心身を引き裂くような強い冷え込みに思わず身を震わせた。

 ただ冬の夜は嫌いじゃない。

 乾燥しきった澄んだ空気が夜の闇を引き立たせているように感じられた。

 まだ23:30には早かったが、宗志さんの兄は路肩に車を駐車し、俺を待っていた。

 吏那を乗せていた高級SUVの助手席に今は俺が乗っている。

 車内の空気は酸素が薄いんじゃないかと思うほど、重々しいものであった。

 「この時間じゃ飲み屋くらいしか空いてないか。さすがに高校の制服着たガキを連れていけないし……」

 さらっと癪に障る物言いをする。

 「此処で構いませんけど」

 相手のペースにはまらないよう丁寧に返した。

 「適当に走らせるか」

 東京は不夜城だと言うが、どのオフィスビルもまだちらほら窓に明かりが灯っている。

 走り出して早々に宗志さんは車を停め、何も言わずに一人だけ降りてコーヒーショップへ入ってしまう。

 「甘そうなものを選んできた」

 と、俺に容器を手渡す。

 自販機の缶コーヒーじゃないところが、何とも吏那の兄らしかった。

 俺の好みまで把握されているのか。

 「金は払います」

 「いらない。俺が誘ったんだ。むしろ安すぎるくらいで万威くんには申し訳なく思っている」

 この人に金を押し付けたところで受け取らないだろう。

 コーヒー片手にハンドルを握る宗志さんの横顔は大人の緩さと余裕さを放出している。

 「いただきます」

 素直に奢られたそれに口つける。

 口内にはキャラメルの甘さと温かさが広がった。

 「不躾にすまなかったな」

 吏那の兄だけあって礼儀は重んじる人なんだろう。

 宗志さんは大学3年生で、弁護士である父親の事務所を手伝いながら、司法試験の合格を目指して勉強していると教えてくれた。

 ナミから聞いていた吏那の父親が弁護士だという噂は事実だと証明された。

 「最近、吏那の様子が変わったんだ。やけに見た目を気にするようになったり、笑うことが増えた。
 気になって問い詰めてやったら、案の定“椎名先輩“って男の影がちらついていた」

 そこで宗志さんは俺を一瞥した。

 やはり敵意が混じった鋭い眼差しだ。

 「俺にばらしてしまって楽になったんだろうな。吏那は口を開けば“椎名先輩“のことばかり話すようになった。
 吏那は親しい友人が居ない。誰かに話したくてうずうずしていたんだろう」

 吏那が俺のことを……。

 宗志さんの刺のある口振りからすると俺を悪くは言っていないんだろう。

 「お前、煙草は?」

 「吸いませんけど」

 嗜好品は金がかかる。

 その前に俺は未成年だけど。

 「へぇ。意外だな。最初は不良なのかと思った」

 は?

 ホストだと言われたかと思ったら今度は不良か。

 散々な印象だ。

 元ヤンの猛さんから譲ってもらったあのバイクに乗ってたら、そう思われても仕方ないのかもしれない。

 「俺は吸っても?」

 「どうぞ、ご自由に」

 宗志さんは電子タバコを唇に銜えた。

 運転席側の僅かに開けられた窓が車内の熱を一気に冷やしてしまった。

 「寒いか?」

 「いや、平気です」

 むしろ利きすぎた暖房で頭が熱くなっていたから冷気が心地よいくらいだった。

 「参ったな。もっと万威くんがちゃらんぽらんな男だったら良かったのに、」

 「はい?」

 「“椎名先輩“の粗を探しても見つからない」

 宗志さんに俺の粗探しをされていたのか。

 気づいてはいたけど、宗志さんは吏那が大事なんだろう。

 いわゆるシスコンって呼ばれるものだろうか。

 吏那みたいな可愛い妹が居ればそうなるのも無理はないと思えてしまう。

 「万威くんは吏那のことが好きなんだってな」