「弟の部屋に勝手に入ってものを持ち出すなんて、ずいぶんいいご趣味ですね」

 秀幸は茅野の兄を見下ろし、辛辣に言った。

「なんとでも言いなさい。私は彼のために行動しているんだ」

「お兄さん、あなたの弟さんは俺なんかが簡単にたぶらかせるほど馬鹿じゃないっすよ。すごくいろんなこと考えてるんですよ。その上で俺を選んでくれたんです」

 秀幸は一歩階段を降りた。一歩一歩、茅野と兄のところへ降りていく。

「俺は、あなたの弟さんに好いてもらったことを、すごく誇りに思ってるのに、あなたがそれを汚すな。――いや、それを価値の無いものにしないでくださいよ」

 一段下りる。

「俺はあなたを立派な人だと思ってます。穂だってお兄さんのことを、たくさん努力して成功した人だって言っていました。でもその立派な人生に、どうして穂を道連れにする必要があるんですか」

 また一段。茅野の兄の心に肉薄するように距離を縮めていく。

「そこに、あなた自身も納得できてないところがあるからですか? 同じ場所に穂を連れて行かなきゃ不安なんですか?」

 ぎろり、と茅野の兄が秀幸をにらんだ。秀幸は顔に穴が開きそうなほどの視線で射られながら、ひどく落ち着いていた。

「俺のことが気に入らないなら、煮るなり焼くなり好きにしてください。たいていのことじゃ音をあげませんよ。でも、俺の前で一言でも茅野の生き方を否定しないでください。でないと俺は、あなたと徹底的に戦うことになります」
「何を言ってるんだ。私は穂の肉親で保護者代わりだ。お前に何ができる」
「俺、じゃなくて俺たち、だよな、小野寺」