「津和野くん、ありがとう。僕の家族の問題に巻きこんでごめんね。僕ちゃんと話をするよ」

 茅野だった。そばに秀幸も立っている。

「穂。帰るぞ」

 茅野の兄は、犬にでも指示するようにそっけなく言った。

「僕は文学部に転部する。兄さんが認めてくれないなら、このまま家を出る。いや、最初っから僕がちゃんと自立すればよかったんだ」

 茅野の兄は、ちっ、といらだちを隠しもせず舌打ちした。そして隣にいる逞しい大学生のほうに目をやる。

「君が小野寺くんか」
「ご心配かけて申し訳ありません」

 秀幸が頭をさげると、茅野がかばうように口をはさんだ。

「小野寺とうちのことは関係ないよ」
「君が、うちの弟をおかしな道に連れこんだのか」
「おかしな道、ですか?」

 茅野の兄は軽蔑するように薄く笑って、持っていた鞄のジッパーを開け、さかさまにした。黒革の鞄から階段に落ちたものは、ゲイ雑誌だった。何冊もある。

 茅野が小さな悲鳴を上げて階段をかけおりた。

「見ないでっ。お願い、見ないで!」

 悲痛な声で叫ぶと、あわてて集めて隠すように自分の胸に抱いた。背中を丸めて、ぎゅっと目を閉じている。小さくなった背中がぶるぶる震えている。