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 「椎名先輩って去年のミスター桜高なんですよね?」

 昼休み、のどかな陽気に包まれる2人だけの美術室。

 文化祭の話題になったところで吏那から質問を受けた。

 1年でも知っているのか。

 「別に。自分でも知らない間に選ばれてただけ」

 「椎名先輩は今年もエントリーされてるんですよね?」

 「たぶん。勝手にな」

 「絶対に今年も椎名先輩だと思います」

 「さあ、焼き肉は食いたいけど」

 「焼き肉?」

 「今年の副賞なんだと。どうせなら去年つけてくれれば良かったのに」

 短く溜め息を零した俺に吏那は声に出して笑った。

 「女子は誰になるんでしょうか?」

 吏那は水筒のコップを両手で持った。

 わざわざ聞いていないけど、今日も紅茶なんだろう。

 「別に。誰でもいいじゃねぇか」

 「椎名先輩はミス桜高になる人には興味ないんですか?」

 「ない」

 「即答ですね」

 「吏那はエントリーされてねぇの?」

 「あ、当たり前です! 私なんて……」

 首をぶんぶん横に振って、力強く否定する吏那。

 「俺は吏那が一番かわいいと思うけどな」

 さらりと紡いだ本音。

 何の目論見も狙いもなく、素直に口にしていた。

 しばらく黙り込んでいた吏那は、

 「……やっぱり椎名先輩はずるいです」

 と、弱々しい声でようやく口を開いた。

 吏那は自分の容姿に自覚がないのだろうか。

 女好きの各務が吏那を一目見ただけで、天使だの何だの騒ぐくらいだ。

 「吏那なら、しょっちゅう男に声かけられてそうだけどな」

 「えぇ?! 一度もないです!」

 また首をやや大袈裟に振った吏那。

 そろそろ首の筋を痛めるんじゃないのかと心配になる。

 「ま、吏那は彼氏いるか……」

 そう伝えて、すぐに後悔した。

 ずっと胸の奥に去来していた吏那をいつも迎えに来る大人の男。

 俺とは違う大人の男。

 胸の奥が締め付けられている気がした。

 「え? 私、彼氏いたことなんてないです」

 知らない言語で話されたように、吏那は首を傾げた。

 そのきょとん顔をしたいのは俺のほうだった。

 「いつも吏那を迎えに来てるだろ? その、男が」

 「椎名先輩、知ってたんですか? あれは私の兄です」

 兄……。

 なんてベタな顛末だろうか。

 拍子抜けしたのと、何だかめちゃくちゃ安堵してる自分とを。

 妙に胸のうちが弾んで、表情を維持するのが結構な難しさだった。

 「兄ね……」

 「……毎日学校への送迎は兄が車でしてくれてるんです」

 吏那が気まずそうに視線を揺らしたことに、ちゃんと気がつけなかった。

 「吏那は文化祭どうするんだ?」

 「どうするって……?」

 「1年ならクラスの模擬店ないし、吏那は部活もやってないだろ」

 基本的に1年は文化祭に参加するだけでいい気楽な立場だ。

 「私はすることもないし、余り考えてなかったです……」

 「なら、俺と一緒に回るか?」

 「え……?」

 「当番以外は俺も時間を持て余してるだけだし」

 婉曲した表現をした自分に辟易する。

 吏那と一緒に文化祭に参加したいだけだとストレートに伝えるには距離感が掴めきれていなかった。

 吏那は眉を下げ、露骨に困り顔になる。

 ──嫌だったか?

 ジク、と胸に嫌な思いが渦巻いた時。

 「……椎名先輩は嫌じゃないんですか?」