十年ほど前まで、秀幸の短気と乱暴を謝罪するために、ぺこぺこと頭を下げてまわっていた母だ。

 秀幸は朝食の目玉焼きを食べながら、少しだけ泣きそうになっていた。

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 茅野と秀幸は、まるで違う海流の中を泳ぐ魚のようだった。

 海の魚は、みんながみんな食物連鎖でつながっているわけではない。本当はもっと細かく棲み分けている。

 魚の種類によって、生息する海の深さや海流は違う。同じ水の中に住みながら食い食われることもなく、自分よりももっと深い所に住む相手の背中を見下ろして、あるいは腹を見上げて、ただただ海流に沿ってすれちがうだけの魚だってたくさんいる。

 秀幸と茅野もそんな関係のはずだった。それぞれ違う海流の中で、毛色の違う友人にかこまれて、すれちがうだけの学生生活を送っていた。



 全国大会への出場を決めた頃から、グラウンドのギャラリーが増えた。定年退職したOBや、ラグビー部を応援してくれる生徒が、練習中のグラウンドをネット越しに見守っている。

 その中に茅野がいるのに秀幸は気がついていた。たぶん、三者面談のときにかばってやったことを気にして、律儀に礼でも言いにきているのだろう。

 練習の間は、グラウンドをとりかこむグリーンのネットの向こう側にひとりで立ちつくしてみつめている。そして練習が終わって選手たちが更衣室までひきあげる際には、途中にある水場で待ち伏せしている。

 グラウンドから更衣室までの道筋に、蛇口を表裏三つずつつけたコンクリート製の水栓台が立っている。水まき用のゴムホースを巻き取ったリールのすぐそばで、いつも茅野は秀幸を待っていた。