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 翌日は珍しいことが起きた。

 「今度の文化祭のハロウィン喫茶のことだけど」

 登校後の教室で、各務と織原と窓際の席で雑談していたら、クラスメイトの女子2人が近づいてきた。

 「予定通り、裏方班以外は仮装してもらうの。
 女子みんなで相談したんだけど、椎名くんにはヴァンパイアがぴったりなんじゃないかって」

 「絶対に椎名くん、超かっこいいよ」

 「学校中の噂になるって!」

 「衣装は鋭意製作中だから楽しみにしててね」

 はしゃぐ女子たち。

 どうやら俺に選択権はないらしい。

 衣装なんて何でもいいけど。

 「やっぱり椎名っちが一番おいしい役回りかよ。俺とオリハランは?」

 「えっとね。織原くんは狼男」

 「耳もしっぽも用意するから、絶対織原くんも素敵だよ!」

 「話題になるよねー!」

 「そうなんだ。準備よろしくね」

 織原が女子たちにキラースマイルを向けると、ほうっと桃色の吐息が零れた。

 「同じクラスに超絶イケメンが2人も居るなんて、私たちツイてるよね!」

 「7組で良かったー!」

 「ちょっと待てよ! 椎名っちはヴァンパイア、オリハランは狼男として俺は?」

 浮かれる女子たちに水を差すように各務が膨れっ面で割り込む。

 「あー、各務くんはミイラ男ね」

 「ミイラ男って顔面全て包帯で隠れてんじゃん!!」

 「……し、椎名先輩っっ!!」

 教室中に響いた大きく、けど緊張してるのがまるわかりの舌ったらずの声。

 発生源は教室の戸口にたっている吏那で、注目を集めていることが耐えられないのか、人目に怯えるバンビのように震えていた。

 「吏那」

 俺は席を立ち、吏那に歩み寄る。

 「吏那、どうした? 2年の教室にまで来るなんて」

 「椎名先輩にジャージ借りっ放しだったので、返しにきました」

 吏那が差し出したのは、ブランドの袋。

 剥き出しで持って来ないのが吏那らしい。

 「別にいつでも良かったのに」

 取り出してみると、律儀にも洗濯までしてあるようだ。

 柔軟剤の香りが仄かに漂ってくる。

 「今日は寒いので、体育の授業が午前中にあったら、困ると思ったんです」

 それで2年の…上級生の教室まで来たのか。

 意外と根性が据わっている。

 「吏那、サンキュ。助かる」

 今日は体育の授業がないことは秘密にしておこうか。

 ジャージの触り心地が前より柔らかくなっている気がした。

 「お邪魔しちゃってすみませんでした」

 「別に邪魔じゃねぇよ。教室まで送るか?」

 「そ、そんなこと椎名先輩にさせられません! では」

 ──“また美術室で“

 言葉にしなくても、そう吏那と通じ合えたように思えた。

 席に戻ろうと歩を進める俺に集う多くの視線。

 「椎名っち。誰だよ? 今の超かわいい子」

 猿の尻なのかってくらい顔を真っ赤にさせて寄ってくる各務。

 厄介な人間に吏那が見つかってしまった。

 「“椎名先輩“って呼んでたってことは1年だろ?
 あんなカワイイ子どこで見つけたんだよ?!
 汚れた地上に舞い降りた天使か!」

 「確かにかわいらしい子だったね」

 織原までも各務に加担した。

 「別に誰でもいいだろ」

 にべもなく返答し、着席する。

 「誰? あの()

 「椎名くんのあんな優しげな表情、初めて見たんだけど」

 クラスの女子たちは面白くなさそうな顔をしていたらしい。