

 いつもより更に冷えた深い夜道をバイクで飛ばしていく。

 もし俺が今、この瞬間に急に眠ってしまったとしたら……。

 ゾクッと嫌な感覚が胃を収縮させる。

 何をするにも吏那はこうなのか?

 唐突に現実から切り離される恐怖。

 きっと吏那はこれから自動車の運転免許を取得することもできないだろう。

 俺に吏那の恐怖は計り知れないけど、吏那一人で背負わせたくない。

 同情でも、憐憫でも、偽善でもない。

 ──俺にはどうしても吏那が必要だった。