(俺はただ一心不乱に体を鍛え、ボールを追えば、それでいい)

 大学一部リーグ優勝、大学選手権出場。国内プロリーグ、日本代表選考、ワールドカップ……。ひたすら高みを目指して力の限り走り、ぶつかり続けて。
 そしていつの日か、壁に叩きつけられたトマトみたいに潰れて、無残で潔い競技人生の終焉を迎えるだろう。

 それが自分にとって悔いのない上々の人生だ。

 そんなことを、秀幸はほんの少しの恐怖感と、酔いしれるようなカタルシスを抱いて思い描くのだった。

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 茅野穂。

 あの三者面談の日以降、秀幸の頭の片隅にその名前がこびりついていた。

 どうして覚えてしまったのだろう。歴史的偉人の名前を覚えるのは苦手だったはずなのに。教室の廊下に張り出された模試の順位を見ると、茅野は必ず文系コースの一桁台に名前を並べていた。文系の秀才というわけだ。

 一方、秀幸はまったく別の世界で、人生でもっとも華やかな瞬間を生きていた。ラグビーでのポジションはウィング。オフェンスラインの末端にいて、最後にトライをねじこむ花形ポジションだ。一瞬でトップスピードに入る駿足と、フィジカルの強さ、器用なステップワークが評価された。

 全国高校ラグビー大会(花園大会)で、秀幸の高校はトーナメント戦を順調に勝ち上がり、ベストエイト入りを果たした。その前から、高校ジャパン(日本代表ユースチーム)の強化合宿に候補選手としてよばれることが内定していた。

 新聞の地方欄に、顔写真入りでインタビューが掲載された。

 秀幸の日常は何も変化していなかったが、その日、いつも通り起きてリビングに行くと、キッチンに立つ母親の鼻唄がいつになく楽しげだった。