「いいです! だって椎名先輩が……」
吏那は遠慮したのか振り返って俺を見上げる。
この角度に上目遣い。
やっぱり吏那は心臓に悪い。
「寒いだろ」
後ろから吏那越しに蛇口を閉める。
吏那の片手を持ち、袖に腕を通させた。
少しでも俺が力をくわえれば、簡単に折れそうなほど細い腕だ。
もう片腕も袖に潜らせる。
当然、俺のジャージは吏那には大きすぎた。
吏那のぶかぶかなジャージ姿に、不覚にも心をもっていかれた。
もしかしたら、これが各務のよく言っているエモいって感情なのかもしれない。
「だめです! これじゃ椎名先輩が寒いです!」
「俺は男だから寒くてもいいんだよ」
「どういう理由なんですか」
俺もそう思う。
けど、うまく説明出来そうになかった。
「素直に着てな。吏那」
水道場の上に置いてあったタオルを手にとり、濡れたままだった吏那の手を拭いてやった。
俺にされるがままの吏那は沈黙している。
そんなに嫌だったか。
「吏那?」
後ろから顔を覗く。
新雪のような白い肌が耳や首まで真っ赤。
そこで気がついた。
これは俺が吏那を背後から抱き締めている体勢だということを。
「──っと。悪い」
吏那から腕を離して距離をとる。
吏那の照れが移ったのか急激に意識したのは、俺のポーカーフェイスに出なかったらしい。
恥じらっているのか顔を見られたくないのか吏那は頭を上げない。
「これ、乾かさねぇとな」
俺は水分を膨大に含んだ吏那のジャージを搾る。
俺が着せたジャージを脱ごうとしなくなったものの、吏那はまだ俺に気を使っているらしい。
「椎名先輩に迷惑かけたくないんです……」
「迷惑か迷惑じゃねぇかは俺が決めるって言っただろ」
「……」
「美術室で干しておけば少しは乾くか」
校舎の時計を確認すると、6時間目の授業も既に半分終わろうとしている。
「今から授業出ても仕方ねぇし、吏那も一緒にサボるか?」
「え……?」
戸惑いながらも、じっくりと俺を見つめる吏那。
俺は口角をニィッと上げて、
「共犯な」
と吏那に悪魔の囁きを仕掛けた。
「はい……!!」
満面の笑みとはこういう表情なんだと納得させられるような吏那の顔。
「そうこないと」
授業中の校内は静かで、いつもより足音を忍ばせて、吏那と歩く。
教師が廊下を横切った時は、吏那としゃがみ、やりすごすと顔を見合わせ、微笑みを交わす。
張り込み中の刑事か。
ターゲットを尾行する探偵か。
いや、追われる指名手配犯か。
何にせよ、今この瞬間が楽しくてたまらなかった。
「ラッキーですね。美術室使ってなくて」
吏那の濡れたジャージを開けた窓枠に干す。
美術室の日当たりは良好すぎるくらいで、吏那にジャージを貸してから半袖の俺で適温だ。
「日向ぼっこって気持ちいいです」
傾きはじめた陽光が照らす木のテーブル。
吏那は開けた窓から風を受け、大きく伸びをした。
光のプリズムの中、まるで気ままに現れる警戒心の強い小猫だ。
「あまり窓の近くに居ると見つかっちまうだろうが」
「あ、そうですよね」
吏那は少し照れたように向かいの席へ座る。
穏やかに過ぎる時間。
抜群の日当たりが心地良すぎて、また眠くなってきた。
「椎名先輩って優しいですよね」
「別に優しくねぇよ」
「そんなことないです。椎名先輩は優しいって知ってます」
──ずっと前から……。
ああ、吏那の呟きが遠い。
「こんなこと、吏那にしかしねぇよ」
机上で組んだ腕の上に頭を乗せた。
瞼が下がる。
俺の意識は、もう風前の灯火だった。
「椎名先輩ってずるいですよね」
「んー……」
「みんな椎名先輩のことを知れば知るほど夢中になっちゃいます」
内容は聞き取れなかったけど、吏那の声がたゆたう意識に切なく響く。
「吏那」
「はい」
「6時間目、終わったら起こして」
弛む意識に身を任せ、俺は眠ってしまった。
「はい。私が起きていられれば……」
吏那は遠慮したのか振り返って俺を見上げる。
この角度に上目遣い。
やっぱり吏那は心臓に悪い。
「寒いだろ」
後ろから吏那越しに蛇口を閉める。
吏那の片手を持ち、袖に腕を通させた。
少しでも俺が力をくわえれば、簡単に折れそうなほど細い腕だ。
もう片腕も袖に潜らせる。
当然、俺のジャージは吏那には大きすぎた。
吏那のぶかぶかなジャージ姿に、不覚にも心をもっていかれた。
もしかしたら、これが各務のよく言っているエモいって感情なのかもしれない。
「だめです! これじゃ椎名先輩が寒いです!」
「俺は男だから寒くてもいいんだよ」
「どういう理由なんですか」
俺もそう思う。
けど、うまく説明出来そうになかった。
「素直に着てな。吏那」
水道場の上に置いてあったタオルを手にとり、濡れたままだった吏那の手を拭いてやった。
俺にされるがままの吏那は沈黙している。
そんなに嫌だったか。
「吏那?」
後ろから顔を覗く。
新雪のような白い肌が耳や首まで真っ赤。
そこで気がついた。
これは俺が吏那を背後から抱き締めている体勢だということを。
「──っと。悪い」
吏那から腕を離して距離をとる。
吏那の照れが移ったのか急激に意識したのは、俺のポーカーフェイスに出なかったらしい。
恥じらっているのか顔を見られたくないのか吏那は頭を上げない。
「これ、乾かさねぇとな」
俺は水分を膨大に含んだ吏那のジャージを搾る。
俺が着せたジャージを脱ごうとしなくなったものの、吏那はまだ俺に気を使っているらしい。
「椎名先輩に迷惑かけたくないんです……」
「迷惑か迷惑じゃねぇかは俺が決めるって言っただろ」
「……」
「美術室で干しておけば少しは乾くか」
校舎の時計を確認すると、6時間目の授業も既に半分終わろうとしている。
「今から授業出ても仕方ねぇし、吏那も一緒にサボるか?」
「え……?」
戸惑いながらも、じっくりと俺を見つめる吏那。
俺は口角をニィッと上げて、
「共犯な」
と吏那に悪魔の囁きを仕掛けた。
「はい……!!」
満面の笑みとはこういう表情なんだと納得させられるような吏那の顔。
「そうこないと」
授業中の校内は静かで、いつもより足音を忍ばせて、吏那と歩く。
教師が廊下を横切った時は、吏那としゃがみ、やりすごすと顔を見合わせ、微笑みを交わす。
張り込み中の刑事か。
ターゲットを尾行する探偵か。
いや、追われる指名手配犯か。
何にせよ、今この瞬間が楽しくてたまらなかった。
「ラッキーですね。美術室使ってなくて」
吏那の濡れたジャージを開けた窓枠に干す。
美術室の日当たりは良好すぎるくらいで、吏那にジャージを貸してから半袖の俺で適温だ。
「日向ぼっこって気持ちいいです」
傾きはじめた陽光が照らす木のテーブル。
吏那は開けた窓から風を受け、大きく伸びをした。
光のプリズムの中、まるで気ままに現れる警戒心の強い小猫だ。
「あまり窓の近くに居ると見つかっちまうだろうが」
「あ、そうですよね」
吏那は少し照れたように向かいの席へ座る。
穏やかに過ぎる時間。
抜群の日当たりが心地良すぎて、また眠くなってきた。
「椎名先輩って優しいですよね」
「別に優しくねぇよ」
「そんなことないです。椎名先輩は優しいって知ってます」
──ずっと前から……。
ああ、吏那の呟きが遠い。
「こんなこと、吏那にしかしねぇよ」
机上で組んだ腕の上に頭を乗せた。
瞼が下がる。
俺の意識は、もう風前の灯火だった。
「椎名先輩ってずるいですよね」
「んー……」
「みんな椎名先輩のことを知れば知るほど夢中になっちゃいます」
内容は聞き取れなかったけど、吏那の声がたゆたう意識に切なく響く。
「吏那」
「はい」
「6時間目、終わったら起こして」
弛む意識に身を任せ、俺は眠ってしまった。
「はい。私が起きていられれば……」



