いきなり“さん“付けした俺にナミは眉を大きく顰める。

 隣の吏那がくすくす笑いをかみ殺している。

 「俺らの喫茶店ぼったくりだからな。来る必要ねぇよ」

 急に気恥ずかしくなり、そのまま投票会場を後にした。

 廊下に出ても、吏那はまだ笑いが収まらないようだ。

 「そんな笑ってんなって」

 「だって椎名先輩が強引すぎて不自然で。
 しかも自分のクラスをぼったくりとか言ってるし……」

 「仕方ねぇだろうが。それは事実だからな」

 ふてくされたくなった。

 いつまで笑っていれば気が済むのか。

 「ちゃんとわかってます。私が昨日呼び捨てが嫌だって伝えてしまったからですよね」

 吏那は俺を見上げて、柔らかく微笑んだ。

 「ちゃんと、私、大丈夫です。
 ありがとうございます。やっぱり椎名先輩は優しいです」

 鼓動が静かに加速する。

 吏那にどう反応すればいいのかわからない。

 『そんなことねぇよ』『別に』『うぬぼれんじゃねぇよ』

 照れ隠しの幼稚で乱暴な台詞ばかりが浮かんでは消える。

 それらは全て飲み込んで、

 「吏那、はぐれんなよ」

 人混みを言い訳に吏那の手を握った。

 「……はい」

 大人しく握り返してくる俺に比べて小さな手。

 冷たい吏那の手が俺の体温と溶けあっていく。

 文化祭なんて何が楽しいのかと思ってたけど、間違いなく俺はこの瞬間に満ち足りた気持ちになっていた。