「だっ、ダメです。今はダメっす」

 寮の玄関に津和野の悲鳴のような声が響く。

「お、お兄様、あ、あの、小野寺さんと茅野さん今から呼んできますんで、それまで、こちらで、こちらでっ、どうかごゆるりとっ」

 玄関からどんどん階段を上がってくるのは、茅野の兄だ。

 茅野の兄は十歳年上で三十一になる。上背があって、弁護士という仕事柄か威圧感がある。

 仕事帰りに来たのか上質そうな三つ揃いに身を包んでいた。寮へ向かう彼をなんとかひきとめようと、階段でとなりを歩きながらうるさく食いさがっているのは津和野だ。

 秀幸はその日、行くあてのない茅野を寮に連れ帰った。ここに泊めるしかない、と部員たちに説明した。すると夜になって茅野の兄が突然押しかけてきたのだ。茅野の友人にひとりひとり連絡して居場所をつきとめたらしい。

「あ、あの、茅野さんのお兄様っ、あまりにもこちらの言うことをきいていただけませんと、面倒くさくなって俺タックルかましちゃいますけどいいっすか?」

 酷薄そうな目でぎろりとにらまれる。

「嘘。嘘ですう。お兄様~」

 なんとか懐柔しようと必死だ。

 階段を上がる速度をけしてゆるめようとしない茅野の兄の態度に、津和野が絶望的な気持ちで階段の先をふりあおぐ。

 ――と、二階と三階の踊り場に人影があらわれた。