宗志さんの言葉が胸に広がった。

 ──吏那はその瞬間、世界に対して無防備になる。

 「例えば踏切を渡っている途中で眠ってしまったらどうなると思う?」

 宗志さんに問われて、事の重大さが鉛のようにのしかかってくる。

 「階段を上がっている途中で眠ってしまったら……」

 合点がいった。

 いつも吏那がどこか不安そうにしていた理由。

 いじめられていただけじゃなかった。

 「間違いなく死ぬ。常に吏那はいつ襲うかもしれない睡眠の恐怖と常に戦っているんだよ」

 宗志さんの声は陰っている。

 憤りが滲み出ていた。

 「吏那の症状を理解しろってほうが無理な話だ。
 体は健康だし、突然眠ってしまうなんて聞かされても馬鹿げてるとしか思われないだろう。
 俺だって妹可愛さだけで、毎日送迎なんてしたりしない。
 吏那を一人で通学させられないからだ」

 俺の中で点と点が線で結ばれていく。

 そういえば、吏那は一度美術室に来なかったことがあった。

 あれは、きっと眠ってしまったからに違いない。

 「睡眠障害って言っても障害扱いされるわけじゃない。
 学校に伝えてはいるけど、何処まで理解してくれてるのかはわからない。
 自然と吏那は他人と距離を置くようになった。
 あいつのスマホのアドレスには家族以外、入っていない」

 苦しくても怖くても不安でも周りに理解してもらえない。

 それどころか居眠りや授業のサボりや体育の欠席を“ずるい“と責められて、嫌がらせを受けていた。

 どんな気持ちで吏那はあの校舎で毎日を過ごしてきたんだろう。

 あの小さな体で一人で抱え込むのは到底無理な話だ。

 みずくさい。何で俺に言ってくれなかったのか……。

 握った拳が小刻みに震えた。

 「深刻に話したが、別に毎日症状が襲うわけじゃない。半年ほど普通だったこともある。
 だからこそいつ症状が出るか怖いんだよ。服薬してても万能じゃなくて気休め程度に過ぎない。具体的な治療法もないらしいしな」

 治療法がないって、治らないってことか?

 一生吏那はいつ襲うかわからない睡眠の恐怖に悩まされ続けなきゃならないってことか?

 「話は戻るが、」

 「……」

 「文化祭の帰りに助手席で吏那が突然眠ってしまったと言っただろう?」

 「はい」

 「それから4日間眠っていた。一度も起きずにだ」

 「……」

 「今まで2日眠り続けたことならあった。今回は新記録だ」

 突然眠ってしまうだけじゃなくて、吏那は人より長く寝てしまうこともあるのか……?

 「さすがに目覚めた時、吏那もショックだったらしくてな。
 4日も寝続けるとすぐには体が思うように動かせなくなるって言ってた」

 「それで吏那は学校を休んでるんですか?」