それをごまかすように、吏那の頭を軽くポンと叩き、

 「じゃあな」

 と、先に背を向ける。

 吏那と関わると感情の処理が円滑に起動しなくなる。

 俺の言動で吏那を怖がらせるのは本意ではない。

 吏那の頭に触れた右手だけが左手と比べてやけに熱を帯びていた。

 バイト中も吏那が脳内を独占し続ける。

 ミスもしなかった。

 そつなく仕事もこなしたし、女性客から渡されたLINEのIDが書かれたコースターもやんわり流した。

 なのに、

 「今日の万威は何処か心ここにあらずだったな」

 と猛さんに評されてしまった。

 別に俺は普通だ。

 何も変わってない。

 今日も猛さんに賄いを食べさせてもらって店を出る。

 外に出た途端に身震いしてしまったほど、秋の夜風は冷ややかになっていた。

 この分だと自宅到着は0時を回るだろう。

 「椎名くん!」

 店裏に停めていたバイクの前で俺を待っていたのか一人の女の存在を視界に認識する。

 密かに嘆息を噛み潰した。

 「ごめんなさい。待ち伏せしちゃって……」

 わざとらしく体を震わせて、俺に走り寄ってきた女。

 二十代半ばくらいだろうか。

 女性誌が教科書だとでも主張するように髪も服装も流行に添った量産型の女。

 たぶん客だろうけど、記憶になかった。

 「椎名くんに迷惑かなと思ったんだけど……」

 吏那と似たような台詞。

 なのに、この女だと押し付けがましく感じるのは何故だろう。

 優先させているのが自分か相手かの違いのためか。

 本当に相手に迷惑かけてると思ったなら最初からしなければいい。

 「私、椎名くんのこと好きで……」

 早く帰って寝たい。

 欠伸が出そうになったのだけは、さすがに噛み殺した時、

 「付き合ってくれなんて贅沢なこと思ってないから、体だけでもいいよ」

 余りにも興ざめすることをを言われ、心が冷え込み、冷めた目で女を見下ろす。

 「バイトしてるってことはお金ほしいんでしょ?
 安月給だから、あんまり出せないけど……」

 この手の誘いは何度となくあった。

 金を使って俺を手に入れようとする女。

 金は欲しい。

 けど、自分を売ってまで金を得たくはない。

 母親と同じに成り下がるのだけは、死んでもごめんだった。

 「悪いけど、自分を安売りする女に興味は惹かれないんで」

 俺は冷酷な笑みを残し、女をその場に置いてバイクで走り去った。

 どうしてこうも女ってのは強欲なのか。

 いくら外見を綺麗に飾り立てようと、母親と同じ浅ましい中身が詰まってる。

 色彩が失せた夜の街。

 一直線の車道をバイクでぶっちぎっていく。

 胸糞悪くて仕方なかった。

 『椎名先輩……』

 脳裏に吏那の姿と声が浮かぶと何故か荒れた心情が凪いていた。