声のトーンが下がった。

 今までのはジャブ程度で此処からが本番だと悟る。

 「好きです」

 「潔いな。文句が言えないじゃないか」

 宗志さんは電子煙草を唇から離し、軽く眉を顰めた。

 「文化祭の日。迎えに行った吏那は泣いていた」

 「……」

 俺が吏那を泣かせたのか。

 無理もない。

 吏那の腹に負わされた火傷の痕を見て、怒りにかられて勝手に暴走したのは俺だ。

 「好きな人に好きだと言われて、怖いくらい嬉しいと」

 自分の聴覚を疑った。

 吏那の好きな人は……俺なのか?

 「まさか知らなかったわけじゃないよな」

 宗志さんの声色には呆れが混ざっていた。

 俺の驚愕が露呈していたのかもしれない。

 「『私のせいで停学になったのに、椎名先輩に好きだと言われて喜んでいる自分が嫌だ』と車の中で泣き続けてた」

 吏那が愛おしい。

 初めて使ったそんな言葉はこの胸に去来する感情を現すはずだ。

 「ったく。吏那を泣かせやがって」

 「すみません」

 吏那に会いたい。

 すぐ会いたい。

 今にも走り出したいほど、感情が溢れ出す。

 ずっと苦悩してた反動か、吏那の顔が見たくて抑え切る自信がない。

 ただ残る一抹の懸念。

 「どうして吏那はあれから学校を休んでるんですか?」

 そう聞くなり、宗志さんは眉間の皺を濃くし、形の良い唇を引き結んだ。

 少なくとも耳に優しい話じゃないんだろう。

 「俺が万威くんに話したかったのはそのことだ」

 電子タバコの爽快な残り香が車内に漂っているが嫌いな匂いではなかった。

 「吏那は助手席で泣きながらも、スマホの画面を見ては恥ずかしそうに笑ってたんだ。
 初めて2人で撮った写真だから宝物だと見せびらかしてきた」

 そういえばヴァンパイア姿のまま吏那のスマホで一緒に写真を撮った。

 宝物か。

 この場所で吏那がそうしていたのかと想像すると、胸の奥が擽られてる心地だ。

 「椎名先輩は王子様みたいだとか言うから、正気かよとも思ったな。
 こっちは正直“椎名先輩“ののろけは懲り懲りだと思ってた時、唐突に吏那の声が止まった」

 宗志さんの瞳が沈んだのがわかって、胃の辺りが持ち上がるような不穏な感覚がした。

 「このタイミングで来たかってな」

 「タイミング……」

 「その口振りからして、やっぱり万威くんは知らないんだな。
 吏那も椎名先輩の前では大丈夫だったと言っていた」

 「大丈夫って何がですか?」

 そこで宗志さんは口を一度閉ざす。

 ある程度、煙草の匂いが消えたと判断したのか運転席の窓を閉めた。

 それはまるで今から話す重要事項を外には漏らすまいと警戒しているようにも見えた。

 「──吏那は、睡眠障害を抱えている」