廊下に出てからも不特定の人間に無断で写真を撮られ続けているのは知っている。

 いちいちどうこう言うのも怠くて、そのままにしていた。

 俺に写真の許可を得にきたのは吏那だけだった。

 「コーヒーのチケット渡してただろうが。店に来れば良かったじゃねぇか」

 「あの大行列に並ぶ勇気はありませんでした」

 「吏那なら並ばなくても入れてやるよ」

 「そういうのはダメです。ちゃんと並んでる人たちに悪いです」

 こういうところが吏那は真面目というか堅い。

 「椎名先輩、似合いすぎて恐ろしいです。本物みたいです」

 「そうか。本物のヴァンパイアがいまいちよくわからねぇけど」

 「椎名先輩。もう一枚だけ近くで撮らせてください」

 吏那がスマホを両手で構える。

 「俺だけ撮っても仕方ねぇだろ」

 「あ……」

 それを難無く取り上げて、吏那の肩を引き寄せた。

 わたあめのように軽く、簡単に吏那と接近する。

 「どうやって撮るんだよ。これ」

 「えっ、と……」

 スマホを持っていない俺にはハイテク機器を使いこなせる芸当は持ち合わせていない。

 近づいたまま、吏那に手渡すと、

 「カメラを内側に切り替えて……」

 ぼそぼそ言いながら画面をタップしている。

 いつの間にか詰まっていた吏那との距離。

 近くで見ても毛穴一つない柔らかそうな頬。

 「この画面の丸いボタンを押すと撮れます」

 吏那の頬をつついてみたいと不届きに芽生えた感情を阻止し、渡されたスマホを上昇させ、覗き込む。

 スマホの画面には俺と吏那が映った。

 こんなに画質がいいものなのかと初めて知った。

 「顔が切れてるだろ」

 「あ、はい……」

 おずおずと近寄る吏那。

 湯上がりのような石鹸の香りが甘く鼻孔をくすぐって心拍が乱れた。

 たかがこれだけで、目の前がくらみそうになる。

 吏那と写真を何枚か収め、俺は今度こそ牙とマントをとった。

 「俺が着替えてるとこ見たいのか?」

 「……え?」

 「どこまでついてくるつもりだよ」

 “男子用更衣室“と書かれた貼紙を指差し吏那に意地の悪い笑みを向けた。

 「わ……! ご、ごめんなさいっ!」

 頬が羞恥で赤く色づき、背中を向けた吏那。

 吏那の後ろ姿を見つめながら、俺はくつくつ喉奥で笑った。

 「すぐ着替えてくるから、そこでちょっと待ってろ」

 「はい……」

 ほっそりとした肩を小さく丸め、吏那は消え入りそうな声で返事をした。

 文化祭の終了時刻は15時。

 あと少し、吏那と見られるか。

 俺は暗幕が貼られた教室へと入った。


 「ねぇ。紅月さん」

 「ちょっと来てくんない?」

 ──その間、吏那の身に起きていたことも知らずに。