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 午前からシフトに入っている織原のおかげ(せい)か、俺が当番の頃には捌ききれないほどの客がハロウィン喫茶に行列を成していた。

 「お。吏那ちゃんとデート羨ましいリア充マジ爆発しろの椎名っちだ」

 「すげぇな。これ」

 俺が店内に入ると、ミイラ男こと顔面を包帯でグルグル巻きにして、接客中の各務が出迎えた。

 ヴァンパイアの衣裳に着替え、女子に渡された牙を装着した俺はシフトを変わるべく厨房に向かった。

 「織原。それ、俺が運ぶ」

 お盆にはオレンジジュースが二つグラスに乗せられ、からころ氷と擦れ合い軽やかな音を奏でている。

 朝から酷使されてるはずの織原は涼やかな笑みを象った。

 「驚いたな。万威その牙、似合うね」

 「結構、喋りにくい。終わったらすぐ外す」

 「そうか。次のシフトの時は俺もつけようかな」

 織原は俺に盆を渡すと、

 「よろしく、万威」

 と俺の耳元で囁いた。

 「織原は彼女が来るんじゃねぇのか?」

 「来ないよ。彼女はバイト入ってる。それに大学生の彼女に高校の文化祭はね。俺は各務と一通り回ってくるよ」

 「俺の腰ポケットにいろいろ無料券が入ってるから使ってこいよ」

 「紅月さんと使わなくていいの?」

 「もう食ってきた。やたらと渡されたから、全部やる」

 「さすが万威だね。お言葉に甘えて受け取っておくよ」

 織原は俺の腰ポケットに手をつっこみ、くしゃくしゃになっている各種無料券を持っていった。

 「あーあ。俺はオリハランと回るのかよ」

 「それは織原の台詞だろうが。早く行け」

 ぐちぐち呟くミイラ男・各務を連れて、織原は休憩に入った。

 「お待たせしました。オレンジジュースです」

 早速テーブルにオーダーされた品を運ぶ。

 接客はバイトで猛さんに仕込まれているから、お手の物だった。

 恐ろしくマントと牙は邪魔だけど。

 「きゃー椎名くんだ!」

 「椎名くんかっこいい……」

 「2時間並んでて良かった」

 「尊い……」

 「かっこよすぎて死ぬ」

 「何なんだろう、同じ空気を吸えてるだけで幸せ……」

 息も吐かせてくれないほど、オーダーをとって、運んで、その間勝手にスマホの背面を向けられ続けてと繰り返しているうちに、あっという間に14時の交代時間となった。

 「えー! 椎名くん居なくなっちゃうのー?」

 客からのブーイングは休憩から戻ってきた織原が全て受けとめてくれるだろう。

 本気で疲れた。

 ヴァンパイア姿のまま、男子用の更衣室となっている教室へ向かう。

 早く脱ぎだい。

 先に牙をとろうかと口元に指を向かわせる。

 「椎名先輩……!」

 呼び止められて振り返ると吏那がとことこと歩いてきた。

 「脱いじゃう前に写真撮らせてください」

 スマホの背面を俺に向けている。