体育のサッカーなんて適当に流そうかと思っていたのに、パスが届くと体が勝手に反応し、三人抜き去って蹴ったボールはゴールネットを揺らした。

 「椎名ーっ!! 今からでも間に合う!! サッカー部に入ってくれ!!」

 他のチームと交代する途中、サッカー部の奴らに囲まれ勧誘された。

 「やだ。疲れる」

 あっさりと一蹴し、俺はその輪を無愛想に抜けた。

 部活なんてしてたら時間を奪われて金が稼げない。

 「うおーっ! 俺も椎名になりてぇぇ!!」

 「神様、不公平すぎんだろ!!」

 「椎名にばかり何物(なんぶつ)与えりゃ気が済むんだよ!!」

 背後で吠えている奴らには構っていられない。

 「万威は男にもモテるな」

 織原が軽く笑いながら、俺に小声で伝えた。

 「知らねぇ。ちょっと俺、抜けるわ」

 「はいはい。いってらっしゃい、万威」

 織原にサボり宣言をして、体育教師の目を盗み、グラウンドからエスケープした。

 吏那の悪評が気にかかるとは言え、別に俺自身が吏那を悪く思ったりはしていない。

 吏那がサボり魔だろうが居眠り常習犯だろうが構わない。

 ただ事実がどうであれ、俺は吏那について知らないことばかりだとまた思い知らされる。

 菓子は抹茶味しか食べられないということも、

 好きな食べ物はエイヒレだと恥ずかしそうに教えてくれたとしても、

 ──もっと吏那を知りたい。

 ひとつでも多く、吏那について知りたい。

 そう、強く、願ってしまう。

 使用されていないのをいいことに体育館に侵入した俺は、いつの間にか緞帳に包まれ、微睡みから熟睡へと心身を預けていた。

 疲れているのだろうか?

 緞帳越しとはいえ、背中を固い壁に預けていたからか、体のあちこちが痛む。

 しかも次の授業まで抜けてしまった。

 無人の体育館を出る。

 「お」

 傍の水道場に吏那の姿を見つけた。

 吏那を視界に入れただけで胸の奥に電流が走ったような感覚が発生する。

 並行して気づく、違和感。

 涙を流しているわけじゃない。

 けれど、吏那は泣いている。

 心が。

 「──どうした? 可愛いお嬢さん」

 あえて軽く。

 安っぽいナンパ士のような台詞で吏那に声をかけた。

 「……椎名先輩……」

 吏那はこぼれ落ちそうなくらい大きく円い瞳で俺を捉えると、きまずそうな顔をした。

 吏那が水道場で水に晒しているのは学校指定のジャージだった。

 今日は風が冷たいのに、半袖の体操着姿から伸びる白い腕は細いだけに寒々しい。

 「……ジュース零しちゃって洗ってたんです」

 吏那は不自然に笑った。

 ──誰が?

 自分で零したわけじゃないだろう。

 よくよく見れば細い腕には鳥肌。

 俺は自分のジャージを脱ぐと、

 「──ほら。着てろ」

 と、吏那の後ろに立ち、肩からかけた。