「とうとう俺も痛みどめ打たれるようになるんだな」
「曽我さんには黙っててくれよ」
「無理だろ。あの人に隠し事は」
「ま、小野寺はあの人のお気に入りだしな。曽我さんもなー。全然丸くなんないもんな。ある意味尊敬するよ」

 長谷川が苦笑した。

 曽我は選手が痛みどめを使うことをひどく嫌うのだ。注射一本はまだ許容範囲。二本は許さない、というのが曽我の考えだ。

 修教大の選手は四年生の最後のシーズンに限り、希望すれば痛みどめを二本まで打ってもらえることになっていた。無理をして故障をさらに悪化させるリスクはある。しかし最後の試合で悔いのないプレーができるように、という指導者側の配慮だ。おそらく法的にもそのあたりがギリギリの使用量なのだろう。

 そうしてできあがるのは、まったく痛みを感じないモンスターだ。

 秀幸も今までそういう先輩と一緒に試合に出てきた。古傷の痛みをまったく感じなくなった先輩は、今までになく饒舌でハイになっていて、一緒にいて恐ろしかった。薬のせいで性格まで変わってしまうのだ。

「そんなの立派なドーピングだろ? そんな怪物、試合に送りこんでどうする。練習の成果でもなければ、本人の根性でもない。自分たちで練習や努力の意味を否定してどうすんだ」

 曽我はこの件に関して速水医師に容赦がなかった。

「あいつは結局、俺たちのことなんかなんもわかってねえんだよ。最後だからこそ、今までの集大成だからこそ、フェアにやんなくてどうするんだよ。こいつらの決死の試合を薬なんかで汚しやがって、あのクソ医者、絶対に痛い目にあわせてやるからな!」

 と、息巻いていた。それでも今のところ速水医師が「怖いお兄さん」に痛めつけられていないのは、葛城の腰痛を完治させたことで執行猶予がついたからだろうか。