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 桜高の文化祭は2日間開催され、一日目は校内のみ。二日目の文化の日に一般開放される。

 前日午後からは授業の時間をすべて文化祭準備にあてられていた。

 校内は慌ただしく、生徒が準備に走り回り、急ぎ足で文化祭モードに切り替わっていく。

 1年の時はクラスの模擬店がないため、文化部に教室を明け渡すための机の移動や体育館の準備に駆り出された。

 今年もそうなのだろう。

 こんな行事は怠いとしか思えなかった去年の記憶を思い出す。

 何でここまで誰もが浮かれられるのか冷めた目で見ていた屈折した自分。

 いつの間にかミスター桜高に選ばれて、閉幕式でステージに立たされた時は、休んでバイトに行けば良かったと心から悔やんだものだった。

 「はー……」

 「真由! しっかり!!」

 目の前で立ちくらみを起こしたクラスメイトの女子をもう一人の女子が支える。

 「まさか、ここまで似合いすぎるとは……」

 「椎名くん、やばすぎ……」

 ハロウィン喫茶を開く俺のクラスでは当日の衣裳のフィッティングが行われていた。

 織原の狼男、各務のミイラ男、フランケンシュタイン、魔女、ナース、白衣、キョンシー……。

 俺も例によって、白シャツに黒スラックス・サテン地の黒マント……と、ヴァンパイアの衣裳を身に纏ったところ、前述の反応をされ、俺一人に視線の集中砲火を浴びていた。

 「椎名くん、絶対すごい噂になるよ!」

 「大繁盛間違いなしだって!」

 「眼福、眼福ー!」

 騒ぐクラスメイトを余所に、これが全て手作りとは器用なものだと、どこか他人ごとのように感心していた。

 「当日はみんなメイクもしてもらうから。
 椎名くんは“付け(キバ)“もつけてもらうね」

 「どうする? やっぱり椎名くんには黒いサングラスも似合いそう!」

 「それ、ヤバすぎ! 絶対に失神者続出だって!」

 「でも椎名くんの美しいお顔をサングラスで隠すのはもったいないし!」

 はしゃぎながら相談し合う女子のパワーに圧倒される。

 自分の役割も終えたところで、美術室で時間を潰そうかとも思ったが、美術部の展示の準備をしているだろう。

 少なくとも文化祭期間は行くことができない。

 「これ。釘を打てばいいのか?」

 衣装のマントを女子に返し、床に無造作に落ちていた金づちを拾い、看板を作っている男の隣へしゃがみこむ。

 喋ったこともない小太りのクラスメイトの男は俺を見るなり、化け物に遭遇したように顔が引き攣った。

 「だめだよ。椎名くんにこんな裏方の仕事やらせられないよ!」

 「そ、そうだよ。もし椎名くんが指に怪我でもしたら、僕らが女子に殺される……」

 吃り気味で話す隣で作業していた小さくてひょろい男も俺を制止する。

 「俺、割と手先は器用なんだけど」

 バカにされているのかとも思ったが、金づちを振って釘を打ち込んでいく。

 そいつら二人にプラスしてクラス中が俺の珍しい行動を見て作業が中断されていた。

 手伝っているのに、余計に準備に時間がかかりそうだ。

 「椎名くん。ありがとう」

 「別に……。それより手を動かせよ。終わらねぇだろ」

 「う、うん!!」

 何故か顔を赤くして、作業に戻る二人。

 「万威は本当にモテるね」

 「は?」

 狼男の衣裳から制服に戻った織原がゆるい笑みで声をかけてきた。

 「何から何まで敵わなくて、たまに腹立つよ」

 「意味がわからねぇ」

 「わからなくていいよ。万威にわかってほしいと思って言ってないからね」

 柔らかな口調に笑顔。

 ある一定の距離からは誰も踏み込ませない織原の鋼の鎧だろう。

 「織原もやれよ。暇だろ」

 「はいはい。って、金づち投げて渡すのはやめてくれないかな」

 俺たちの様子を見て、「7組で良かった、7組で良かった……」と心で神様に深謝しているのは女子だけじゃなかったらしい。

 「くっそぅ。結局、文化祭までに可愛い彼女ができなかったー」

 やけになったのか教室の中心で愚痴を叫ぶ各務。

 「各務、うるさい! こっちのカーテン替えるの手伝ってよ!」

 活気づく7組。

 こういうの悪くないなと思ってる自分が自分でも不思議だった。