***
その日の昼休みは俺も吏那も互いにぎこちなかった。
「私がよく読むのはミステリー小説です」
ぎこちないと言っても会話は普通に交わしている。
美術室は今日も静かだ。
「意外。吏那は少女漫画とかが好きそうに見える」
「そういうのは、ちょっと苦手です。夢見がちっていうか……」
「へえ、そういうものなのか。ま、俺も少女漫画は読んだことねぇけど」
「私には絶対こんなこと起こらないんだろうなって主人公に嫉妬しちゃうんです……。卑屈だなーって自分でも思うんですけど」
それは卑屈というより、素直に物語に入り込みやすいだけだろう。
そのくせには、現実的。
俺も創作や二次元に自己投影をして興じられるタイプではないから、少しは似ているのかもしれない。
「椎名先輩のポスター。あちこちで見ます」
「あー……もう知らねぇわ」
机に突っ伏した。
思い出してしまう。
各務に吏那を構われることにムカついて衝動的に怒鳴った愚かな自分を。
「……私、椎名先輩を怒らせてしまいましたか?」
「あ?」
思わず顔を上げ、眉を歪めた。
それだけで人相がきつくなる俺に対して、吏那はめげずに向き合ってくる。
円い大きな瞳を珍しく半目に細めて。
「……さっきから、何だか椎名先輩の様子がおかしいです」
本人としてはぎこちなさを払拭するために俺に思いきって伝えたのだろう。
拗ねているような表情が、普段より吏那を幼く見せた。
「いつも通りだって」
俺もよくわからない。
脊椎反射より素早く吏那に反応してしまう自分の感情が。
「怒ってもいねぇよ」
吏那にどう言えばいいのか見つけられない。
現に俺はピリピリしている。
吏那に対してじゃない。
でも吏那が絡んでいることは否定できそうにない。
「そうですか……」
言葉とはあべこべに吏那は寂しそうに呟いた。
そんな顔させたいわけじゃない。
容赦なく俺の胸を締めつけてくる。
「吏那こそ、いつもと違わねぇか?」
「私ですか……?」
「あぁ。他に何か言いたいことでもあるんじゃねぇの」
「……」
さっと吏那が目を逸らす。
それは肯定している証だった。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「……椎名先輩は言わないのに……?」
頬を膨らませて切り返してきた吏那に思わず言葉に詰まる。
俺のこれも“肯定“だと受け止められただろう。
「俺はいいんだよ」
「また……! 私もいいんです」
また?
「良くねぇだろうが。気になるじゃねぇか」
「私も気になります」
「だから俺のことはいいんだって」
押し黙って、睨み合う俺と吏那。
どちらが先に白旗をあげるか。
互いに腹を割らない心理戦は張り詰めた糸が緩んだように、同じタイミングで笑ったことで終了した。
「俺たち何やってんだろうな」
「本当に……」
犬も食わない不毛な遣り取りがバカバカしくなったのは吏那も同様だったらしい。
曖昧なまま決着がつかなかったせいで、昼休みが終わってからも、吏那が何を言いたかったのか尾を引いて気になった。
何で俺に伝えてくれないのか。
行き場がなくて体に滞留する感情で、俺は頭がおかしくなりそうだ。
「──万威。何かあったか?」
その日の昼休みは俺も吏那も互いにぎこちなかった。
「私がよく読むのはミステリー小説です」
ぎこちないと言っても会話は普通に交わしている。
美術室は今日も静かだ。
「意外。吏那は少女漫画とかが好きそうに見える」
「そういうのは、ちょっと苦手です。夢見がちっていうか……」
「へえ、そういうものなのか。ま、俺も少女漫画は読んだことねぇけど」
「私には絶対こんなこと起こらないんだろうなって主人公に嫉妬しちゃうんです……。卑屈だなーって自分でも思うんですけど」
それは卑屈というより、素直に物語に入り込みやすいだけだろう。
そのくせには、現実的。
俺も創作や二次元に自己投影をして興じられるタイプではないから、少しは似ているのかもしれない。
「椎名先輩のポスター。あちこちで見ます」
「あー……もう知らねぇわ」
机に突っ伏した。
思い出してしまう。
各務に吏那を構われることにムカついて衝動的に怒鳴った愚かな自分を。
「……私、椎名先輩を怒らせてしまいましたか?」
「あ?」
思わず顔を上げ、眉を歪めた。
それだけで人相がきつくなる俺に対して、吏那はめげずに向き合ってくる。
円い大きな瞳を珍しく半目に細めて。
「……さっきから、何だか椎名先輩の様子がおかしいです」
本人としてはぎこちなさを払拭するために俺に思いきって伝えたのだろう。
拗ねているような表情が、普段より吏那を幼く見せた。
「いつも通りだって」
俺もよくわからない。
脊椎反射より素早く吏那に反応してしまう自分の感情が。
「怒ってもいねぇよ」
吏那にどう言えばいいのか見つけられない。
現に俺はピリピリしている。
吏那に対してじゃない。
でも吏那が絡んでいることは否定できそうにない。
「そうですか……」
言葉とはあべこべに吏那は寂しそうに呟いた。
そんな顔させたいわけじゃない。
容赦なく俺の胸を締めつけてくる。
「吏那こそ、いつもと違わねぇか?」
「私ですか……?」
「あぁ。他に何か言いたいことでもあるんじゃねぇの」
「……」
さっと吏那が目を逸らす。
それは肯定している証だった。
「言いたいことがあるなら言えよ」
「……椎名先輩は言わないのに……?」
頬を膨らませて切り返してきた吏那に思わず言葉に詰まる。
俺のこれも“肯定“だと受け止められただろう。
「俺はいいんだよ」
「また……! 私もいいんです」
また?
「良くねぇだろうが。気になるじゃねぇか」
「私も気になります」
「だから俺のことはいいんだって」
押し黙って、睨み合う俺と吏那。
どちらが先に白旗をあげるか。
互いに腹を割らない心理戦は張り詰めた糸が緩んだように、同じタイミングで笑ったことで終了した。
「俺たち何やってんだろうな」
「本当に……」
犬も食わない不毛な遣り取りがバカバカしくなったのは吏那も同様だったらしい。
曖昧なまま決着がつかなかったせいで、昼休みが終わってからも、吏那が何を言いたかったのか尾を引いて気になった。
何で俺に伝えてくれないのか。
行き場がなくて体に滞留する感情で、俺は頭がおかしくなりそうだ。
「──万威。何かあったか?」



