腕を引き吏那の上半身を起こし、俺が乱した制服を直していく。

 机に座った状態の吏那は俯き、しばらく口を閉ざしていた。

 「……私が悪いんです……」

 やがて紡がれた吏那の声は聴覚を研ぎ澄まさなければ聞こえないほど、弱々しく。

 「……同じクラスの子たちに言われてたように、私はずるくて……」

 肩がずっと小刻みに揺れていた。

 「さっき。椎名先輩が着替えてる間に、コテで……」

 コテとは、さすがにハンダゴテじゃないだろう。

 たまにクラスでも女子が髪を巻いてる時に使っているあれか。

 「……私なんかが椎名先輩の傍に居る資格なんてないってわかってたのに……。わきまえることが出来なくて……」

 吏那の大きな目が涙で彩られていく。

 「……だって、……どうしても、椎名先輩と一緒に居たかったんです……」

 新雪のように白い頬を涙の雫が伝った。

 瞬間。俺の中で何かが音をたてて崩壊した。

 「──どこに居る?」

 俺から生まれたドスの利いた低音に吏那が涙に濡れた目を見張る。

 「……椎名……先輩……」

 「そいつら、どこに居る」

 殺気だった鋭い眼差しを吏那に据えると怯えたように表情を凍らせていた。

 「言わねぇと……」

 あえて言葉を切り、吏那の細い顎を持ち上げる。

 吏那の淡い瞳が俺を映して揺れていた。

 「たぶん私の教室に……。文化部にも使われなかったので……」

 「へぇ。1年1組か……」

 突き動かされた仄暗い感情に迷いは微塵もなかった。

 「椎名先輩……!」

 俺は1年1組の教室を目指して大股で廊下を進んでいく。

 ──許せなかった。

 俺から迸る異様なまでの殺気に、廊下を過ぎていく人間はみんな硬直していた。

 「椎名先輩! 何する気ですか?!」

 俺を止めようと、後ろから必死について来る吏那。

 小犬が足元にじゃれついてくるようなもので、何の障害にもなりはしなかった。

 「椎名先輩……!!」

 吏那は抱き締めるように両手で俺の腕にしがみついてきた。

 さすがに足を止めざるをえない。

 「私、大丈夫ですから……」

 吏那は涙を拭うこともしないで、俺を見上げた。

 「俺が大丈夫じゃねぇんだよ」

 ずっと憤っていた。

 吏那は俺に泣き言も弱音も言わないし、頼らない。

 教科書とノートが俺の目の前に降ってきた初めて出会った時からそうだった。

 俺は吏那に何が出来るんだろう。

 何をしてやれる?

 吏那が望まないのなら、見守ることしか出来なかった。

 無力感が歯がゆくて、どうにかしたくて、どうにも出来なくて、どうにかなりそうだ。

 けど、吏那だって意思を持たない人形なわけではない。

 余計な手出しは、かえって吏那の立場を無視することになって傷つける。

 それは理解している。

 わかってるけど。

 もうとっくに限界を越えていた。

 「吏那を傷つけられて黙ってられるほど、あいにく俺は大人じゃねぇよ」