その瞬間、君は世界に対して無防備になる。

 ***

 土手っ腹に銃弾を撃ち込まれた。

 それはあながち過剰な表現でもなく、昼休みに美術室へ吏那が来なかった事実は尾を引いて、授業中も上の空になるくらいには俺に動揺を与えていた。

 あの場所で吏那と昼休みを過ごすようにになってから初めてのこと。

 スマホを所持しない俺は電波を介して吏那とは繋がれない。

 吏那としっくり来ない会話を交わしたのが昨日の今日だ。

 体調を崩して欠席しているのか。

 それとも避けられているのか……?

 いつまでも胃の辺りの不快な感覚が消えなかった。

 1年の教室まで行ってみるか。

 押しかけるなんて迷惑かとも思ったが、この感覚を引き摺っていたくもなかった。

 5限の授業を終え、北棟から本校舎へとグリーンベルトの渡り廊下を一人で歩く。

 空は雨模様で世界を灰色に濁らせていた。

 急ぎ足で前を歩くクラスメイトたちを抜いていく。

 吏那の姿を見たくない。

 今、吏那が学校に居ると確認できれば、故意に来なかったと判明してしまう。

 結果はあっさりとわかった。

 本校舎の廊下で、生徒が行き交う中。

 一人ぽつんと歩く吏那の小さな背中を見つけてしまった。

 考えるより先に体が動く。

 行く手を阻むように点在する生徒の間を走り抜け、

 「吏那!」

 乱暴に吏那の二の腕を後ろから掴んで引き留めた。

 吏那の怖いほど透き通った目が驚きと不安と痛みを孕んで、俺を捉える。

 「……悪い」

 俺はこんな細い腕をどれだけ本能のまま強い力で掴んでしまったのか気がついて咄嗟に離した。

 「……椎名先輩……」

 言葉にしなくても吏那が俺に後ろ暗そうなのは先にわかった。

 普通じゃない俺と吏那の様子に周囲の生徒はざわめいていた。

 関係のない人間に見られたくないし、聞かれたくもない。

 けれど、勝手に衆目を集めるのはどうしようもなかった。

 吏那はギャラリーの数多の耳に入らないよう、

 「昼休みは先生に資料のホチキス留めを手伝わされていたんです。何も言わなくてすみませんでした」

 と、俺が聞く前に小さく言い訳をした。

 ──「嘘だろ」

 そう言えなかった。

 吏那は顔に感情を素直に出す。その割に隠そうとする。

 横に黒目を逸らした吏那がひどく苦しそうに見えた。

 「──そうか……」

 どれだけ声を潜めればいいのか吏那だけに伝わるのかわからなかったから、腰を曲げて吏那の耳元で囁いた。

 傍で見てたやつらが俺と吏那を見て、「きゃっ!」と湧いていた。

 まだ聞きたいことはたくさんある。

 はっきりさせたいことはたくさんある。

 こういう時はどうすればいいのか。

 簡単だ。吏那に聞けばいい。

 でも、彼女を傷つけることに怯えている。

 吏那を傷つけそうで壊しそうで、適切な言葉を探して見つけられない。

 どうしたというのだろう。

 胸の辺りを掻きむしりたくなるような、もどかしくて、切なくて、平衡感覚を失うような得体のしれない感情は。