秀幸は右足を慎重に伸ばし、左の膝をついてかがみこんだ。

「こういうこと」

 顎をとって、そっと唇を重ねる。

 繊細な唇が驚愕にわななく。

「――だろ?」

 みるみる朱に染まった小さな顔がうなずくと、これ以上はないほど見開かれた瞳から一筋涙がこぼれ落ちた。

 もう一度唇を重ねた。今度はもっと感触を確かめるように、ゆっくり包みこんで吸いあげた。力の抜けていく茅野の肩に手をまわし腕の中に抱いた。

 唇の温度を感じあいながら、長い間キスしていた。

「どう、どうしよう、ちょっと今立てないかも」

 すっかり腰がくだけてしまった茅野を、自分の胸に寄りかからせるようにして後ろから抱きしめ、秀幸は愛しい頬を撫でた。華奢な茅野は秀幸の腕の中にすっぽり入ってしまう。

「あ、あのね。今週、約束守れなくってごめんね」
「いや」
「僕、あれからずっと本校舎の図書館にこもってたんだ。授業もさぼっちゃった。法科学校にも行ってないんだ」

 目を伏せて茅野が言う。

 秀幸は驚きでしばし言葉を失った。

「いいのか、そんな……だって今まで、家族の期待に応えるために頑張って……」