「僕は、ひどくない?」
「少なくとも、俺はそう思う。……それに、茅野にもお兄さんみたいには考えてほしくない。どうせ死ぬから全部が無駄だなんて」

 茅野はいきなり秀幸の胴体にしがみついてきた。

「怖かったんだ。小野寺にも、僕は軟弱でずるい奴に見えてるのかなって。本当は周囲のみんなもわかってて、僕のこと笑ってるのかなって」

 ひきはがすこともできずに、ただ背中に腕をまわして抱きとめた。

 三年間、一緒に食事を続けて初めての正面からの抱擁だった。はりついた茅野の体から、かぎなれた清涼な匂いがする。服ごしに茅野の鼓動を感じると秀幸の体は共鳴するように熱くなった。

「無駄じゃないって言って」

 茅野は額を秀幸の胸におしあてたまま、駄々っ子のように言う。

「無駄じゃない」というのはこの抱擁のことだろうか。それとも、もがきながら生き続けることそのものを言っているのだろうか。

「……無駄じゃないよ。全然、無駄じゃない」

 秀幸はささやく。

 たとえ残酷な運命が待っていたとしても、愛を知って死んでいける。だから生きることは無駄じゃない。

 秀幸は軽いめまいを感じながら考える。

(自分たちの関係も、そうなのだろうか?)

 だとしたら、なんとしても茅野にこの気持ちを伝えなくてはいけないのではないだろうか?