「俺は……現役を続けることに意味があるんです。競技に空白の期間を作りたくない」

 絞り出すように言うと、速水医師は顔を伏せた。しばらく考え、やがてデスクの卓上カレンダーを手に取った。

「公式戦がはじまるのは、十月の二週目からだったね。試合は午後?」

 秀幸はうなずいた。

「日曜だから外来はやってないけど、昼の十二時から一時まで、君の診察は受け付けるようにしておくよ。注射が必要だったら監督の許可をとって来るようにね」
「ありがとうございます」

 礼を言いながら、まくりあげていたジャージの裾をおろした。なにげなくふるまいながら、秀幸は内心動揺していた。速水医師の言う注射というのは、試合前の痛みどめだ。

「小野寺くんぐらいの選手ならもうわかっているとは思うけど、痛みというのは体の限界を知らせるシグナルだからね。それを痛みどめでわからなくする、というのはむちゃをして、さらに悪化させるリスクを負うということだからね。これで普段通り走れるようになった、なんて勘違いしちゃだめだよ」
「わかってます」

 無気力に答えて診察台から足をおろし、履いてきたサンダルをつっかけた。