「そういえばお前、先月二十歳になったよな」

 洗面所に向かう準備をしながら津和野に問う。
 毎朝かならず寝癖がついている後輩は、まだ眠たそうな顔でタオルを首からかけている。

「あ、はい。成人っすよ。そりゃもう暴れますよ」
「今週の練習試合、お前、何本入ってる?」
「東西大学戦ですよね。四十分二本です」
「じゃ、その二本とおしで、バックスのトライ決定率八十五パーセントキープできたら女おごってやるよ」

 ぱちっ。音のしそうな勢いで津和野の目が見開かれた。

「まじっすか。それって伝説のフーゾクゴチっすか」
「伝説じゃねえよ」

 先輩が後輩を連れて歩く時は、決して財布を出させないのがここでの鉄則だった。常に目上がおごる。

「いつもおごってもらって申し訳ないので、たまには出させてください」

 などと後輩がしおらしいことを言い出したら、

「いいんだ。俺らも上の人に面倒みてもらってきたし、その気持ちはお前の下に後輩が入ってきた時に、同じように可愛がってやることで返してくれ」

 と、余裕の笑顔で言えるようでなければ、人の上に立つ男とは認めてもらえない世界だった。

 おごるのは食事だけではない。慢性的に不自由している女についても「風俗ゴチ」と呼ばれるおごりの風習があった。直属の後輩がいつまでも童貞なのは先輩の責任を問われる事態だ。