「そのコップ強化ガラスだろ? 時々あんだよ」

 廊下側から動じない声を投げてきたのは、ラグビー部副将の近藤だ。

「小野寺、災難だったな。医務室行ってこい。まあ、そのくらいだったら縫うはめにはなんねえだろ」

 のんびり言った。

「強化ガラスって、完全に割れないわけじゃないねえんだよ。ダメージくらっても割れないけど、そん時に目に見えない細かいヒビが入ってんだよ。それが蓄積して限界越えると、ある日、触れただけでパーン、ってな」

 今日はついてねえな、とややうんざりして秀幸は右手をタオルでおさえた。軽く止血だ。血を拭いてよく見ると、人差し指の腹と親指の付け根が少し切れているだけだった。顎の傷もほとんど痛まないから、たいしたことはないだろう。

 秀幸はちらりとシンクに目をおとした。コップの残骸は元のかたちがわからないほど見事に粉々だった。おはじきにもならなさそうな小さな破片と破片との境界を、秀幸の血液が走るようにしみわたっていく。

 さっきまで傷一つ見えなかった透明のコップは、よほどたくさんのヒビを背負っていたのだろう。

「すみません、食事の時間遅れます」

 近藤に一礼して、秀幸は右手をタオルに包んだまま医務室へ向かった。

「こっちは片付けしときますんでー」

 叫ぶ津和野の声は、すでにいつもの脳天気なトーンに戻っていた。