その瞬間、君は世界に対して無防備になる。

 バイトが終わり、客が消えた店内のカウンターで今日も猛さんに賄いを食べさせてもらっていた。

 ほぼ連日、昼はメロンパンの俺が風邪一つひかないのは、栄養バランスに気を配られた猛さんが提供してくれる賄いのおかげに違いない。

 野菜なんて食べた気がしない。

 と、偏食の嫌いがあった俺が、こうして今はグリーンサラダをバリバリ口に含むように変わった。

 「なーんか、ピリピリしてねぇか?
 ま、客の前では出てなかったからいいけど」

 カウンター越しに猛さんは無精ひげが飾る顎を撫でながら、俺を見下ろしている。

 「別に何も変わらないっすよ」

 「いーや。万威は変わった。最近、特にな。
 すなわち、恋をしているに違いない」

 猛さんはペテンを自由自在に操る占い師のように、曖昧な根拠で断言する。

 「別にいいっすよ。そういうことでも」

 「相変わらず冷てぇな」

 あっさり躱すと猛さんは渋い笑みを浮かべながら、レジ締めのために千円札を数え始めた。

 「ま、俺はそういう万威いいと思うぞ」

 「は?」

 どういう俺だというのか。

 猛さんは一枚一枚札をめくる指に視線を集中させたまま、ニヤついている。

 「万威はでたらめに綺麗すぎるからな。
 ロボット……じゃねぇか。アンドロイドっていうのか、とにかく生活感を感じないから、人間味がなく見えちまうんだよ。
 けど、感情だしてる万威はコイツもちゃんと高校生のガキだって安心できていい」

 褒められてるのかは定かじゃないが、猛さんの台詞は悪い気がしなかった。

 見た目じゃなく中身の話をされたからだろうか。

 綺麗な目だと。

 長い足だと。

 挙げ句の果てには耳の形が美しいとまで。

 いつだって俺が評されるのは外見のみだった。

 こんな容姿、母親の面影が残りすぎて、変われるものなら変わってやりたい。

 いい加減、飽きた。

 「──で、万威の恋してる相手は誰だ?」

 「マリエ」

 「てめっ……。それ、俺の娘じゃねぇかよ!」

 本気で怒る猛さんが可笑しくて、さっきのお返しとばかりにニヤリと笑みを含ませてやった。

 「やらん。絶対に俺のマリちゃんは誰にもやらん!」

 まだ猛さんの娘のマリエちゃんは2歳だった。

 猛さんは娘のこととなると冗談が通じなくなる。

 「はっ! また万威にはぐらかされちまってるじゃねぇか!」

 「今更」

 ここでバイトを始めて1年は越えた。

 学業優先の使い勝手の悪い高校生を雇い、毎日メニューの違う賄いまで食わせてくれ、

 『もう使わねぇから』

 とバイクや靴まで俺にくれる面倒見のいい猛さん。
(服は背丈と足の長さの違いで無理だった)

 それに感謝できないほど、俺も最低な人間じゃない。

 客に必要以上の愛想は使えないものの、猛さんに恩を仇で返す真似はしていないつもりだった。

 のらりくらり猛さんから逃れている内に俺も気が紛れた。

 ──と思ったのもつかの間。

 翌日の昼休み。吏那は美術室に来なかった。