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 「椎名ー! 今から体育?」

 ひとり昇降口へと向かう途中、廊下でナミが後ろから駆け寄り俺の横へと並んできた。

 「相変わらずイケメン様はジャージ姿でもかっこいいね?」

 「あー、眠い……」

 「無気力なのも相変わらずか」

 午後の体育は怠い。

 眠いと呟けば、欠伸も招いた。

 「そういえばさ、椎名」

 「あ?」

 「“紅月 吏那“ちゃんって1年なんだね?」

 思わず、隣のナミに視線を落とす。

 ナミは俺の反応を観察したかったのか、注意深く俺を見上げていた。

 「桜高一モテるのに、彼女を作らないって有名な椎名から初めて出てきた女の名前だよ?
 調べたくもなるじゃん」

 ショートカットを揺らし、ナミがけらけら笑う。

 「別に」

 吏那の響きに反応しすぎたと自分でも思った。

 吏那との関係を詮索されるのは面倒だし、何より誰にも割り込まれたくない。

 俺に吏那を独占する権利なんてないくせに。

 「まさか……付き合ってるわけじゃ……」

 「ねぇよ」

 「そっか」

 あからさまにホッとしたような嬉しそうな声に変わるナミ。

 「バレー部の1年に聞いたんだけど、紅月吏那ちゃんって評判最悪みたいだからさ」

 調べられてるのか。

 と、げんなりしたのと同時に聞き過ごせなかったナミの台詞。

 「最悪?」

 聞き返せば吏那が俺にとって“その他大勢“じゃないことが露呈する。

 それでも聞かずにいられなかった。

 「そうそう。紅月さんの父親が名の知れた弁護士みたいで。過去、桜高も陰でお世話になったことがあるんだって。
 そのおかげか授業をサボっても、居眠りしても、教師は誰も怒らない。体育も見学しかしない。
 ヒイキされすぎで顰蹙を買ってるって1年の後輩たちから聞いたよ」

 耳を疑った。

 これ本当に吏那のことを話しているのだろうか?

 あの生真面目な吏那が授業をサボったり、居眠りするなど想像がつかない。

 「私も後輩に聞いた話だからわからないけどね」

 間接的に吏那を貶している自覚があったからかナミはきまずそうに付け足した。

 こういうところがナミの体育会系らしい一本気な性格を現していると思う。

 「そういえば、椎名のクラスは文化祭で何やるの?」

 「あー。確かハロウィン喫茶」

 「ハロウィンって、文化祭当日には終わってるじゃん」

 「ま。いいんだろ。日付近いし」

 「そういう問題?」

 ナミと会話を交わしても、体育の授業でサッカーをやっていても、吏那のことが頭から離れなかった。

 誰かの噂も、他人の陰口にも興味をひかれたことは一度もない。

 面白おかしく吹聴するのも、鵜呑みにするのも馬鹿げていると思っている。

 けど、吏那の悪評が気にならないかと問われればNOだった。